疾走戦闘編 6
サイキに殺されるまで後二日。勿論それまで手をこまねいて待つほど、私は出来た大人ではないのだ。場所を特定し、こちらから殴り込みを仕掛ける。二人は恐らく私のやろうとしている事には気が付いているだろうが、ここは敢えて私一人でやらせて頂く。
いつもの平和な日常を演出しつつ、二人をカフェへと向かわせようとしたのだが、珍しく駄々をこねられた。
「何があるか分からないんだから、工藤さんの見える所に居させてもらうわよ」
「世界を救うならば、まずは工藤さんを守らなければです」
「気持ちは嬉しいが、怪しまれるとかえってまずいだろ。いいから行ってこい。客にそんな仏頂面見せるんじゃないぞ? それから、変な気は起すなよ」
半ば無理矢理に出て行かせる。サイキは三日の猶予を与える事を明確にしているので、その間は私に危害を加える事はないだろう。あいつはそういう子だ。ならば猶予のある内に、攻勢の一手を考えるのみ
さて、私はまずは青柳に連絡を取る。
「青柳、金辺市の警察官で知り合いはいないか?」
「金辺市では……思い当たりませんね。私よりも三宅さんや警視庁の高橋さんのような、現場に出ている方のほうが居場所の特定には向いていると思いますよ」
「そうか。分かったよ。……すまんが、俺に何かあった時は、子供達の指揮はお前が引き継いでくれよ」
「はっはっはっ、ナイスジョーク。……に、して下さい」
これは気が付いているな。まあ刑事ならば当然か。次に三宅だ。
「金辺市っすか? うーん、俺はずっと菊山市勤務なんで、ちょっと分からないっすね。お役に立てずにすみません」
ならば残りは警視庁の高橋だな。以前携帯電話の番号を入手しておいてよかった。
「ああ、長月荘の工藤ですけど」
「ふっふっふっ、ようやく私の所にも役が回ってきましたか」
「ははは。しかも結構重要な案件でな、えっと……」
「あ、ちょっと待って下さい。どうせならこれから会いませんか? 今捜査で隣の金辺市まで来ているんですよ」
「金辺市!? おお、実はな、その金辺市に関係するんだよ」
「分かりました。そうしたら……一時間でそちらに着きます。協力するついでにお昼ご飯奢って下さいね」
お安い御用だな。しかし、まさか必要な人材がこんな近くまで来ているとは思わなかった。さすが長月荘だ。
時間ぴったり一時間で高橋がやってきた。本名は高橋一圭。「ひとか」と読み、実は女性だ。奇しくも十五年前、私の妻と娘が轢き逃げされた、あの時にいた住人の一人であり、当事はまだ現役の女子高生だった。まさか刑事になるような雰囲気ではなく、本当によくいる女の子という印象。
「あれで私は刑事になろうと決めましたからね。……あの車はもうないんですね」
少し物悲しそうだ。しかしその読みは外れている。
「いや、あるぞ。今は長月荘住人がやっている整備工場で修理中だ。本気で直すぞ」
「え、本当ですか!? やった! じゃあ直ったら運転させて下さいね」
「横に乗るんじゃないのかよ」
先に昼飯を奢り、そして本題へと入る。
「金辺市で隠れられる場所を探している。あまり詳しくは聞くなよ」
「ああ、だから刑事の私を頼ったと。いいですよー、どんどん頼っちゃって!」
「ははは。予想以上にノリノリだなあ」
「まず一つ目の条件なんだがな……」
私は昨日買っておいた地図を取り出し印を付ける。二日前の戦闘で深紅とサイキが現れた地点だ。そしてコンパスも用意。
「ここから金辺市方向へ五キロ圏内が、まず最初の条件だ」
「うーん、さすがに広過ぎるから、まだ絞り込まないと無理」
まさに本職の真剣な眼差しだ。警視庁という肩書きは伊達ではないな。
「次にここの中央公園から五キロ圏は除外」
「三日月状に探すって事か。とりあえず、見た感じでは七ヶ所に絞り込めますね。川に沿った橋の下が二箇所、それからここが廃ビルのはずだから一箇所、地下道が一箇所、林が二箇所、そしてこの用水路。長いトンネル状になっているはず」
「たったこれだけでそんなに絞れるのか。さすがだな」
「本当は現場に足を運ぶのが一番なんですけど、多分そんな余裕ないんでしょ? だから私の中で条件を追加したんですよ。子供が長期間隠れられる場所って」
さすがに本職には全てお見通しか。私の顔を見て悪戯に成功した子供のようにニヤリと笑う高橋。こいつ実は凄く有能なのかも。
「その条件を付けるっていう事は、もう感付いているんだろ?」
「何となくですけれどね。所謂プロファイリングって奴。お探しは恐らくは赤い髪の子。言葉の行き違いから家出をしたので、自ら連れ戻しに行くつもり、って所かな」
「凄いなお前、ほぼ正解だよ。唯一、俺が殺害予告を受けたという話が抜けているけれどな」
「え……マジですかー?」
本気にしていないのか、全く驚く様子がない。それどころか冗談めかした言い方をしてくる。
「マジですよー。行き違いの結果、あと二日以内にどうにかしないと、あいつが俺を殺しに来るんだわ。ははは」
「……笑っていられるならば勝算があると。でも刑事の前でそんな事を言っちゃ駄目ですよ」
ふむ、明らかに目の色が変わった。こいつ絶対に有能だ。そして私の勝算の一つが、この有能な女刑事だ。
「それで? 他に条件は?」
「ああ、上空から見えない事。あと離着陸時に人に見られない場所が近くにある事」
結構な長考に入る高橋。前屈みな姿勢の彼女の胸に目が行きそうになるのを堪える。真剣な時こそ、そういう所に目が行ってしまう、典型体なダメオヤジである。
「うーん、ならば橋二箇所、廃ビル、用水路の四箇所に絞れる。橋二箇所はどっちも近くに林があるでしょ。廃ビルは確か三階建てだから中に入って、屋上から飛び立てば条件を満たせる。用水路も横に林がある。あと一息かな」
「後条件を挙げるとするならば……子供が二人で食事をしていても違和感のない場所だな。例えばコンビニとかファミレス」
「え、二人?」
「ああ、ちょっと事情が込み入っていてな」
私の目をじっと見てくる高橋。探ってる感が凄まじい。
「……まあいいか。すると廃ビルはない。北側の橋もない。南の橋か、用水路だね」
「よし、二箇所なら自力で回れるよ。ありがとう、恩に着るよ」
「じゃあ、あれちょーだいっ!」
あれ、即ちおまじない硬貨だな。よし、奮発して五百円硬貨四枚だ。
「ひいーやあー! 四枚も? 嬉しい! 今年一番嬉しいかも。あ、今年始まったばかりだ。えーと、ここ三ヶ月で一番嬉しい」
本当にこいつ刑事か? と思ってしまうほど子供っぽく喜ぶ高橋。しかしおかげでサイキを殴りに行ける。あいつの返答次第では本当に殴るぞ。
「そしたら私はこれで。また何かあったら声掛けて下さいね」
「ああ、何もないのが一番だけどな」
高橋を見送り、明日の計画を練る。
まずは二人には一切内緒にしておこう。もしも話したら絶対に付いてくる。とは言っても、特にナオにはすぐに気付かれそうだな。まあ適当に誤魔化せばいいか。
順番は先に橋からにしよう。本命は用水路だが、橋のほうが駅から近い。橋までは歩き、用水路まではタクシーで行くか。帰りは……分からないな。勝算はあるが、心の中では半分ほどは命日になるのではないかと思っている。
帰ってきたら、さてどうしようかな。帰ってこられたのならば、後はナオとリタの説得だが、特にナオは難しいだろうなあ。
「誰が難しいですって?」
「おわっと!? いつの間に帰ってきてたよ……びっくりしたなあもう。おかえり」
急いで地図を仕舞うが、絶対に見られていたな。しかし本当に全然気が付かなかった。それにいつもより十分ほど早いぞ。
「ふふっ、ただいま。やっぱりどうしても心配だからね、ちょっと早めに飛んで帰ってきちゃった。緊急時だし、いいわよね?」
「事後報告じゃどうにもならんだろ。今度からは控えろよ」
「はい、分かっていますよ」
地図の事にも触れるかと思ったのだが、何も言わなかった。それはつまり私の行動を容認するという事かな。
翌日、一月八日。起きてきたリタから何やら固いカード状のものと、装飾のない銀の指輪を渡された。
「ご注文の品、工藤さんでも使える自動翻訳機です。お財布に入るサイズにしたかったですが、少し大きくなったので胸ポケットにでも入れておいて下さいです。それともう一つの指輪は、一度だけ使える自動防壁です。使用後は消滅するのでゴミは出ないエコ仕様です」
「それエコなのか? うーん自動翻訳を試してみるかな。テレビの副音声でいいか」
試してみると、確かに英語副音声が、声は変わらずに言葉だけ日本語に変換されている。仕組みが気になるな。
「えっと、脳を直接、ちょいちょいと」
「おいおい脳って、怖い事言うなよ。本当に大丈夫なんだろうなあ、不安だぞ」
「大丈夫ですよ。リタ達のスーツにも同じものを内蔵してありますから。それと逆に言葉を発する事も出来ます。自分では日本語で喋っているつもりでも、実際には相手の言葉で発音されます。工藤さん気が付きませんか? 今現在リタは日本語では喋っていないので、語尾が普通に聞こえていますよね?」
「……あっ、本当だ。お前普通に喋ると逆に違和感があるな。慣れ過ぎの弊害か」
「そう言っている工藤さんも、今はリタ達の世界の言葉で喋っているんですよ。語尾がおかしいとかはないので、成功ですね」
笑顔のリタ。一方のナオは感情を表情に出していない。やはり気付かれているな。
「あ、所で複数の言葉で一斉に話しかけられる場面、例えば多国籍でのスピーチなんてどうなるんだ?」
「聞く場合には全部翻訳変換されますよ。自分から喋る時には、その場で一番多い言語が自動で選択される仕組みです。リタ達の場合は手動で選択も出来ますが、工藤さんはスーツ着ていませんからね。それから翻訳を中止したい場合は、そう思うだけで止まります。翻訳したい場合も、そう思えばいいだけです」
(じゃあ試しに、翻訳中止っと)
「……ふふふ、リタ達にはそれは効かないです。相手が翻訳をしているかどうか分かるですよ」
「なんだよ期待したのに。まあいいや、ありがとうな」
これであのエリスという子とも意思疎通が図れる。いざとなったら……。