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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
疾走戦闘編
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疾走戦闘編 7

 朝食を済ませ、一息ついた所で出る準備をする。

 「あら? 何処に行くのかしら?」

 白々しいな。だが今はその芝居に乗ってやろう。

 「ちょっと駅前のデパートまでな。お土産は何がいい?」

 「……じゃあ、ケーキ頼もうかな。多めに六つね」

 あはは、こいつやっぱり。

 「分かったよ。あまり遅くなる前に帰ってくるからな。お前達、出る時はちゃんと鍵掛けろよ」

 さて出ようかとすると、リタが無言で抱き付いてきた。何かと思うとそのまま離れて「いってらっしゃい」だと。大丈夫、最後にはならんよ。


 目的の駅は西金辺駅。長月荘からだとバスで駅前まで行き、そこから電車なので一時間半ほど掛かる予定だ。

 バスに乗り、駅前へ。降りる為に椅子から立ち上がる際、何か背中に違和感を感じた。電車を待っている最中に背中を触ってみると、小さな赤いビーズ状のものが張り付いている。

 「ははは、やりやがったな。リタが抱き付いたのはこのビーコンを仕掛けるためか」

 恐らくはナオの差し金だろうな。ナオ自身が同じ事をすればすぐ私に感付かれるので、リタにやらせたのだろう。さてどう翻弄してやろうか。……そうだ、逆方向の電車に放り込んでしまおう。あいつ焦るぞー。

 傍から見たらニヤけている私は不審者だったろうな。逆方向に来た電車に、小さなビーズを指で弾き放り込む。念の為に携帯電話の電源も切ってしまおう。金辺市方面の電車も着たので乗り込むと、ほぼ同じタイミングで発車。今頃どういう反応をしているのだろうか。隠しカメラを仕掛けておきたかったな。


 西金辺駅に到着し降りる。一応は周囲と上空を確認。尾行はなし。

 まずは橋まで歩く。時間にして二十分ほどか。バスやタクシーを使ってもよかったのだが、今更ながら、過去の健康診断で運動不足を指摘されたのを思い出してしまった。それでなくても正月中は悪天候なのも相まって、ほとんど家から出ていないのだ。

 のんびりと歩きつつ、たまに周囲を確認。完全に不審者だな。

 橋が見えてきたが、それだけでここはハズレだと分かる。隠れられるような形の橋脚ではないのだ。それでも念の為に橋の袂へ。

 「うん、何もないな」

 人がいたような形跡もないので、さっさと移動しよう。

 近くの大きな通りまで出てタクシーを拾う。住所はメモをしておいたので大丈夫。


 さて目的地である用水路のトンネル付近まで来た。昼間の住宅街なので人気はなく閑散としている。近くのコンビニに入り、飲み物とおにぎりを二つずつ、そして子供を手懐けるのに最適な甘いキャンディも購入。ついでに店員さんに聞いてみた。

 「すいません、人を探しているんですけど。最近になって来ているはずで、中学生ぐらいで髪の長い子と、もう一人小さな子なんですけど、見た事ないですか?」

 「あーなんかすげー髪の長い子来てたっすよー。茶髪のツインテールですげー目立つの。あと派手な色のポニーテールの子も一回見たっすわ」

 間違いない、あの二人だな。高橋の読みは大当たりだ。さすが警視庁の刑事。

 早速用水路へと向かう。この時期は畑を使わないので水がない。そして地図で見るよりも幅広く、結構大きい。これは用水路というよりも立派な川だな。水路の横には通路が設置されている。さて何処から降りるかなと見渡すと、ここからどうぞと言わんばかりの階段がある。更には用水路を挟んだ反対側は雑木林。完璧だな。


 ガードレールを跨ぎ、階段を降りる。

 目の前にはかなり奥まで一直線に続いているトンネルがある。そして……。

 「見つけた」

 誰にも聞かれない小さな言葉が出た。私の目線の先には二人の少女が寄り添い寝ている。一人はこの時期寒そうな格好に、手には刀のような剣を持ち、もう一人は服装は普通ではあるが、手に小さな白い棒を持っている。私は手に持つコンビニの袋を階段に静かに置く。恐らくは邪魔になるはずだ。

 一歩一歩静かに近付くと、手前の子が目を覚まし、私を見た。

 「……えっ!?」

 驚いた表情になり、すぐさま立ち上がり私を睨み付け、そして剣を構える。ゆっくりとトンネルから出てきて、私との距離はおよそ二十メートルといった所か。あの表情は間違いなく本気だ。これは優しくなどしていられないな。

 「よう家出娘。元気にしてたか?」

 「何で来たんですか」

 随分とドスの利いた声を出すじゃないか。しかしその程度では私は脅せない。

 「知るか。自分で考えろ」

 歯を食いしばり私を睨み続けている。それに答え、私も見下した視線を送ってやろう。


 無言の睨み合い。だが一瞬彼女の目が泳いだ。

 「何で……」

 この一言で、私が勝利を確信するには充分だ。私を殺すという大口を叩いておきながら、いざ本人を目の前にすると、その決意が揺らいでいるのだ。ならば後はその決意を心ごと叩き潰すのみ。

 「何だ、しょぼくれた顔してんなあ、おい」

 「……るさい」

 小さく呟いた。なるほど、相変わらず煽りには弱いか。

 「お前が言ったんだろ。俺を殺すって。わざわざ来てやったんだ、ありがたく思えよ」

 「……うるさい」

 私の煽りは中々に効いているようで目線が泳いでいる。面白い、どんどん煽ってやろう。

 「どうしたよ、俺一人殺せないのに、その子を助けられるとでも思ってるのか? それとも何か? この世界とお前達の世界、二つともお前一人で救うってか? 土台無理な話だな」

 「……うるさい!」

 私と目を合わせられなくなったな。ならば禁句すら出して煽ってやろう。私は元来大人気ない人間なのだ。

 「結局お前もこの程度って事だ。救う所か滅亡の手助けしてるじゃねーか。そんなんだから二十四人も殺す事になったんだろうよ」

 「……それは……それだけは……っ!」

 私の煽りに負けて飛んで来た。私の首に剣を突き立て、紙一重の所で止まる。私にも意地があるからな、微動だにしてやるものか。


 「馬鹿娘が。そのまま突き通せば評価してやったものを、こんなのが仲間殺しの戦闘狂とはな。ふんっ! 心底がっかりだ」

 「……っっ!」

 悔しさに顔を歪ませ、唸り声を上げ剣を振り上げる。

 「そうだ。後は振り下ろすだけだぞ。それでお前は家族を殺せる」

 私の言葉にはっとした表情をし、目が潤み始め、手が震えて剣がカタカタと鳴り始める。こいつ、本当に周りが見えなくなっていたか。ならばまだまだ煽れる。まだまだ叱れる。まだまだ家族でいられる。

 「どうした、血の繋がった家族を守るために、血の繋がらない家族を殺すんだろ? どうしたほら、やれよ」

 悔しさに歪んでいた顔が、今度は涙で歪み始めた。私はその歪みに顔を近づける。

 「何やってんだ、ほら、早くしろよ。あの二人みたいに家族である俺も斬りつけるんだろ? 侵略者みたいに俺を殺すんだろ? どうした、ほら。ほら!」

 私はにじり寄って行く。彼女は小さく嗚咽を漏らし、後ずさり。その表情は既にぐずぐずに崩れ去り、醜態を晒している。痺れを切らした私は彼女の腕を掴み、剣を振り下ろさせようと力を入れた。

 「どうしたよ! 俺を殺すんだろうがよ! 家族を殺してみせろよ!」

 何度も腕を振り下ろさせようとする私。彼女は必死にそれを拒み、顔を横に振る。いくら化け物じみた強さを誇る兵士と言えども、所詮は女子中学生。私が強く力を入れれば、それに振り回されてしまう。そしてその度に必死に剣を手放そうともがく。しかしその手の平すら私に掴まれていてはどうしようもなく、彼女に逃げ場など最早ないのだ。

 言葉にならない声を上げ必死の抵抗を繰り返す彼女だったが、遂に観念し、絶叫の如く声を上げ謝った。

 「ごめんなさい! ごめんなさいっ!!」

 私は力を抜き、手を突き離し、抑揚を押し殺した声で最後の言葉を吐いてやる。

 「残念だよ。もう何処にでも行きやがれ」

 力なく崩れ落ちる彼女の手から、鈍色の剣が滑り落ちた。


 正直私は、彼女が真っ当になるのであれば殺されてもいいと思っていた。しかし彼女は私に剣を突き刺す事を拒んだ。

 残念だというのは本心からの言葉だ。しかしそれは彼女へ向けた言葉ではなく、このような方法でしか事態を動かす事の出来ない、哀れな自分への言葉だ。

 私は泣き崩れる彼女へと背を向け、用水路から上がる階段へと、ゆっくりと歩き始める。私はまだ彼女にチャンスを残している。その時間は少なく、その距離は短い。


 あと三十秒、あと二十メートルだ。


 あと十五メートル。まだ来ないな。


 あと十メートル。早くしないと本当に置いて行くぞ。


 あと五メートル。本当に知らんぞ。


 あと一メートル……遅いよ馬鹿娘。


 相変わらず涙に歪んだ顔で私を睨み付け、剣を構え、それを私に向けてくる。

 私は無言で待っている。睨む訳でもなく、笑顔を見せる訳でもない、無表情で待っている。現在の選択肢は彼女が握っており、私は彼女の選ぶ答えを尊重するつもりだ。

 その瞳からまた涙が零れた。睨む表情はまた少しずつ崩れて行き、歯を食いしばり、唇を噛んでいる。徐々に剣先が下がり、またその手から滑り落ちた。力なく膝を着き、剣を持っていた手も地面へと突く。泣き崩れ、顔を上げられない体勢のまま、彼女はほんの僅かな声量で呟いた。

 「……ぃ」

 彼女が何を呟いたのか、はっきりとは聞こえはしなかったが、それでも充分だった。

 「……たすけて……ください」

 かすれた泣き声だが、今度はしっかりと聞こえた。ここで敢えて拒否をする事も出来るのだが、私には更に一つ、彼女へと与えなければいけない選択肢が残っている。

 「それは、俺への頼み事か?」

 「……お願いします。助けて下さい」

 「それは、剣道の練習試合の時に約束した、俺が一つだけ言う事を聞くという、そのチャンスを今使うという解釈でいいんだな?」

 私はあの時の約束を忘れてはいなかったが、彼女はどうやらすっかり忘れていたようだ。泣いて震えていた体が、一瞬、明らかに止まったのだ。そして頭を地面にこすり付けるように下げた。

 「……お願いします! エリスだけでも、助けて下さい!」

 自分はともかくエリスだけでもと言うか。その願望だけは賞賛すべきものだ。彼女の嘆願は最早叫びであり、閑静な住宅街には似つかわしくなく響く。


 「……リタが帰ってきた時の事を覚えているか? 俺はあの賭けに勝って、お前に一つ言う事を聞かせる事が出来る」

 「エリスだけでいいんです。わたしはどうなったって構わない。お願いします!」

 「本当にどうなったって構わないんだな? ならば、ナオとリタに謝れ。あの二人に散々説教されろ。一生負い目を感じて生きろ」

 混乱した頭では、こんな簡単な言葉の意味すらも理解出来ていないようだ。

 「もう一度聞くぞ。お前は俺に一つ頼み事が出来る。それは何だ?」

 必死に私の問に見合う答えを模索しているサイキ。そしてようやく意味を理解したようで、より深く、最早地面に頭を突けて嘆願してくる。

 「……エリスと、わたしを、助けて下さい……お願いします」

 静かにだが、涙で震える声で正解を導き出した。私も随分と甘いな。

 「よし、聞き入れよう。この願いは、お前自身で勝ち取ったものだ」

 この願い。それはサイキだけではなく、ナオにリタ、そして私の願いでもある。


 また体が震え始めるサイキ。そして、最後の一言を叫ぶ。

 「ごめんなさいぃー! うあぁー!」

 堪えていた感情があふれ出し、謝りながら大きく泣きじゃくるサイキ。この涙は……そうだなあ、今は長月荘から離脱しているのだから、覚悟の換算には入れないでおいてやろう。



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