下宿戦闘編 13
まだ聞きたい事はあったが、第二回会議は早めに終了。どう見ても二人とも眠そうだからだ。あくびをしながら階段を昇る二人の会話が聞こえた。どうやらナオはサイキと一緒に寝たいらしい。そのほうが二人も安心して眠れるだろう。だが一間四畳半の下宿部屋、二人で寝るのは狭いだろうな。過去にも一部屋に二人入った事は何度かあるが、皆狭そうだった。
私は今のうちに名簿から通信関係に強いはずの竹口はじめの連絡先を見つける。時刻は夜の八時半。失礼かとも思ったが、いつ何時第三の襲撃が来るかも分からない現状、早めに手を打っておきたいのだ。
名簿には彼の実家が緊急連絡先として載っているので電話してみる。……良かった、引越しもしておらず一発で繋がった。そして衝撃の事実。なんとこの竹口はじめ、ITベンチャーの社長になっていた。携帯電話の連絡先を教えていただき、折り返し彼に電話。
これまた「待ってました」と言われた。あまり詳しくは言えないと念押しをしつつ状況を説明すると、五日後に私の所に来るという約束を取り付けてきた。
「あの時の事がずっと気になっていたんですよ。でも何だか謝りに行けない気がして。なので今回は汚名返上、全て僕にお任せください!」
これだけ言ってくれれば心強い。先払いで五百円硬貨一枚贈呈だな。
電話を切り、何だか懐かしくなった私は名簿を見て思い出に浸るかな。こう見ると本当に、実にさまざまな人間がこの長月荘と縁を結んでいる。その数ざっと五十人。いつか同窓会でも開きたいものだ。もちろん別世界からの下宿人も一緒に。
そしてその五日後、今回は約束を守り、朝の八時から竹口がやって来た。
「おはよ……ただいまー」
「ははは。おかえり」
一旦車に戻り、なにやら二つ箱を降ろしている。すると黒い車がもう一台。あれは確か青柳、だったかな。
「くれぐれも情報の漏洩だけは避けて下さい」
私も彼女達もいきなり念を押さてしまった。まだ何も食べていないという竹口と青柳をメンバーに加え、妙な雰囲気での朝食会となった。
意外な事に竹口は二人を見てもそれほど驚く様子が無い。もえだの何だのとは言っていたが何の事やら。青柳は私の作った朝食を食べて一言「美味しいです」とだけ言う。気に入ったかと聞いても何も喋らず。否定はしないという事だと受け取っておこう。
食事の後、竹口が持ってきた箱から取り出したのはスマートフォンとノートパソコンだった。何と私へのプレゼントだそうだ。例の二人もこれには興味津々だが、青柳に睨まれ小さくなっている。最低限の接続をして後は私に触らせつつ話を進める竹口。教え方がいいのか、結構すんなり使えている……気がする。青柳からも、これから使うと言われ幾つかのソフトを導入。
スパイクとかいう多人数でビデオチャットなるものが出来るソフトを入れた所、なんと私から彼女達への通信が可能となった。スマートフォンにも同じソフトがあるので一緒に導入。これで出先からでも連絡が可能になった。青柳からの許可を得て竹口に絶対に口外禁止ときつく言った上で、そこの部分だけは教えた。
「三次元で二次元な世界がこんな近くにあるだなんて、すげー」
と言う竹口。今の私には彼女達の言葉以上にお前の言っている事がよく分からん。
なんだかんだで昼の十時半。大人二人にはおまじないの硬貨を渡し、青柳は再度私に釘を刺し帰っていった。竹口も諸々を終え、自分の電話番号とメールアドレスを私に教え引き上げる。
「ちょっと遠いんで会える回数は少ないと思いますが、いざとなったら知り合い全員引っ張ってきますよ」
笑いながらも本気そうな竹口。本当にそんな事をされたら人が溢れるのではないか。
大人二人を見送ると彼女達二人もカフェへと出発。私は機械に駄目なジジイのままではいたくはないので、スマートフォンとパソコンを相手ににらめっこに興じる。私から彼女達への通信手段が確保された今、夕飯の買出しを頼めるからだ。ふと閃き、長月荘をパソコンで検索してみた。さすがに無いだろう……と思ったら数万件のヒット。同名の建物がこんなにあるとは。
早速スマートフォンが鳴った。出ると彼女達からの買い物の確認であった。もう夕方五時を過ぎていたのだ。集中すると時が過ぎるのが早いな。晩飯は……そうだな、生姜焼きにしよう。材料を教え二人の帰りを待つ。夕日が綺麗だ。
私は侵略者の襲撃について、一つの仮説を立ててみた。侵略者はまるで大量生産品のように同一個体が多数存在しているようなので、もしかしたら個々が自我を持っているのではなく、ある程度自律行動が出来るだけでそれ以外は至極単純なプログラムを組み込まれているだけの存在なのではないか。星が狂うのは極小数だけ強い能力を持つ個体がおり、それが星を乗っ取るからなのではないか。そして何かしらの原因で、雨の日にしか襲撃出来ないのではないか。
雨の日限定というのは、二度の襲撃でどちらも雨が降っていたという単純な理由。何故今の所この菊山市だけ襲撃されるのかという部分は全くの謎である。とにかく今は三人が揃うのを待つしかない。
買い物袋をぶら下げた二人が帰ってきた。おや、ナオのおでこが赤い。
「仕事中転んだのよ。問題は無いから安心して下さい」
真面目でしっかり者かと思いきや中々危なっかしい娘だ。それで一番槍とは本当に大丈夫だろうか?
「それにしてもスーツの効果で体は傷付かないのでは?」
「補助システムを切っていたのよ。少しでもエネルギーが貯まらないかなと思って。変わらなかったけどね」
彼女達も色々と考えているのだな。
夕食後、侵略者に対する私の仮説を披露してみた。顔を見合わせ考える二人。ただ目の前の敵を倒す事だけを使命に生きてきた彼女達にとって、皮肉にもこちらに来て余裕が出来た事で、より敵への有効手段を考えられる機会となっている。
「可能性だけなら充分ありますね。侵略者達は、非常に訓練の行き届いた軍隊のように規律正しく動く事があります。なのでそれが一種のプログラムに則った行動という考えも出来ると思います」
「そうなると戦術という点でも私達よりもこちらの世界のほうが優れているのかもしれないわね。もっと情報を手に入れなきゃ……」
情報か。戦術や武器といえば軍隊や自衛隊だが、そう容易く協力は得られないだろう。まずは手に入れやすい武器から考えていかないと。
「そういえば三人目はどうなっているんだい? サイキがビーコンを打ったのならば三人目も一緒に来られたんじゃないのか?」
「もしものために、三人目は私達二人が同時にビーコンを打ってからという事にしてあるのよ。ただ同時にビーコンを打つには私の分がちょっとだけ足りなくて。ほんのあとちょっとなんだけど……」
「わたしのエネルギーを分けられたらいいんだけど、このスーツではそれが出来なくなっていて不便かなあ。別世界の住人にエネルギーを奪われる可能性がある、だっけ」
まあそうだろう。全く知らない、ともすれば自分達の現状よりも酷い状況の中に飛び込む事になるかもしれないのだから、過度に慎重にならざるを得まい。しかしナオのエネルギーの状況から、明日にも三人目登場がありそうだ。技術者で彼女達のスーツを作った張本人、一体どのような人物か。二人は楽しみにしておいてと何やら含んだ言い方。
これは嵐の予感。