疾走戦闘編 3
一月五日、サイキが離脱してから二日目。三学期までは後四日だ。風は落ち着いたが、相変わらずの悪天候。そして朝の七時半という早い時間に襲撃が発生。出勤時間ともかぶるので被害が広がる恐れがある。更に言えば時間的に午後にもう一戦があるかもしれないな。早速青柳とも接続。
「敵は北と東の二箇所、北は小型が二体、東は大型の深緑と深紅です。どうするですか?」
「リタは東、北は私がやるわ。すぐ済ませて向かうから、まずは深緑を狙いなさい。それからあいつが出てきたら無視しなさい。深紅はまず周囲を減らしてから本体攻撃よ。いいわね?」
「了解です。では行ってきますです」
私が何を言う間もなくナオが全てを決めてしまった。そしてサイキは無視しろとの指示付きである。しかしリタを東方面に向かわせたというのは私の意向を汲んでくれたと見て間違いないだろうな。
先に到着したのはリタだ。手前に深紅、奥に深緑が見える。
「まずは深紅を避けて低空飛行で深緑に近付くべきだな。行けるか?」
「任せろです!」
早速高度を低く取り、深緑へと向かうリタ。頭上には二百メートルほどの大きさの深紅が浮いており、リタは時折気にして見上げている。当の深紅はリタには気が付いていない様子。随伴の子深紅も今の所親の護衛に終始しているようで、リタや地上への攻撃はない。
「リタ、そのまま深緑の反対側に回り込め。そこからだと深紅の的だ」
一旦止まろうとしたリタに注意を促す。私の指示に従い、より奥へと進むリタ。深緑はというと……雪を楽しんでいるご様子。勿論破壊活動が目的ではあろうが、空き地に出たのであまり周囲に壊すものがないせいで、傍から見たら雪遊びをしているようにしか見えない。リタは近くの民家の屋根にお邪魔し様子を覗っている。
「……敵は敵、ですよね。ここからならば64式で倒すのが一番だと判断するです」
アサルトライフルとして作り変えた64式を手に民家の屋根から銃撃を開始するリタ。しかし深緑には損傷を与えてはいるが、いまいち威力が出ていないように見える。それでも撃破を確認。
「……リンクが二人だけだとやっぱり威力が下がるです。その分エネルギーを多めにしないと」
「使い放題は継続しているんだろ? ならば遠慮はいらないだろ」
「そうですが、念の為に押さえ気味にしないとですよ」
リタに叱られてしまった。やはりこのエネルギー使い放題の状況は長くは続かないと考えているのだな。
「お話中すみませんね、北部クリア確認よ。リタは私が行くまで耐えて頂戴ね」
「いつの間にか倒していたか。小型ならばそう難しくはなかったかな」
「ええ、でもリタの言う通り、少し威力が低いわ。昨日はあまり気にならなかったけれど、今後このままになると固い敵への対処に梃子摺るかもしれないわね」
ならば余計に早くサイキの事をどうにかしなければな。
「来た! やっぱりサイキが来たです! えっと、指示を乞うです」
「指示は同じよ! あいつは無視しなさい!」
「……了解です」
若干怒り気味のナオの声に、小さく返事をするリタ。
「リタ、俺からの指示は分かっているな?」
「それは大丈夫です」
まあリタの事だ、そこら辺は細かく言わなくても問題はないだろうな。
さてサイキを無視しつつ深紅への攻撃開始だ。リタは対戦車ライフルに持ち替え、地上からはほぼ垂直の角度で撃とうとしている。ちょっと危なくないか? と思ったら案の定狙いが付けられないようで、素直に空中戦へと移行。
言葉の少ない戦闘ながら、リタの動きはかなり良い。相変わらず距離に合わせて銃を持ち替えてはかなりの精度で当てている。一方視界にチラチラ映る赤い頭は、あまり動かずに自身に近付いてきた敵だけを相手にしている様子。しかしあの大きな剣は目立つなあ。
「……あいつ、ナメてくれるじゃないの」
突然威圧感のある声を出すナオ。
「お? どうした?」
「サイキよ。あいつ、リンカーの強化機能だけオンにしてリンクしてきた。手助けのつもりか何かは知らないけれど、そんなのこっちから願い下げよ。……ふふっ、リンク切断して拒否しちゃおうっと。リタはどうするか、自分で判断しなさい」
ナオは優しいな。敢えて自ら切断する事で、何かがあってもサイキに責任が行かないようにしたか。さてリタはこれに気が付くだろうか。
「……サイキには甘えていられないです。リンク切断したです」
「ははは、やるなあ二人とも」
サイキは今どんな顔をしているのだろうな、帰ってきたら根掘り葉掘り聞き出してやろう。楽しみが増えたぞ。
「えっと……思いっきり睨まれたです」
「どうせこちらを攻撃してくる事はないさ、気にせず深紅討伐に集中しろ」
少ししてナオも深紅の現場に到着。相変わらず緑の光が良く動いている。
「リタはそのまま左手から攻撃。私は右手を担当するわ。随伴の数は?」
「残り四体です。そろそろ本体に集中攻撃を仕掛けるべきですか?」
「そうね、どうせ随伴は放っておいてもあいつが始末するでしょ。まずは砲台から掃除するのよ。その後に本体。分かっているわね?」
「大丈夫です。では本体攻撃に移行するです」
深紅本体もナオとリタを狙うが、やはり高機動化された二人はそれを容易く避ける。砲台の数と共に攻撃の手数も減っていくので最早時間の問題だな。
「よし、ここまで減らせば充分行けるわ。リタは随伴の撃破に戻ってもらえる?」
「了解です。でも気を抜かないようにですよ」
「ふふっ、言われなくて……もおーっ!?」
「ど、どした!?」
「あーいーつーっ! 深紅横取りしやがった!」
随伴四体の撃破へと向かうリタと、仕上げのために深紅の正面へと回り込もうとするナオの隙を突き、サイキが横から深紅本体にFA攻撃。そのまま倒してしまったのだ。これは二人とも怒るぞ……。
「あーあ。俺知らねえっと」
予想通りナオは激怒しながら、しかし武器は持たずにサイキへと一直線に突進。武器を持っていないのは攻撃ではないという意思表示だな。完全に攻撃範囲内に入っているが、気にせずサイキの顔に指を突き立てるナオ。
「あんた! いくら私達を敵視しているからって、横取りなんて最低だよ! いい? 今度こんな真似をしたらもう絶対に長月荘に入れてやらないんだからね! 覚えておきなさい!」
それを決めるのは私のはずなのだが、この勢いのナオにそれは言えないな。怒鳴り終わるとさっさとリタと合流し、残りを片付け始めるナオ。サイキは面食らった表情をしていたな。その表情の意味は果たして?
「深紅の掃除完了です。クリア確認、帰投するです」
「お疲れ。あいつは?」
「……もう居ないわ」
「分かった。午後にももう一度戦闘があるかもしれん。今のうちに休んでおけよ」
嫌な予想ほど良く当たるものなのだ。二人の音声に悲鳴音が混ざる。
「まだ帰らせてもらえないみたいよ。ああ嫌になるわね、北東にまた深紅だわ。それと南に中型の緑。リタ、どうする?」
「え? リタが決めるですか? うーん、そうしたら、リタは深紅の足止めをするです。ナオは早急に中型緑を倒して再度合流よろしくです」
「ふふっ、了解」
リタもしっかり作戦を考えられるようになっている。これで無茶をしてくれないのならばいいのだがなあ。
先に到着したのはまたリタだ。距離的に近いから当然ではある。
「早速戦闘開始です」
「体力的に動きが鈍っている可能性もある。安全圏を広めに取れよ」
「了解です。なので余計にナオには早く来てもらいたいです」
リタは先ほどまでのような武器の入れ替えはせず、64式のみで応戦し始める。ただし連射が出来るので余裕はあるようだ。
「こちらナオ。敵影確認。一発で終わらせてやるわ!」
ナオは以前からの馴染み深い槍を使うようだ。一旦地上に降り、中型緑の攻撃を軽くいなした後、振りかぶり投擲。きっちり真ん中に当ててきた。
「どうよ私のコントロールは。南部撃破、クリア確認よ。リタ、すぐ向かうわね」
やはり槍の投擲は強いな。問題は投げている最中は無防備な事と、回収しなければいけない事か。
「こちらリタ、深紅随伴の半数を撃破。残り三体まで減らしたら本体攻撃に移るです。ナオは到着次第本体をお願いするです」
「随分としっかりした参謀さんだな。ナオも負けれていられないぞ」
するとナオから笑い声が漏れる。笑えるという事はまだリタには負けないという自信があるのだな。
おっとそして赤い光が見えた。先ほどと比べて随分な重役出勤だ事。一方黄色い光、ナオも到着だ。既に深紅の随伴は残り三体になっている。これはリタが戦闘に慣れて強くなったと考えるべきだろう。サイキは本体の砲台破壊を開始したようだ。
「今回は横取りさせないんだから。リタ、前方の砲台を中心に破壊して頂戴。真正面に立てる程度に減ったら一気に叩くわ」
「それって、防壁を展開しつつ投擲すればいいんじゃないのか?」
今更ながらの質問をぶつけてみる。
「ああ、その手があるわね。それじゃあリタは私の援護に回ってもらえるかしら。随伴を追い払ってくれればいいわ」
「了解です。その作戦に移行するです」
ナオは高威力型の槍へと持ち替える。防壁を展開して前方からの攻撃を防ぎつつ、思い切り振りかぶり投擲。相変わらず風が螺旋を描くのが綺麗だ。防壁は槍の進路を塞がないように一部だけ開放するという器用な事をやってのける。槍はそのまま真っ直ぐ突き進み、深紅本体を貫き通してみせた。そして深紅は消滅。久々に私の作戦が効いたようだな。
「よし、深紅は頂いたわ。どうよ?」
「自慢する前に残りを掃除するです」
「ナオはその余裕を見せる所が玉に瑕だな。自慢は終わってからでも出来るぞ」
すると無言になってしまった。帰ったらまた嫌味でも言われそうだなあ。
「最後の随伴を撃破。北東クリア確認よ。さっさと帰りましょうか」
二人、目で合図をして帰ってこようとする。しかし後ろからサイキが飛んできている事に気が付き停止。ナオは念の為槍を持っているが、サイキは剣を仕舞った。そしてそのままナオの眼前へ。これはまた怒っているな。
「わたしだって分かってるもん! でも分からないんだもん!」
「……分からないなら相談しなさいよ! あんただって長月荘の住人でしょうが!」
自身以上に強く怒鳴るナオに一瞬怯むサイキ。瞳に涙が溜まっていくのが見て取れる。そして無言で去って行ってしまった。
「何よあいつ。頼りたいならそう言えっての。……リタ、帰るよ」
「……了解です」
サイキの言葉は、このままではいけないのは分かっているが、その解決法が分からないという事か。そして渡さないと言ってしまった以上、我々を頼る事も出来ないと思い込んでしまっている訳だな。やはり引っ叩いてでも強引に連れ帰るしかないかなあ。
二人が帰ってくる間に電話が鳴る。はしこちゃんからだ。用件は本日からカフェ開店との事。サイキの事はどう言おうか迷ったが、とりあえず風邪という事にしておこう。相良剣道場にも連絡を入れなければな。こちらも風邪として処理。
「ただいまー」
「おかえりー。でかいの連戦お疲れさん。さっきはしこちゃんから電話が来てな、今日からカフェの手伝い再開だってさ。お前達はどうする? 行くとしたら、あいつの事は風邪だっていう事にしてあるから、口裏合わせろよ」
「了解。私は行くわよ。リタは?」
「問題なしです」
そう言いつつも二人は溜め息を吐いている。サイキの事でなのか、体力的な事でなのかは計れないな。やはり三学期までは休みにしてもらうべきだったろうか。
「大丈夫よ。私とリタに関しては気にしないで」
つまりもう一人の事を気にしてほしいという事か。何処まで行っても信頼は揺らがないのだな。