疾走戦闘編 8
サイキの嘆願を聞き入れてから数分、座り込み泣き続け、一向に動かないサイキの手を引き、立たせる。
「いい加減物騒なものは仕舞え。妹の前だろ、泣き止め」
相変わらずひくひくとしゃくり上げているが、どうにか涙だけは止められたようだ。そのまま手を繋ぎエリスの元へ。隣に座らせ、私はトンネル入り口まで離れて様子を覗う。
「……おねえちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
どうやらエリスが目を覚ましたようだな。見事に幼い声をしている。年齢的にはリタよりも少し下かな。そしてお姉ちゃん、か。血が繋がっているかどうかはまだ分からないが、やはりサイキの妹と考えて間違いなさそうだな。
「うん、大丈夫だよ。エリスごめんね」
暗がりで、声以外はよく分からないな。しかし、エリスと目が合った事だけは確かだ。
「だれ? おねえちゃん泣かせたの!?」
姉妹愛とは斯くも素晴らしきかな。サイキの前に立ちはだかり、手を広げて守ろうとしているエリス。
「ううん、エリス大丈夫だよ。この人はわたし達の味方だよ」
「……ほんと?」
「うん、本当」
さて、自動翻訳機は無事働いているようだし、そろそろ自己紹介でもさせてもらおうかな。屈んでエリスと目線の高さを合わせる。
「エリスちゃん初めまして。俺は工藤一郎。お姉ちゃんの住んでいる下宿屋の主人だよ」
「……はじめまして」
結構あっさりと挨拶出来た。その事実に逆に驚いてしまう。そしてもう一人驚いている人物がいる。胸ポケットから翻訳機を見せると納得してくれた。エリスに対しては、一瞬癖で手を伸ばし頭を撫でようかとしたのだが、恐らくはまだまだ警戒されているだろうから、止めておいた。
「さてサイキよ、お前はどうしてほしいんだ? ただ助けろと言うだけでは言葉が足りないぞ」
どうせ答えは一つだけではあるが、敢えてそれをしっかりと口に出して言ってもらう。それが願いを聞き入れるという事だ。
「……長月荘に、エリスを住まわせて下さい。わたしはそこしか頼る場所を知らない。お願いします」
まあそうなるな。こんな予想誰でも出来る。さて、問題はもう一人だな。
「エリスちゃんはどうする? お姉ちゃんと一緒に来るかい?」
一瞬ここで拒否されたらどうしようかと思ってしまった。しかしその心配は無用だった。
「……うん。一緒に行く」
「よし、決まりだな。……ちょっと待ってろよ」
一旦トンネルを出て携帯電話の電源を入れる。二人には着くまで内緒にしておくべきかな。無いとは思うが、逆襲に来られても困る。という事で青柳に電話。
「青柳、すまんが迎えに来てくれないか? 場所は金辺市の……」
「……了解しました。では三十分ほどで着きます」
「三十分? 菊山警察署からなら一時間くらいは掛かるんじゃないのか? まさか赤灯回す訳じゃないだろうな?」
「いいえ、私は今、金辺市内にいますから」
「……ああ、あはは、もうすっかり読まれていた訳か。さすが刑事だな」
「いえ、私の所にお二人から連絡があったんですよ。頼むから金辺市で工藤さんを見つけてくれという通報がね」
「なるほどなあ、お前を駆り出させるほど心配させちまったか。帰ったら謝らないとなあ。そうしたら悪いけど、長月荘まで送ってくれないか? 頼むよ」
階段に置いてあるコンビニの袋を回収し、二人の元へ。それをサイキへと渡すと、私の顔を確認し、袋を開ける。
「どうせ昼飯食ってないんだろ」
小さく頷き、先に妹のエリスに選ばせている。
「どっちも食べていいよ」と言うサイキだが、エリスはしっかりと飲み物とおにぎりを一つずつとキャンディを取り、残りをサイキへと返す。姉が姉ならば妹も妹、とてもしっかりしているな。親の教育の賜物だろうか? そういえばエリスの持っていた白い棒、あれはキャンディの棒だな。最初は何かと思ったぞ。
ここからは念の為翻訳機を停止させておいた。まずい事をエリスに聞かれて、逃げられでもしたら大変だ。
「それで、一体このエリスという子は何なんだ? お前の妹として見てはいるが、実際どうなんだ?」
「……妹、だと思う。正直あまり確信がなくて。封印された記憶の一部が解除されて、それでは確かにエリスはわたしの妹なんだけど……よく分からない」
「よく分からないって、お前に言われるとこっちも困るんだがなあ。何か具体的な記憶はないのか?」
サイキは目を閉じて思い出そうとしている。一方エリスはおにぎりを美味しそうに食べている。
「えっと、エリスとの最後の記憶は訓練学校に入る以前だから、かなり前のはずなんだけど、でもその記憶のエリスと、今のエリスとが同じ、つまり見た目が変わっていないんだ。何でか分からないけれど、エリスは一切成長していない。そしてエリス自身が、自分の事をあまり話してくれなくて。だからわたしにはそれ以上は……」
うーん、謎多きエリス。これはリタに協力を仰ぐしかないな。
「しかし四日間とはいえ、よくこんな所で二人だけで生活出来たな。お前そんなに金持ってたか?」
「……ご飯はコンビニで買って、手持ちは二日目の夜に全部なくなった。それで真夜中に見つからないように長月荘に行って、お金を持ち出そうと。屋根の上からいつも置いてある場所を探ってお金を回収しようとしたんだけれど、何でか見つからなくて。仕方がないから福袋のお菓子だけを持ち出しました。それで、お金もないしエネルギーも回復しないのは、きっと二人の嫌がらせだろうと……ごめんなさい」
「それで勝手に追い込まれた挙句、二人を襲撃し剣を突き立て、次は俺を殺すと大口を叩き、余計に四面楚歌になったと。お前なあ……」
「……ごめんなさい」
また涙目になり縮こまるサイキ。
「それと、あいつらの名誉のために言っておくが、お金も盗っていないし、エネルギーに細工もしていない。二人がそんな事をするような奴じゃないのはお前が一番分かっているだろうに」
「……全部わたしのせいだ」
また泣き出しそうなサイキ。するとエリスが何か喋ってきた。
「あ、翻訳止めてて聞きそびれた」
「……ありがとうって」
私とサイキの話の内容とは別の所から飛んで来たので、一体何に対しての感謝なのかは分からないが、それならば微笑み頷いておこう。そのおかげか、サイキの涙は零れ落ちずに止まった。
「お前、エリスに何処まで話してあるんだ? 場合によってはあいつらと直接合わせるのは、まずい事になりかねないぞ」
「実は、まだ何も。エリスには嘘吐けないから」
「そうか。それじゃあサイキ、帰る前にエネルギー全部空にして何も出来ない状態にしておけ」
「……何で?」
怪訝な表情になった。まあ生命線を断たれるも同然だから仕方がないか。
「お前、今自分がどれだけ二人に警戒される存在なのか、理解しているのか? エネルギーが切れかけだったとしても、二人掛かりでも俺を守れるか分からない、そう思っているんだぞ。そんな状態で戦闘可能なお前が現れてみろ、あの小型黒が出た所の騒ぎじゃないぞ」
「……わたしって、そんなにも……。やっぱり……」
「その先は言うなよ」
恐らくは、やっぱり一緒にはいられないと言い出すのだろう。しかし、ならばどうしろと言うのだ? その答えが出る事がない以上、我々は切っても切れない縁で結ばれた家族として過ごす必要があるのだ。
電話が鳴った。青柳からで、近くのコンビニまで来たとの事だ。多分先ほど買い物をしたコンビニだな。ならばこちらから行くのが早い。
二人に声をかけ、それじゃあ行くかとなったのだが、エリスが怖がって首を縦に振ってくれない。さてどうしたものかと思ったのだが、そこはお姉ちゃんの出番であった。
「エリス、お姉ちゃんがついているから大丈夫だよ。お姉ちゃん強いんだから! だからエリスはお姉ちゃんが絶対に守ってあげる。ね?」
そう言いエリスの頭を撫で手を繋ぐと、ようやく立ち上がり、外へ出てくれた。
「さすがお姉ちゃんだな。お前が律儀で礼儀正しい所って、妹がいたからなのかもしれないな」
「そう、かな? でもエリスもしっかりしているよ。だから両親の教育のおかげだと思うなあ。……わたし、もっとしっかりしなくちゃ。皆にちゃんと謝って、そしてエリスを認めてもらわなくちゃ」
「頑張れ、お姉ちゃん」「頑張るよ!」
ようやくサイキの笑顔が見られた。
「ああゴミは拾っておかないと」
用水路から上がり、おにぎりを買ったコンビニへ。いつものように黒いセダンが止まっており、私達が近付くと青柳が降りてきた。そして青柳は思いっきりエリスに怖がられ、青柳が一言発する間もなく、エリスはサイキの後ろに隠れてしまった。
「顔だけはどうにもなりませんからね」
と残念そうな青柳。しゃがみ込み、エリスよりも目線を下げる。軽く手を出し握手の体勢。
「エリスさん、こんにちは」
残念。余計に顔を引っ込めるエリス。……あ、言葉が分からないのか。私の持つ翻訳機をエリスへと手渡す。
「これで皆の言っている言葉が分かるようになるよ」
「ほら、エリス。この人もわたし達の味方だよ。青柳さん、もう一度お願いします」
再度青柳が挨拶。エリスはようやくちらっと顔を出すが、また引っ込む。これは当分掛かりそうだなあ。しかし車には素直に乗ってくれたので一安心。道中、後部座席の二人は、長月荘に到着するまでずっと手を繋いだままであった、後は最後の戦場、長月荘で待つナオとリタを納得させるだけだ。