疾走戦闘編 12
冬休みが明け、三学期の開始である。今日は始業式だけで帰ってくる。そしてその後は警察署で何度目かの作戦会議。今回の一番の議題はエリスによりもたらされた情報だな。そのエリスとサイキはまだ寝ているようで、先にナオとリタが降りてきた。
「多分、安心してゆっくりなんて寝ていなかったでしょうからね。もう少し寝かせておいてあげましょ」
朝食が出来上がってもまだ起きてこないので、ナオに起こしてもらう。少しして二人とも降りてきた。うん、姉妹揃って眠そうだ。
「エリスはともかく、サイキはしっかり目を覚ませよ。今日から三学期だぞ」
「うん……ふわあぁーあ」「ふわあぁーあ」
姉妹揃って大あくびである。しかし見れば見るほどこの二人に血縁関係がないとは思えなくなってくる。それほどまでに似ている。
まだまだ眠そうだが、それでも朝食はしっかり食べさせ、背中を押して送り出す。
「エリス、工藤さんに迷惑かけないようにね」
「うん、分かってる。おねえちゃんいってらっしゃい」
「……すぐ帰ってくるんですよね?」
玄関ドアが閉まると、途端に不安そうな声を出したエリス。
「ああ、学校に行くだけだからな。不安かい?」
「ちょっと。でも工藤さんがいるから大丈夫です。……学校かあ」
最後に呟いた一言に、三人が学園に編入した時の事を思い出す。きっとこの子も、あの時の三人と同じ思いなんだろうな。
「さすがに年齢が違い過ぎるから三人と同じ学校という訳には行かないけれど、エリスが希望すれば、学校に行けるように話をする事は出来るよ」
悩み始めるエリス。本当に見た目の割に大人びていて驚く。
「答えは急がないから、ゆっくり考えればいいよ」
「……はい。分かりました」
一方の三人へと視点を向ける。三人は現在登校中だ。
「この髪の色もお正月以来だね。始業式が終わったら学園長先生に、髪の色を戻していいか相談しに行こう?」
「いいけど、間違いなく駄目って言われるわよ。私達はあくまでこっちの世界の普通の中学生として生活しているんだからね。はみ出た行為は罰せられて当然よ」
「えー、でもリタも耳そのままで生活出来るならそれが一番でしょ?」
「……学園内ではもう諦めているです。サイキもさっさと希望は捨てて、今まで通りの生活に戻るですよ」
「ちぇっ、相変わらずリタはドライなんだから」
「そんな事を言っているからエネルギーが回復しないですよ」
「……それは言わないで下さい。お願いします」
やはり口ではリタには勝てないサイキ。
教室に入るといつも通り中山が飛んでくる。
「ねーねー雪凄かったねー。三人とも飛ばされなかったー?」
「飛ばされはしなかったけれど、大変だったわよ。ねーサイキ」
「う、うん。……わたし多分ずっと言われるんだろうな」
今後を憂うサイキ。二人はそれを見て笑っている。
「そういえばサイキちゃんだけ別の方向に飛んで行ってたけど、なんかあったの?」
「あ、え、えっと……」
最上の的確な指摘に言葉が詰まる。するとリタが、最低限の情報だけを提示。
「サイキの妹が来たです。それの迎えで別行動を取っていたですよ」
「え! 妹いたの?」「見たい見たーい」「どんな妹さんなんですか?」
皆興味津々であり、サイキは苦笑いを浮かべる。
「サイキそっくりよ。年齢は……確か六歳とか七歳くらいだっけ」
「うん。まだ子供だし、わたし達とは違って非戦闘要員だから、あんまり運動は得意じゃないんだけどね」
「じゃあ後で見に行っていいー?」
いつも通り気が早い中山。
「ごめん、今日は色々と用事があるから。あ、美鈴さんの剣道場にも行けないかも」
「分かったよ。でもあんまり空くと鈍るよ。……それとさ、あんた達もう少しわがままになってもいいと思うよ?」
「わがままって、どういう事?」
相良の言った意味を理解出来ない様子の三人。そこに一条が説明を加えた。
「あーそれ俺も思うわー。三人ってさ、菊山市から外に行けない訳じゃん。でもってここはあんまり遊べるものがある街じゃないからさー。せめて市民プールでもあればいいんだけどなー」
すると泉が閃いた。
「あっ、それなら最近出来たばっかりの金辺シーワールドに皆で行きませんか? あそこならそう遠くないし、私達だけでも大丈夫だと思います」
「泉ちゃんそれ採用! あーでもやっぱり三人は特殊だからなー、引率の大人がいないと難しいかもなー」
意外と現実を考えている一条。皆もその考察を理解し、難しい表情。
皆決めかねている所で孝子先生登場。体育館へと向かう。整列し、始業式開始。
特にこれと言って特別な事もなく、教室へと帰ってくるクラスメート達。
「冬休みの宿題は明日回収だよ。忘れるんじゃないよー」
「……あっ……」
一人青くなるサイキ。それを目ざとく見つける孝子先生。
「特にそこの赤いの! 忙しいからって特別扱いはしないよ!」
「す、すみません」
笑い声と共に納得の声も上がる教室。
「私が教えてあげるから」
「ナオありがとう。……数学も、お願いっ!」
「あんたねえ……」
手を合わせてお願いするサイキに、呆れるナオ。
放課後三人は学園長室へ。三回ノックし礼儀正しく入室。
「冬休み期間中も大変だったようですね。あまり休めなかったとは思いますが、だからと言って学園生活を怠けるような真似だけは控えて下さいね」
「はい。……それで相談なんですけれど、普段外を歩く時にはわたし達の髪の色を戻しても大丈夫だと許可を頂きまして、それで……」
「駄目です。学園内ではあくまで普通の中学生として生活する事。それが編入の条件でもありましたからね。それに、他の生徒が真似をし始めたらどうするつもりですか」
話し終わる前にあっさり却下され、見事に撃沈される三人。
「……所でリタさんは、そのウィッグを付けている状態では不便はありませんか? 例えば授業が聞こえ辛いとか、運動に支障が出るとか」
「それは無……あるです」「あっ……」
二人ともリタの嘘には気付いたが、目で合図し、ここはリタに任せる事にした。
「えっと、ちょーっと授業が聞こえないかなーとか、体育で着けている場所がずれると動きづらいなーとか、あるですよ」
「本当にですか? 嘘はいけませんよ?」
完全に疑いの眼差しの学園長。冷や汗をかき苦笑を漏らすリタ。
「……既に学園中が把握している事ですからね。登下校中は学園を報道から守るためにも禁止しますが、学園内では耳を出しても良い事としましょう。ただし髪の色は駄目です。学園の品行方正に関わりますからね」
「分かりましたです。ありがとうございます」
「あ、あと一つだけ。個人的な事で非常に申し上げにくいのですが……」
何を言われるのかと戦々恐々とする三人。
「えーっと、一度でいいからリタさんの耳を触らせて貰えないかなーと」
恥ずかしそうにしている学園長。それを見て一転、笑いを堪えるのに必死な三人。
「ふふっ、いいですよ。減るものではないです」
実は学園長は、最初見た時からリタの耳を触りたくて触りたくて仕方がなかったのだ。
優しくぷにぷにとさわり心地をしっかりと確かめ、満足そうな満面の笑顔になる学園長。リタにお礼を言うと下校を指示。三人はまた礼儀正しく退室。
「うーっふふ、柔らかかったなあ…… ああー幸せ」
すっかり職務を忘れて自分の世界に入り込んでしまう学園長なのであった。