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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
疾走戦闘編
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疾走戦闘編 13

 三人が登校後、二時間ほどで青柳が迎えに来た。車は白のワンボックス。サイキの反応が楽しみだが、まだ二人の帰宅には少し早いぞ。

 「エリスさんのご機嫌をうかがいに。どんな塩梅でしょうか」

 「お姉ちゃんと離れて少し不安げだけれど、しっかりしていてこちらに不安は全くないよ。本当、どう教育したらこんな良い子に育つんだろう。な?」

 「えへへ、良い子だなんて、ちょっと照れます」

 そして凄く可愛い。特に短く縛った髪が、エリスが動くたびにまるで尻尾でも付いているかのように上下左右に揺れる様は、リタの耳に似て可愛らしさを倍増させている。


 「そうだ、三人が帰ってくる前にエリスに聞いておきたいんだが、第一印象として、三人はどうだった?」

 「うーん、おねえちゃんの事は最初分かりませんでした。ぼくの覚えているおねえちゃんは、ぼくと同じくらいだったから。それで、名前を呼ばれてようやく分かった感じです。でも、なんでこうなったのかはあまり覚えていません。ナオさんは最初睨まれた時は怖かったけれど、隣に座って手を握ってくれて、優しい人なんだなって。リタは何て言うか、全部分かってくれる感じ」

 あまりにもしっかりとした受け答えに唸ってしまう私と青柳。

 「えっと……間違えましたか?」

 「いやいや、見た目年齢と違って凄くしっかりしているから、感心していたんだよ。本当にご両親の教育の賜物だな」

 私の言葉に、目を伏せるエリス。


 「……あの、お母さんやお父さんは……」

 やってしまった。エリスの小さな言葉に、どう返答すべきか困ってしまう。

 「ただいまー」

 良かった。丁度三人が帰ってきた。

 「おかえり」「おかえりなさーい」

 すると一転笑顔でサイキに抱きつくエリス。そしてそのまま離れなくなった。これはお姉ちゃんがいない時はしっかりしているが、いる時には甘えまくる性格なのだな。お姉ちゃん大好きっ子だ。

 「なに? エリス。二人に悪い事でもされた?」

 「おいおい勘弁しろよ。少し話をしていただけだよ」「ええ、冤罪です」

 笑いの起こる我々。しかしエリスはやはり先ほどの質問の答えを欲しているようで、改めてサイキの袖を引っ張り質問をする。

 「ねえおねえちゃん、正直に言って。お母さんとお父さんは、今どこ?」

 一瞬にして重くなる空気。サイキもどう言えばいいものかと、我々に助けを求める目で見てくる。しかし我々も困っていた所なのだ。


 困り果てる一同。サイキは溜め息をひとつ、覚悟を決めたように屈み、エリスと目線を合わせた。エリスは察しのいい子なので、既に涙が零れかけている。

 「……エリス、家族で侵略者に襲われた事は覚えている?」

 「この前だよね。……あ、えっと、ぼくの中ではこの前」

 「うん。実はあれからかなり時間が経っているんだ。あの時にね、わたし達のお父さんとお母さんは……死んじゃったんだ」

 「……やっぱり、もう、いないの……」

 ポロポロと涙を流すエリス。やはりこの年齢の子供に、この現実は重過ぎたのだな。サイキは最愛の妹を抱きしめ、頭を撫でてやっている。

 「うん。お父さんもお母さんも、もう何処にもいない。それとね、エリスの事も、お姉ちゃんはずっと死んだものだと思っていたの。でもエリスは帰ってきてくれた」

 サイキの言葉に、声を出し泣きながらも頷くエリス。しかしこの小さな子は、その年齢からは想像出来ないほどに強かった。私はそのままずっと泣き通すものだと思っていたのだが、数分で涙を止めたのだ。

 「……うん、もう大丈夫。ぼくにはおねえちゃんがいるもん」

 「うん。お姉ちゃんがお父さんとお母さんの代わりをしてあげる」

 「ダメだよ。おねえちゃんそんなに強くないもん。おねえちゃんはおねえちゃんなの」

 「……エリスには敵わないなあ。分かった。お姉ちゃんは、お姉ちゃんとしてエリスを守るよ。ずっとね」

 「うん」

 この姉妹を見ていると、血の繋がりなどどうでもよく感じてしまう。そしてそれを見ていた二人は、恐らくはその光景に嫉妬の念を抱いていただろうな。

 「リタも姉妹がほしかったです。少し羨ましいです」

 「私なんて家族を知らないんだからね。羨ましい所じゃないわよ」

 やはりな。しかし嫉妬をしたからといって、何か行動を起すような愚かな子達ではない。


 一息入れるために全員にお茶を出す。

 「所で青柳、今回はきっと色々人が来るんだろ? どういう面子が来るのか教えてくれないか?」

 「人選は渡辺さんに一任してあり、私自身はどういう方が来るのかは知りません。ただし工藤さんもスーツを着ろとのお達しが届いていますよ」

 という事は、とんでもなく偉い人が来ると見て間違いないな。……総理大臣が乗り込んで来る事はないだろうな。

 押入れからスーツを引っ張り出し着る。少しかび臭いので消臭剤をスプレー。森林の香りだそうな。久方ぶりのスーツではあったが、ネクタイも問題なく結べた。

 「馬子にも衣装ね」

 「意味分かって言ってるか?」

 「勿論。だから言っているのよ」

 相変わらず酷いなあナオは。一方の姉妹とリタの三人はこのことわざを分かっていない様子。勉強しろ。

 「あの、工藤さん。パソコンを一緒に持ってきてもらいたいです。多分使うと思うです」

 「行ったらそっちにもあると思うぞ?」

 「工藤さんのじゃないと、ちょっと……」

 まあリタが言うのだからな。私も拒否する理由はない。


 車に乗る時、既にサイキは白のワンボックスカーには反応を示さなくなっていた。ちょっと残念。そして道中ナオから話があった。

 「ああそうだ工藤さん青柳さん、今度皆で市外まで遊びに行かないかっていう話になったのよ。それで……金辺シーワールド? に行こうって事になって。ただ私達は目立つじゃない? なので大人に付いて来てもらいたいなと」

 「うーん、確か去年オープンした温水プールのレジャー施設だよな。……青柳行ってくれないか?」

 「どうしてですか? 工藤さんが行けばいいじゃないですか。裸を見られるのが嫌ですか?」

 そうではないんだよなあ。思わず苦笑してしまう。

 「あはは……俺、泳げないんだ」

 一瞬の間。そして「えー!?」と皆驚く。エリスまで驚いているが、これは皆の声に驚いているのだな。

 「だから何かあった時は助けられない……というか、俺が何かを起こす側になりそうだからな。すまんが監視目的という事で頼めないだろうか?」

 「しかし……」

 「あ、孝子先生も誘うです。エリスも入れて十人の引率に一人だけは不安ですよね」

 「それいい。リタに賛成」「私も賛成よ」「えっと、ぼくも賛成」

 そこまでして行きたいのか。これは青柳はもう断れないな。

 「……分かりました。しかし孝子先生には皆さんから交渉をお願いします」


 警察署に到着したのだが、雰囲気を察してかエリスは不安そうである。何度目かの会議室へと通される。そこには見知った顔として渡辺と、三度目の公安さん。それから知らない顔が五人。計七人で我々を迎え撃つようだ。

 「あ、あの人前にも会ったですよ。64式の……久美さん!」

 「良く覚えていましたね。一等陸曹の久美正治です」

 「ああ! これは失礼しました」

 以前は迷彩服だったが、制服姿なので分からなかった。という事で我々が知らない人物は四人だ。そしてその四人のうち一人は明らかに日本人ではなく、ブロンド髪の白人男性だ

 「詳しく話してもという感じではあるので、ざっくりと説明するとだな、防衛省、外務省、内閣府の高官の方々と、米国領事館の方だ。日本語は問題ないからそのままでいいぞ。それから、事前に青柳からそろそろ動くと聞いていたのでどうにかなったが、今度からは予定を聞かせておいてくれよ」

 「申し訳ない。しかし今回は本当に急だったものでな。皆様お忙しい所ご足労頂きありがとうございます」

 私が頭を下げると子供達も真似をして頭を下げる。そして表情を見るに、私の緊張が伝染しているようである。小声でナオが聞いてきた。

 「ねえ、どういう人達なの?」

 「簡単に言えば司令官とか、とにかく組織の長に近い人達だな」

 「わお。それは失礼なんて出来ないわね」

 何をしようとしていたのだ? お前は。


 改めて私と三人の自己紹介が終わり、そしてエリスの番なのだが、傍から見ても緊張でガチガチであり、到底自分で話せるような状態ではない。ここはお姉ちゃんに代弁してもらった。内容は私達が知っているものであり、サイキ自身もそれ以上は知らないという事なのだろう。本人にも聞いてみたが、頷くだけで遂にはお姉ちゃんの後ろに隠れてしまった。周囲からは微かな笑い。

 我々が話を始める前に、先に国家側からの話が始まる。

 「まずは内閣府からですが、各省庁と連携を取り、また与野党関わらずバックアップして行く事を確認済みです。既に幾つかの専用の法律が国会審議に挙がっていますが、細部の詰めはありますが、おおよそ全会一致での国会通過を見込んでいます。皆様方からの要請さえあれば法律改正や新法化する事も可能です」

 ナオはともかく、サイキとリタはいまいちよく理解出来ていない様子。

 「つまり法律での支援体制も出来ているっていう事だ」

 私の簡素な説明に、ようやく二人が頷く。


 「えー次に外務省から。水面下で各国との調整を行っており、極一部の宗教国家、及びテロ支援国家を除き、八割方の国家の賛同を得ています。また、えーこれは防衛省からも報告があると思いますが、技術提供においても、ある程度の開示許可を頂いております。従って皆様方に対するスパイ行為等は行われていないと見てよいかと思います」

 ほっとした表情の二人と、隠れたままのエリス。一方のリタは技術提供の話に興味津々である。さすがは主任。


 「防衛省からですが、金辺市の陸上自衛隊駐屯地への入場許可を出しています。海上と航空に関しては、ここからではかなり遠いので、タイミングが難しいでしょうね。しかし見たいというのであれば、いつでも許可を出しますので一声掛けていただければと思います。自衛隊内部の武装に関しても全て開示許可を出します。拳銃から戦車まで全てです」

 「あ、あのー」

 おや、ナオが手を挙げた。

 「訓練風景を見せて頂く事は出来ますか? 私達は兵士ではあっても付け焼刃ですし、私達の武器の使い方や訓練が、本当に正しいのかどうかという疑問もあります」

 「ええ構いませんよ。駐屯地にいらして頂ければ、取り計らう事には全く問題ありません」

 「良かった。ありがとうございます」

 武器という概念のなかった世界での訓練が、果たしてどれほどのものなのかという疑問があるのは当然の事だな。そしてしっかりとそれを聞き出そうとするナオの姿勢はさすがだ。


 「最後に私ですね。私は米国総領事館から来ましたトミーと言います。米国からも支援をするにあたり、先に皆さんの視察をという感じです。もしも相手が本当に世界侵略を企んでいるのであれば、我々米国も黙って見ている訳にはいきませんからね。これは日米安保とは別の、世界を守る事を目的とした視察です」

 まずは視察か。これは当然かな。国家規模で動いている事にいきなり首を突っ込む訳にもいかないだろう。

 「あの、米国の技術の中にステルスというのがあるですよね? 教えてもらえる事は可能ですか?」

 リタがいきなり難しい所に突っ込んだ。トミーさんとやらも考え込んでしまったぞ。

 「今は答えを出せません。しかし話を通す事は出来ます。それでいいですか?」

 「はい。ありがとうございますです」

 さて、どういう事になるのだろうか。半端な知識の私には見通しが立たない。


 最後に渡辺からだ。

 「その他細かい事を私から。まず工藤さんに特別報奨金が出る。これが結構な額で、一月五十万円を三人分、それを三ヶ月分だから四百五十万円」

 「よ、四百五十万円!? そんなに出るのか!」

 「はっはっはっ、最初は更に倍だったんだ。しかし減額させた。お前さんが金に溺れる姿は見たくはないからな」

 さすがにそれは……九百万円か。溺れるかもしれない。

 「まだあるぞ。長月荘と三人に掛かる公共料金がタダになる。電気ガス水道が使い放題だ。ただし節度を守ってな。それから学費も免除。……そこのエリスちゃんは学校に通わせるのか?」

 「まだ本人が決めてないから、その話は今度な」

 自分の話になると、途端にサイキの服を掴むエリス。

 「分かった。それから最初の侵略者の事だが、やはりあれがファーストコンタクトだったようだ。追加で潜んでいる可能性はない。安心してくれ」

 ほっとしていると、サイキが質問してきた。

 「最初のって?」

 「総理大臣がお前達の濡れ衣を晴らした時に言っていただろ、サイキが来るよりも前に侵略者が来ていたって」

 「あ、分かりました。それで、それ以外は全部わたし達が倒せているっていう事?」

 「そういう事だよ」

 三人とも少し喜んでいる。


 そして次は我々、正確にはリタの一人舞台だ。



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