疾走戦闘編 10
サイキのナオへの謝罪が済み、少しした所で私の部屋の襖が開いた。リタとエリスが出てきたのだが、すっかり二人は仲良くなったようである。そしてリタは次にサイキを手招きし、また私の部屋へと入る。ああこれはリタからも怒られるのだな。自業自得である。
「あの……自己紹介します」
さて何から話そうかと迷っていると、立ったままのエリスから口を開いた。恐らくはリタに指示されていたのだろうな。
「お姉ちゃんがいなくても大丈夫かい?」
「あ、はい。リタからみんな良い人だって聞きました。大丈夫です」
我々の事にも気を回しているとは、あいつ本当に何者なんだろう。仕事現場が見てみたくて仕方がないぞ。
「えっと、名前はエリスワド・サイキです。おねえちゃんからはエリスと呼ばれています。えっと、ぼくも何がどうなっているのか分かっていません。なので、力を貸してください。お願いします」
見た目は小学校に入りたて位なのに、凄くしっかりと我々に頭を下げてくる。用水路での時よりも明らかに大人に見えるぞ。しかし、ぼく?
「ぼくって事は男の子なのか?」
「いえ、ちゃんと女ですよ。……おかしい、ですか?」
「あーいやいやおかしくないよ、あはは。見た目がサイキに似て可愛い感じだから、どっちなのかと疑問に思っただけだよ」
「かわいい、ですか……えへへ」
照れたぞ。益々可愛い。これは長月荘の可愛い王のリタの座が危うい。ちなみに一人称については、過去の住人の中にも女性なのにオレと言ってしまう人もいたので、そこら辺はあまり気にしないのだ。
その後は話が途切れ沈黙。エリスは居心地が悪そうにしている。すっかり出来上がった輪の中に一人放り込まれるのだから、サイキが居なければ心細いだろうな……と思っていると、ナオが手招きをして隣に座らせた。
「不安?」と聞くと、エリスの頭が縦に揺れる。すると手を握り「大丈夫」と一言。なるほど、先ほどからナオのエリスへの優しさは、母性の表れか。
「ナオ、リタが帰ってきた時の賭けを覚えているよな? あれをだな……」
「それ以上言わなくても分かるわよ。でもいいの? それをここで使っちゃって」
「お前の事だ、どうせ言う事を聞かせる前に察するんだろ? 今みたいにさ。だから宝の持ち腐れになる前に使わないとな」
しかし、あれだけサイキに強く当たっていたのに、エリス相手には本当に穏やかな笑顔で接している。
「何と言うか、今のお前は眩しくて見てられないや」
「うん? 何で?」
「妻を思い出す」
「あ……えっと、喜んでいいのかしら?」
「是非とも」
「……ありがとうございます」
一方のエリスもすっかりナオに心を開いたようだ。私と青柳にはどうだろうな?
部屋からリタとサイキが出てきた。サイキの表情を見るに、かなりやり込められたようだ。まあリタ相手では、サイキは太刀打ち出来ないだろうな。
「それじゃあ改めてエリスに聞くぞ。ここ長月荘への入居を希望するかい?」
「……はい。おねがいします」
やはりしっかりしている子だ。一旦立ち上がり頭を下げてくれた。
「分かりました。入居を許可します。部屋は……サイキと一緒がいいかな」
姉妹目を合わせ、それに答える。
「はい」
見事に姉妹で声が揃った。その後エリスはじっとサイキの顔を見ている。
「おねえちゃん泣いたの?」
「あ、これは、えっと……」
「エリスと一緒に住めて良かったーって安心して泣いちゃったのよね」
「う、うん。そうだよ」
若干強引ではあるが、ナオの援護により姉としての面目は保たれたな。
さあ、これで全員揃った。一人仮契約の状態で、ずーっと無言でバツの悪そうな雰囲気をかもし出している男が一人居るが、あれも含めての全員だ。
改めてエリスワド・サイキ、通称エリスの容姿を確認。
年齢は六歳から七歳程度か。背はリタよりも小さく百センチ少々かな。姉のサイキとよく似た丸っこい赤い瞳に、オレンジ寄りの赤い髪。サイキとは違い短めの髪で、それを頭の後ろで一つに結わえている。そのまま垂らしてもよさそうなのだが、姉の真似だったりするのだろうか?
服装は三人の着ていたプロテクトスーツではなく、我々の世界の服とほぼ同じに見える。ピッチリとした感じではなく、ゆったり目のサイズだ。恐らくは普段着なのだろうな。そして左手首に装飾のない小さな白い腕輪をしている。
現在までに分かっている限り、性格は姉譲りの真面目さで、礼儀も正しくとてもしっかりしている子だ。共同生活にも心配無用だな。
「名前の発音はエリスートに近いです。なのでわたしはエリスと呼んでいます。翻訳機を使っているから、わたし達の世界の発音は関係ないですけど」
お姉ちゃんからの補足説明が入った。そういえばエリスが居るのだから、サイキの名前も判明するのか。
「えっと、それはやめて下さい。今わたしの記憶にはない名前だし、それを知ると、何ていうか……名前をなくしてからの自分が消えちゃいそうで怖いんです」
それを言われてしまっては、聞き出す事など出来るはずがない。
「それから、これはわたしのわがままなんですけど、エリスを戦闘には巻き込みたくない。こんな事を言うと二人に怒られちゃうけれど、名前のあるままでいてほしいんです」
親心ならぬ姉心かな。名前のあるまま、か。サイキとナオの事を知っていると、凄く重い言葉だ。
「俺は元から蚊帳の外みたいなものだから口は出せないな。皆はどうだ?」
「うーん、正直戦力になるような年齢じゃないからね。リタはどう思う?」
「……さっき二人になった時に、許可を貰って全身をスキャンしたです。結果から言えば、現状では戦闘への適性はかなり低いです。そもそもスーツも着ていないですし、リンカーすら付けていないので、戦場にはいても邪魔なだけですよ」
随分と辛辣な言い方であるが、これもエリス本人が参加したいと言い出さないための優しさなのかも。最後の青柳は私と同様に選択を棄権。
「という事で、いいかな?」
エリス自身も頷いた。しっかり我々の会話を理解しているのだ。
「それじゃあエリスは基本的に俺と一緒だな。あ、でも連絡が取れないのは不便だよな。リタ、解決を頼めるか?」
「通信手段の確保という意味ならば任せるです。翻訳機と一緒にまとめれば持ち歩きもしやすいですよね。でもそれ以上の機能は付けるべきではないと判断するです」
「そこいらのさじ加減は任せるよ」
エリスに関してはまだ不明な点が多々あるのだが、一旦話を止めて晩飯作りを開始。昨日の時点でもう何を作るかは決めてあるのだ。サイキと青柳にも手伝わせて出来たのは、所謂オードブル。新入住人と、家出娘の帰還を祝ってだ。そしてここにケーキも付く。
「お正月よりも豪勢じゃないのよ。ちょっと贔屓しているんじゃないの?」
と言いつつもナオは嬉しそうである。勿論誰よりも目を輝かせているのがエリスなのは、言うまでもない。
食べ方を見てみると、サイキ姉妹はどちらも一つずつ摘んで食べきると次に手を出す。ナオは少しずつ色々な味を楽しむタイプなので歯型のある食べ物が皿に残る。リタは先に食べる分を確保する。犬だからだろうか?
「ケーキはいつ出すですか?」
「最後だよ。だから少し腹に余裕持たせておけよ。と言っても一気に全部は食べきれないだろうけどな」
それを聞き皆食事速度が落ちた。分かり易過ぎるぞお前達。
焦らすのも何なので、ケーキ登場。さてどう切るものかな、と思っていたら、青柳はいらないとの事。和菓子派だそうな。
「そうしたら八等分して二切れ当たるようにしようかな」
「……えっと、く、工藤さんは食べないんですか?」
人の心配まで出来るとは、エリスは本当にしっかりした子だな。サイキ以上じゃなかろうか。
「ああ、構わないよ」
「やった。えへへ」「やったです」
小さい二人の笑顔が眩しいぞ。うん、やはりホールで買って正解だったな。よくやったぞ私。
食事も済んで青柳が帰ろうとした所で、リタから待ったがかかる。
「今までに判明した事の全てを聞いておいてほしいです。全員にです」
その真剣な表情に、このエリスが現れた事には、重大な意味があるのだという事が読み取れる。しかしそれに逆に青柳が待ったをかけた。
「明日ではいけませんか? 明日ならば始業式のみで早く帰宅出来るでしょう。その後、警察署に必要な人員を集めた状態で話を聞くというのはどうでしょうか?」
リタは若干不満げだが、青柳の言いたい事も分かっているだろう。
「分かったです。でも先に一つだけ。エリスは間違いなく人間です。未だに微弱ながら侵略者と同じ反応が出ているですが、それは紛れもない事実です。……特にナオ、分かったですね?」
「ええ、分かったわよ。だから私を睨まないでよ」
珍しくリタは溜め息をして、そこでようやく青柳は開放。
「青柳、すまんがエリスのゴミの入った袋を降ろすの忘れていた。悪いがそっちで処理してくれ。任せるぞ」
「……分かりました」