疾走戦闘編 5
本日は午前中には雨、夕方からは晴れの予報。
「ようやくね。何か悪天候な時ほど大物や危険なのが出てきている気がして、正直サイキの事も含めて気が気でなかったから、凄く長く感じるわ」
「そういう事を言っていると、また大物に当たったりするんだぞ」
「あはは。そうね、三人揃っていないうちは滅多な事は言わないべきかもね。……四人目はどうなるのかしらね」
「今それを言っても仕方がないし、お前達が心配する事じゃない。お前達は気にするな。気になると言うのであれば、居なかった事として扱っておけ」
静かに頷くナオ。
朝の十時半を回り、二人はカフェの手伝いへ。お昼頃になり電話が鳴る。渡辺だ。
「新年の挨拶代わりにな。どうだそっちは。相変わらずか?」
「うーん、若干問題はあるが、今の所は大丈夫かな。まあ当面の問題は金欠だけどな。SNSを見て知っているとは思うが、俺の車を修理する事にしてな。だがエンジンだけで五十万円以上だとさ。そんな大金、長月荘をひっくり返しても出てこないよ」
「金か。俺から貸し付ける事は出来るが、嫌だろ? 曲がりなりにも元犯罪者だからな。まあ特別報奨金が出せないか掛合ってみてやるよ。長月荘の功労は上も理解しているからな」
「ははは、悪いな。凄く助かるよ。……すまん、急用だ」
私の声色の代わり具合で事態を察した渡辺はさっさと電話を切り上げてくれた。
さて青柳と、そしてカフェで手伝い中の二人と接続。
「侵略者は西の住宅街に青鬼が一体、中央公園付近に赤鬼が一体です。青鬼を優先すべきだと進言するです」
「リタは二人になった途端随分と前に出るようになったな。それじゃあナオが赤鬼、リタが青鬼だ。ナオ、俺とリタのやっている事は既に読めているな?」
「ええ。というか、盗み聞きしていましたから。配置に関しても文句はないわ、あいつがでしゃばる前に終わらせましょ」
まずはナオが到着。中央公園は商店街からそう離れていないので当たり前か。悪天候が続いていたので公園に人影は皆無。雪と雨で地面が酷い事になっているなあ。赤鬼は周囲警戒、ビットは何やらうろうろしている。ナオは周囲が安全である事を確認し、様子を覗っている。
「上から眺めていると、赤鬼とビットが遊んでいるようにしか見えないわね……。本当に無害ならばなあ」
「気持ちは分からんでもない。でも赤鬼が母親にしてはガタイが良過ぎるだろ」
「あはは。でもそう言っちゃうと罪悪感が沸いちゃうわよ? まあ今更だけど」
ちょっとした失言だったかな、と思っていると、ナオから話題を変えた。
「……えーっと、サイキが来るかどうかを少し待つべきかしら?」
「うーん、確かリンクしていない状態のレーダーって小さいのは捉えられないんだよな? だとするならばビットは始末してもいいだろうな。赤鬼本体だけでサイキをおびき寄せる。赤鬼には餌になってもらおう」
「了解。だけど餌って酷いわねえ。罪悪感追加よ」
「ああごめんごめん」
言った私自身、赤鬼が可哀想に思えてきてしまった。
「リタ到着です。こちらは喋っている余裕なさそうです」
青鬼はまさに住宅街のど真ん中にいる。ここで衝撃波を撃たれたらまずいな。狙撃で速攻か、近接で無力化か。
「全てリタに任せるです」
おっ、頼もしい発言。リタが持ったのはショットガンだな。そして近接戦闘を選んだようだ。前後を切り詰めているとはいえショットガンである。近接での取り回しには難があるのではないか、と思ったのだが、いざ戦闘開始となるとそれを感じさせない動きを見せている。もしかして改良でもしたのだろうか。
そのリタは青鬼の殴り攻撃をひらひらと交わし、衝撃波の発射体勢として口を開け、隙の出来た青鬼の、その口に直接銃口を突っ込んだ。そしてショットガンの引き金が引かれ、青鬼を撃破。
「リタ、格好いい事をしたいんだろうが、危ないからやめろ! こんな所で俺の肝を冷やすな」
「ごめんなさいです。でも以前これをやろうとして出来なかったので、どうしても青鬼相手にやってみたかったです。もうこういう真似はしないです」
「やってみたかったで失敗たらどうするんだよ! 頼むよ本当……」
私は溜め息が出てしまう。たまにこういう無茶な事をするから、リタを一人にはしておけないのだ。
「そっちは終わったみたいね。こっちも赤鬼本体だけにしているけれど、あいつが来る気配はないわよ。どうする?」
「うーん、もしかしたらレーダー範囲外なのかもしれないな。待たせて悪い、終わらせてくれ」
「了解」
こちらは旗付きの槍で一撃である。容赦がないというか、容赦し尽くした後というか。
「さてカフェの手伝いに戻りましょ」
そしてこの切り替えの早さだ。長月荘周辺の雨は止んだので、これで四日間続いた悪天候も一段落だな。さて私もカフェにお邪魔しに行こうかな。ついでに買い物も。
また晩飯前に青柳が来て私の手伝いに入ってくれた。
「もういっそお前が長月荘を継いじゃえよ」
「いいですね。では契約書を」
「ははは。冗談だよ」
さて食事の用意が出来たのだが、いつもの帰宅時間よりも三十分も経っているのに二人が帰ってこない。遅いなあ、はしこちゃんに確認を取るか。
「二人なら定時に上がったわよ? また誘拐じゃないでしょうね?」
青柳と顔を見合わせる。
「念の為ルートを見てきます。すぐに戻りますので」
青柳が飛び出して行く。あの二人に限って何かがあるとは思えないが、もしもの事があれば世界規模でまずい。しかし五分ほどで青柳から確保したとの連絡が入った。一安心。
「ただいま。心配掛けてごめんなさい」
「おかえり。どうしたよ? 遅くなるなら電話の一つでも入れてくれないと」
叱るつもりではないのだが、言葉が強くなってしまった。二人は口をつぐむ。
「……ほら、飯食うぞ」
二人の雰囲気的に、それ以上は聞かないでほしいという感じだ。青柳にも確認してみたが、商店街との中間辺りでうつむいて歩く二人を見つけ、それ以外では特に気付いた事はないという。
食後、青柳からの戦果報告があったが、軽傷者三名のみとの事。それを告げると何かを察してか、足早に帰って行った。
その後は二人とも一言も喋らず、重苦しい空気が流れる。
「早めに部屋に入るかな。二人も遅くなる前に寝ろよ」
私が立ち上がり、居間のドアに手を掛けようとした所で、リタが口を開いた。
「ごめんなさいです」
振り返り二人を見ると、どちらも今にも泣き出しそうな顔だ。やはり何か大きな事があったのだな。戻り対面のソファへと座る。
「……帰り道でね、サイキに待ち伏せされたのよ」
「泣き付かれたか?」
「いいえ、逆よ。私もリタも本気で殺されかけたわ。まずはリタの首筋に剣を突き立てられて、エネルギーを回復させろってね。こんな小細工が出来るのはリタしかいないって。知らないって言ったらリタが蹴り飛ばされて、後ろから斬られて。幸い私が手を引っ張ったから間一髪で無傷だけど、一瞬でも遅れてたら本当にアウトだったわ。そしてそのまま私に斬り掛かって来て、ちょっとね……」
と言うと着替え、背中を見せた。上着が切れている。
「自分の命すら守れないんじゃ世界なんて救えるはずがないって言われたわ。至極その通りね。そして、三日経っても回復しない場合は、工藤さんの命を奪うと」
「つまり、本気で俺を殺しに来るつもりだという事か」
「正直、あそこまで一気に追い込まれているとは思っても見なくて、工藤さんの命までだなんて、もう、どうすればいいのか……」
これは色々とまずいな。私も楽観視をしていたのだが、仇となったか。しかしここで私がうろたえてはいけない。
「……結局エネルギーは回復出来たのか?」
「ううん、そもそも回復が停止した理由が分からないです。分からないものはどうしようもなくて、サイキ自身がいないとで、手詰まり状態です」
「なるほど。つまり俺は死を待つのみか。……まあエネルギーが切れればサイキだって大人しくなるだろう。お前達のせいじゃないさ、気にするな」
二人を諭し慰め、部屋へと向かわせる。
溜め息が出る。あいつめ、最悪の手段に打って出やがって。許さんぞ。