疾走戦闘編 9
長月荘に着く前に、先に商店街に寄ってもらった。ケーキ屋でワンホールのケーキを購入。出発前ナオからは小さいのをバラで六つと言われていたのだが、それでは駄目なのだ。一つのケーキを切り分け食べるから意味があるのだ。
「時間的に彼女達はカフェで手伝いをしているのでは?」
「あいつらなら間違いなく休んでいるよ。どれ、ちょっと寄っていくか」
カフェに寄り、顔だけ出すとやはり二人は休んでいるとの事。どうだ私の読みは。
「それじゃあ帰るか。……一応連絡を入れておいてやろう」
長月荘に電話をかける。ナオが出た。
「おう、これから帰るぞ。ケーキも買ったからな」
「……ええ……分かりました」
見事に怪しんでいる。サイキにはエネルギーをエンプティにしたのを確認。こちらの準備は万全。
長月荘へと到着。二人と青柳には待機を指示。まずは私だけで二人に挑む事にする。
「ただいま」
「おかえりなさい」
まるで幽霊でも見ているかのような、疑心暗鬼の眼差しを向けてくるナオ。後ろにはリタもいるが、こちらは全くの無表情である。
「……それで? あいつはどうなった?」
「まあ待て、話の前に三つ条件を飲んでもらう。冷静に・協力的に・武器は出さない。いいな?」
「飲まなかったらどうなるのよ?」
「そうだなあ、お前達を追い出すかもな」
向こうもこちらも、そんな気などないのは見え見えである。ナオは大きく溜め息を一つ。
「はあ……いいわよ。でも納得出来るかは別ですからね」
「リタはどうする?」
「ずるいです。選択肢がないですよ」
これは、無表情ながら本気で怒っていらっしゃる。しかし二人の了承を取り付けたので、三人を手招き。敷居を跨ぐ順番はサイキとエリスが先、青柳は最後。サイキが土壇場で逃げ出さないようにだな。エリスはサイキに強くしがみ付いており、見るからに不安そうである。
居間で待つ二人。サイキがまず入る。
「あ、あの、えっと……ご、ごめ」「ちょっと待った」
早々に謝ろうとしたサイキに対し、ナオがそれを止めた。つかつかと近付いて来てサイキを一睨み。ああそういえば、武器は出すなとは約束させたが、殴るなとは言っていなかった。これはまずいかな。
「あんた、目が泳いでる。……原因はこの子か」
静かに、だが威圧感満点でサイキとエリスを見つめるナオ。そしてそのまましゃがんだ。
「初めましてエリス。私はナオ。よろしくね」
一転、声色を変え優しい笑顔を見せるナオ。エリスはサイキの後ろから顔を出した。
「……はじめまして」
まだ警戒はしている様子だが、恐怖心は一発で解かれたようだ。ナオやるなあ。
すると次はリタが来た。さてどうするのかと思ったが、無言無表情で一点にエリスを見つめている。そして手を差し出した。エリスはリタの手と顔を交互に見つめ、そしておっかなびっくりという感じで自身も手を差し出す。
あと少しという所でリタが一歩進みエリスの手を取った。一瞬驚いたエリスだったが、少しずつ笑顔になっていく。リタすげーなあ。
「工藤さん、部屋借りるです。エリス、色々話を聞かせて下さいです」
あれほど強くしがみ付いていたサイキから手を離し、エリスはリタの誘導で私の部屋へ。さすが主任、人心掌握に長けているだけはある。その光景に私もナオも青柳も、サイキすらも驚きを隠せない。
「リタってやっぱり凄いんだ……」
サイキの呟く一言に皆賛同し頷く。すると襖が開きリタが顔だけを出した。
「これでサイキは怒られる姿を見られないで済むです。面目を保てるですよ」
そこまで考えるのかこいつ……。
私と青柳はソファに座り、二人の会話を見守る事にする。改めてサイキはナオに謝る。
「今回の件は、全てわたしが間違っていました。全てわたしが悪いです。すみませんでした」
小さく縮こまり頭を下げるサイキ。一方ナオは腰に手を当て、それをじっと見つめる。
「色々な事が重なったとは言え、わたしは家族に手を上げました。その事実には弁明の余地もありません。本当に、心から反省しています。申し訳御座いませんでした」
サイキは涙声である。ナオは腰に当てていた手を離し、胸の前で腕を組む。
「えっと……あの……」
小さく絞り出すように声を出している。
「皆さんの……家族、の……しんっ、らいを……うらっ、ぎって……」
サイキは謝罪の言葉一言毎にしゃくり返している。そしてそれを不動でじっと見つめるナオ。
「……ぅっ……っ」
最早声も出なくなったか。どうにか泣き崩れるのを耐えている状態だな。さてナオはどう出るかな。
「サイキ、顔上げなさい」
凄みのある声を出すナオ。サイキはその指示に従い、涙で歪んだ顔を上げる。
ドスンッ!
という鈍い音と共に、サイキの顔面にナオの本気の拳が突き刺さった。その勢いに飛ばされ倒れるサイキ。青柳が止めに入るために立ち上がろうとするが、それを私が制止する。今はサイキとナオ、二人だけの舞台なのだ。
「立ちなさい」
うつむき、すすり泣きながら立ち上がるサイキ。
「あんたが失ったのは、家族からの信頼だよ。分かっているんでしょうね?」
「……はい」
相変わらず強い語気で言葉をぶつけるナオ。サイキは返事しか出来ない。
「一度失った信頼は、そう簡単には戻らない」
「……はい」
ナオはサイキに指を差しながら話を続ける。
「あんた本当に分かってる?」
「……ぃ」
また言葉が出なくなるサイキ。ナオは指を差し続け、話を進める。
「あんたは家族に牙を剥いた。それは今後ずっと消えない疑念として残る事になるんだよ。あんたはそれを背負って、払拭する努力を続けなければいけないんだよ。今後、私達が家族である限り、ずっと、一生! あんたにはそれが出来るの? その覚悟はあるの? それを示せるの?」
この問にサイキは首を縦に振る事も、横に振る事も出来ない。ナオは手を下ろし、サイキに背を向ける。
「私はあんたを許しませんからね」
ナオが私に目線を送りサイキから離れた。この場面で私の出番とはな。しかし最善の選択は分かっている。
「サイキ、洗面所で顔洗ってこい」
即ちサイキを一人だけにする事だ。
私の指示に素直に従い、洗面所へと消えるサイキ。ドアの閉まる音がし、ものの数秒で大きな泣き声が聞こえてきた。
「ナオ、お前も酷だな。信頼はまだ失われていないくせに。本当に信頼がなくなったならば、是が非でも俺を行かせなかったし、家にも入れなかったし、あんな回りくどい慰めなんてしなかっただろ」
「そうね。でも、あの子もそれは分かっている。だから泣いている。これでもうあんな馬鹿な真似をする事はなくなるでしょ」
強くというよりはぶっきらぼうに、吐き捨てるように言葉を並べるナオ。
「お前も手が痛いだろ」
「……はい」
小さく微笑んだ。これでナオも、その手の痛みを忘れる事はないだろう。そして誰かに、同じ痛みを味合わせるような真似はしないはずだ。
十分ほどして、ようやくサイキが泣き止み戻ってきた。ただでさえ赤い瞳は、涙で充血して真っ赤だ。そして未だに震えている声で、我々に改めて頭を下げる。
「ご迷惑を、おかけします」
”しました”ではなく”します”か。サイキらしいな。