疾走戦闘編 11
食事を終え、青柳も帰っていった。サイキとエリスの姉妹は既に眠そうだ。しかしずっと外にいたのだから、汗や汚れも流したいだろう。風呂を沸かし、さっさと入らせる。かすかに漏れてくる声は楽しそうで微笑ましい。
「あの、二人がいないうちに工藤さんとナオには知っておいて貰いたい事があるです」
「という事はあの二人には聞かれたくない事か」
小さく頷くリタ。どうやらずっと二人がいなくなるタイミングを見計らっていたようだ。
「サイキとエリスのスキャン結果を比較してみたです。工藤さん、さっき青柳さんに言っていた事って、DNA鑑定してほしいっていう事ですよね?」
「気付かれていたか。正解だ。ゴミの中にエリスが舐めていたキャンディの棒が入っている。あれで鑑定が出来るはずだ」
「え、あれそういう事だったの? ずぼらだと思っていたわ」
相変わらず酷いなあナオは。私は思わず苦笑い。
「それで、これは二人にしか言えない事ですが、もしかしたらサイキとエリスの二人は、姉妹じゃないかもしれないです」
「えっ!?」
私もナオも驚いた。あれだけ似ているのに姉妹じゃない? にわかには信じがたい。
「スキャンだけで得られる情報には限りがあるですが、恐らく二人には血の繋がりはないです。二人の運動適性値を見ても、サイキは軒並み高レベルなのに対して、エリスはかなり低い。普通本当の姉妹ならば少しは似るはずですが、全く符合する点が見つからないです。結果を見る限り、外観と性格以外、つまり中身は全て丸っきり別の血族です」
「……一応聞いておくわよ。エリスに危険性はないのよね? いきなり侵略者に変貌したり、夜中に私達を殺そうとしたり、そういう事ではないのよね?」
ナオの表情は若干焦っている。確かに、迎えたはいいが、実は……となってからでは遅いのだ。
「それはない……はずです。明日、その根拠の話もするですが、この事はそれとは全く別の、サイキとエリスの出生の秘密という事です。なので、この事は絶対に二人にはバレないように……」「残念でした」
「おわっ!?」
サイキが風呂から上がってきた。そして今の話を聞かれていた。話に集中していた私達三人はそれに気が付かず、しどろもどろで弁明をしてしまう。
「エリスには聞かれていないから安心して。先に寝かしつけてきます」
我々は固まってしまったが、サイキが降りてくる前にナオとリタを風呂に入らせる。
「今日は一緒に入るです。時間節約です」
「リタもしかして、サイキに姉妹がいるのが羨ましいんじゃないの?」
「……うん」
「ふふっ……私も」
その後三十分以上待ち続け、ようやくサイキが降りてきた。そのまま寝てしまったかと危惧していた所だ。
「先に、改めて今回の件、多大なご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。今後はもうこのような事は絶対に起しません。誓います。それから、もうわたしは何度覚悟を破ったのかなと反省しまして、わたしの覚悟に少し追加させて下さい。わたしは、持てる力の限りを尽くして、皆の命を守ります。守り抜きます。もう誰も、誰からも傷付かせない。世界を救うだなんて大それた事を言える自信はなくなっちゃったけれど、でも、皆だけは命ある限り守り抜きます。これで、改めてお願いします」
深々と頭を下げるサイキ。私達三人は顔を見合わせ、二人は頷く。
「よし、受け入れよう。でもそれってな、世界を救う事よりも難しいぞ」
「……う、うん。でも決めましたから!」
ようやくナオとリタもサイキに微笑む。それを見た私の顔の緊張も緩んだ。
「それじゃあリンクの拒否は解除してあげましょ。今エネルギー残ってるの?」
「ううん、エンプティ。工藤さんに言われて、一旦全部エネルギーを捨てた」
「ならばリタも解除するです。サイキ、今度リンクを切る時は、全て終わった時だけにするですよ」
「はい。分かりました」
その後のサイキのほっとした表情を見るに、リンカーは無事に機能したようだ。
「んで、エネルギーは回復したか?」
「えっと……今の所変化なし。本当にゼロから始めろって事だよね。努力しなきゃ」
「……まるでエネルギーそのものに意思があるようだな。認めた者には力を与え、そうでない者には一切手を貸さないようになる」
「それも含めて明日話すです」
「という事は、そこにも進展がある訳か」
頷くリタ。どうやらエリスはとんでもない情報を持っていたようだ。
「ねえ、聞いていいかしら? 工藤さんはどうやって場所を特定して、どうサイキを叱ったの?」
「場所の特定は元住人である警視庁の刑事、高橋に協力してもらった。結構あっさりだったよ。だからお前達も、逃げようとしても無駄だぞ。地球の裏側に逃げたって見つけ出すからな」
三人とも嬉しそうに笑う。勿論そんな事など起こるはずがない。もう誰も逃げようなどとは思わないはずなのだ。
サイキを叱責した方法は、私が言う前にサイキ自身が説明し始めた。
「あの時足音がして、目を覚ましたら工藤さんがいるんだもん、凄く驚いた。凄く驚いて、凄く嬉しかった。でも、エリスのためにはその場を突破しないといけないから、本当に工藤さんを殺そうと思っていました。でも目の前の工藤さんを見ていたら、そんな事出来なくなって……。散々煽られて頭に血が上って、それでもわたしの無意識は工藤さんに剣を突き刺す事を拒んだ。手を掴まれて剣を振り下ろさせられそうになった時は、わたしはもう帰れないんだ、戻れないんだと思った。こんなに人を心配させて、こんな事をさせてしまったんだって。それで”お前は家族を殺せる”だなんて言われたら、もう何も言い返せない。自分がどれだけ愚かしい事をしてしまったのか、本当に痛感した……」
静かに聞き入る二人と私。私を見た最初の感情が嬉しかった、か。迎えに行ってやれて本当に良かった。
「……荒療治だったのね」
「でもそれくらいしないと、こいつは折れてくれないと思っていたからな。本当に俺は死ぬ覚悟で迎えに行ったんだぞ」
「本当にごめんなさい。もうそんな覚悟はさせません」
改めて私に頭を下げるサイキ。これだけ強く言ったんだ、もう大丈夫だ。
「……それで、工藤さんがわたしを置いて去ろうとしたあの時、わたしは今までの日々を、わたし自身の手で壊してしまったんだと、本当に深く後悔した。少しずつ視界から小さくなっていく工藤さんの背中に、ナオやリタの影が見えて、最後にエリスの影が見えた。わたしはエリスを助けていたんじゃなくて、追い詰めていたんだと分かって……だからもう一度だけ、せめてエリスだけでも助けてもらおうと、工藤さんに剣を向けた。また怒られるんだと思っていたのに、何も言わないんだもん。口で怒られるよりもずっと効いた」
静かに聞き入る二人。残りは私から説明しよう。
「後はサイキに助けて欲しいと嘆願され、俺はそれを承諾した。エリスに対する想いは本物だったからな。それはサイキ自身の手で勝ち取った承諾だ。この三ヶ月の努力の積み重ねによって勝ち取ったんだ」
「そう、なのかな。わたしは無我夢中で、周りが見えなくなるほど突っ走るしか脳がないから。一つの事しか考えられないから……」
その言葉に一番にリタが笑う。
「一所懸命になるのは悪くはないですよ。限度を守れば、ですよ」
「はい、分かりました。肝に銘じます」
戦闘では一番に周りを見失い突っ走るリタに言われるとは、すっかりサイキの地位も地に落ちたな。
「しかしあれだけ怒鳴り散らして叫んでいたのに、誰も寄って来なかったな」
閑静な住宅街に似つかわしくないほどの怒鳴り合いだったはずなのだが、通報される事もなく、人が寄ってくる事もなかった。するとリタが小さく手を上げた。
「あ、それは……行く前に防壁展開可能な指輪を渡したですよね? あれには工藤さんとサイキの声を感知すると、一定時間周囲から二人の声を消す特殊な機能を一緒に入れてあったです。自動で防壁を展開せざるを得ない状況であれば、指輪の消滅と同時に声が響くので、人が寄ってきて、それが抑止に繋がればという考えです」
「ああ、この指輪な」
一応はめてはいたのだが、結局使わずに済んで良かった。もう使わないだろうからリタに返そう。
「……そういえばこれにビーコン仕込まれていたら、場所見つかって二人が飛んできていたかもな」
「そうだビーコン! 工藤さん! あれはないと思うわよ?」
ナオに怒られた。何かあったかな?
「別方向の電車にビーコン放り込んだでしょ! もし何かあった時に、どうするつもりだったのよ!」
「あ、あはは。いや、どうするつもりもなかったよ。確かに死ぬ覚悟はしていたけれど、それと同時に無事に済むっていう確信もあったからな。サイキに俺は殺せない。お前達を攻撃したのだって、避けてくれるのを分かっていたからこそだろ?」
と、サイキに目をやったのだが、あからさまに顔を背けられた。
「えっと……本気でした」
「ほらあー!!」
凄く怒られた。実態を知らないからこその能天気さが功を奏した訳だな。しかしここは謝っておこう。
「すまんすまん。でも話の途中で二人が乱入でもしてきたら最悪だからな」
「それくらい分かっていますよ。見くびらないでよね」
私が彼女達の考えを読めているのと同じように、彼女達も私の考えをお見通しという訳だな。
「じゃあ俺からも聞くけれど、さっきリタはサイキにどう怒ったんだ? あまり想像が付かないんだが」
すると、じーっとサイキを見つめているリタ。
「えっと……今みたいにじーっと目を見られて、私が病院でリタを怒った時の、同じ言葉を言わせるのかって」
「ああ、あの時の。なるほど、それだけで充分だな。リタの持つサイキに対しての最大の武器だものな」
「武器はまだまだ持っているですよ。リタに口で勝てるだなんて思わない事です」
「こ、怖いなあリタ……あは、あはは……」
サイキの笑顔が凍り付いている。ついでにナオと私も。
そしてそろそろ次の、サイキとエリスの関係に話を移そう。
「話を変えるんだが……サイキ、非常に聞き辛い事ではあるんだが、エリスとの……」
「わたしとエリスは本当の姉妹ではないです」
「ああ、そうなのか……」
私が聞き終わる前に自ら躊躇なく言い放つサイキ。いつから知っていたのだろうな。
「エリスと一緒にいると徐々に記憶の封印が解けてきて、今の所エリスとの関係と、こうなる原因の二つの記憶はほぼ解除されました。エリスはわたしの本当の家族ではなく、わたしの父親の再婚相手、その連れ子です。でもそれはエリスは知らないはず。何せ、物心つく前の話だから。容姿が似ているのは本当に偶然で、性格は両親がどちらもしっかりと育ててくれたおかげです」
青柳に頼んだDNA鑑定は無駄になるな。またこっちの世界に血縁者が見つかれば話は別だが。
「という事は、俺の叱責にも少し思い違いがあったな」
「ううん、意味はちゃんと通じていました。――血の繋がった家族を守るために、血の繋がらない家族を殺すつもりか。至極その通りです。そして、エリスとも血の繋がりがないと分かった今、改めてその言葉を重く受け止めています」
目線が下がるサイキ。私の叱責は、私の思う以上に深く彼女の心に突き刺さったようだな。
しかしあちらの世界にも再婚はあるんだな。
「当たり前です。それに、同種族同士の再婚はとても頻繁に行われるです。ただでさえ襲撃によって片親になりやすい環境で、しかも滅亡の危機。生物として子孫を残そうと努力するのは当然の摂理です」
リタの説明に納得。なるほど、子孫を残すための努力か。そうでもしないと保てない世界だものな。
「それでこうなる原因だけど、わたし達家族は、何処かで侵略者の襲撃に巻き込まれました。そして両親は殺され、エリスは消え、わたしだけが残った。多分わたしは、その時から復讐者になった。だから兵士になるために、侵略者に復讐するために訓練学校に入ったんだと思う。何か、最初の理由から歪んでいるんだな、わたしって」
「復讐がいい事だとは思わんが、結果的に今があるんだ。過去の自分をちゃんと評価してやれよ」
小さく頷くサイキ。まずは自分を認める事だな。
「それで重要なのが、わたしとエリスはほとんど年齢が同じはずなんです。正確な年齢というのは分からないんですけど、この星の暦で言えば一年も違わないはず。だから辻褄が合わなくて余計に混乱して……でもこれは言い訳かな。わたしが弱かっただけだ」
「うーん、リタはどう思う?」
「時間の進み方が違うというのは考えられる事ではあるですが、今回の事がそうだとは断定出来ないです。話の流れで言ってしまうですが、エリスのおかげで分かった事は、侵略者の正体です」
「え!?」「あいつらの正体分かったの!?」
驚きの声を上げるサイキとナオ。敵の正体見破ったり、か。
「全ては明日話すです。……えっと、確かエリス用の通信手段の確保が必要ですよね。サイキは疲労が溜まっているのが一目で分かるし、ナオも怒り疲れたように見えるですよ。工藤さんも疲れているですよね? 今日はこれで解散するです」
リタから解散指示が出た。確かに皆疲れているようで、誰も反対などしなかった。
これでようやく長かった冬休みが終わる。……私も子供達も休んだ気がしないな。