疾走戦闘編 2
夕方になり、ようやく風が少し弱くなってきた。雪は五センチほどは積もっているだろうか。青柳は一旦車に戻り、警察無線で指示を出している。どうせなのだからと晩飯に誘うと、やはり乗ってきた。
「暫定ですが戦果報告をしますね。まずは菊山神社ですが、被害は確認されていません。そもそもこの吹雪ですから、どちらの被害かとは言い切れない状況です。次に三体の襲撃についてですが、こちらも被害なしとの事です。恐らくは風が強過ぎて爆風が流されたのではないかと」
悪天候が逆に功を奏したか。全く、悪運の強さだけは素晴らしいな。
夕食の準備中、サイキの代わりに青柳が私の手伝いに入る。
「一人では寂しいかと思いまして。サイキさんが帰ってくるまで、毎日お手伝いに来ましょうか?」
「それはつまり、適当な口実を作って毎日夕飯を食べに来るっていう事か? 抜け目ないなあ青柳は」
「それはそうですよ。だって、私は皆さんの監視役ですから」
ものは言いようだな。しかし二人にとってもそれは助かるだろう。リタが抜けた四日間だけでも、長月荘の雰囲気は大分変わった。恐らく今回は、それが更に顕著になるはずだ。
夕食時、私は見逃さなかった。一口目を食べた瞬間、リタの表情が一瞬固まった。やはり味に違いが出たのだな。文句の一つも言う事はないが、その一瞬だけでリタの言いたい事は全て分かってしまう。そして恐らくはナオも同じ。
食事を終えると青柳は帰っていく。雪道で滑るから泊まっていてもいいぞと言うと、長月荘に来る時点で、タイヤにチェーンを巻いていたので大丈夫との事だった。さすがだ。
夜になり、珍しくリタよりも先にナオが部屋へと戻って行った。するとリタはこちらをチラチラ。何か言いたげである。
「さて俺も」「あっ……」
私が立ち上がろうとすると、思わず声と手が出た。そしてその自分のとっさの行動に恥ずかしさを感じているようである。本当に、こういう時のリタは分かりやすくて助かる。そうでなくても耳を見れば一目瞭然。例えば私が正面に座り直すと、顔は伏していても耳は真っ直ぐに私へと向く。本人は何処まで意識をしているのだろうな。
こちらとしてはいつもで話を聞く態勢ではあるのだが、リタは中々口を開かない。恐らくは、いざ話をしようにも何から話せば分からないのだろう。ならば手助け。
「三ヶ月ぶりの実家はどうだった?」「っ!」
一瞬びっくりしたぞ。どれだけ思案していたんだよお前は。
「えっと、皆変わらずに元気にしていたです。お父さんにも会えたし、帰り際にはお母さんにも会えて、家族皆の顔が見られて良かったです」
この小さい子が三ヶ月も家族から離れていたのだから、それは嬉しかったろうな。
「皆変わらず元気に、か。何よりじゃないか」
「でも最初、あまりにも変わらなさ過ぎて、本当にここはリタ達の世界なのかと不安になったです。戻れないかもしれないし、戻ってもどうなっているか分からないという不安はあったですが、変わらない事に不安を抱くとは思っていなくて。でもその不安の理由はすぐに分かったです。リタが変わったんだと。だから変わらない研究所に不安を感じたんだと。それがあったから、こちらに戻ってきた時に、工藤さんがリタの知る工藤さんなのか不安になったです」
変わる事への不安を持っていた私とは真逆だな。
「それで、リタの両親と研究所の皆から、感謝していると言付かっているです」
「感謝するのは俺のほうだよ。いつかは菓子折り持ってお礼に行かないとな。それにお前達の世界の風景も見てみたい」
「……そうですね。じゃあ約束するです。リタがそれを実現させるです。いつかとは言わず、なるべく早く……五年。五年で実現させてみせるです!」
「五年かあ。それならば俺もまだ動けていそうだ。頼んだぞ天才」
無言で頷くリタの表情には自信が見て取れる。これならば本当にやってくれそうだな。私は大きな楽しみを手に入れた。
「どうせなら研究所の事も教えてくれるか? お前主任になったんだろ?」
「了解です。研究所は現在三十人の研究員を抱えているです。勿論その中にはリタやリタの両親も含まれるです。そして主任になったリタは、その全員を一斉に動かせる権限を得たという事です。ちなみに所長がお母さん、副所長がお父さんです。研究員は種族はバラバラですが、全員家族として迎えているので、皆仲がいいです」
家族や研究所の話をする時は、やはり楽しそうな笑顔になっている。
「なるほどなあ。リタが持つ人との関わり合いの上手さは、そこで鍛えられたのか」
「どうだろう……言い争いはあるですよ。でもリタが止めようとすると皆すぐに言い争いを止めてしまって……何か皆おかしいです。リタに遠慮でもしているですか?」
「ははは、それはリタには勝てないのが分かっているんだよ。お前過去に、研究員を完膚なきまでに言い負かした事があるんじゃないか?」
「……ある、です」
一転苦々しい表情になるリタ。これはそれ以上聞かないのが懸命だな。話を変えよう。しかし三十人分もの菓子折りか。こりゃ大変だ。というかそれ以前に言葉が通じるかどうか。
「そうだリタ、俺も使える自動翻訳機って作れるか? さすがにこの歳で新しい言語を覚えるなんて厳しいからな。それに……」
「エリス、ですか?」
真剣な表情でこちらを見つめるリタ。こういう話になると途端に子供らしくないというか、私以上に大人な雰囲気をかもし出すのだ。
「さすが察しがいいな。もしもあのエリスという子が、お前達の世界の言語で喋るのであれば、俺は意思疎通が出来ない事になるからな」
「……それはつまり、長月荘に迎える気でいるという事ですか?」
恐らくナオならば怪訝な顔をするであろうが、リタは表情を変えない。
「ナオには黙っておいてほしいが、多分ナオも、そしてサイキもそれを望んでいる。リタ、お前もだろ?」
すぐさま頷く。そう、つまりは皆考えている事は同じなのだ。あのエリスという子は、長月荘の住人になるべきだと。
「ナオが深追いしなかった理由はそこだな。サイキに考える時間を与えたんだ。どうすれば長月荘に戻ってこられるかを考える時間をな。しかしあまり長くはないだろうな。まあ、いざとなったら俺から出向いてやるさ」
「サイキの場所が分かっているですか!?」
驚きの声を上げるリタ。
「ははは、まさか。これからそのヒントを探すんだよ。多分、明日明後日にも戦闘がある。その時にサイキが参戦したならば、必ずヒントを残す。後はそれを丁寧に拾い上げ、繋ぎ合わせるだけだ。リタには悪いが、なるべく東側の敵を迎撃するようにして、そのヒントを拾う役割をしてくれないか?」
顎に手を当て念入りに思考している。その後は私の顔を見て頷く。また重い役割を任せてしまったな。
「そういえば自動翻訳機で思ったんだが、リタのその口癖は元からなのか?」
「え? っと言うと何ですか?」
「ほらその、語尾に間違った”です”が付く感じ。やっぱり国語は苦手か?」
「あ、これは、その……えへへ」
何だこの照れ笑いは。可愛いから許すが。
「えっと、こちらの世界に来た時に、リタの翻訳機能にエラーが出てしまって、それでこの口癖になったです。こちらに来て最初のうちは、実はリタ達の世界での言葉で喋っていたですが、それを自動で翻訳していたので、工藤さんとも問題なく会話が出来ていたという訳です。今はそのエラーも修正済みで、機能を使わずに自分の口で、こちらの世界の言葉で喋っているです。でもリタの場合、何故かそのまま癖になったようで、口調が戻らなくなったです。頑張れば普通にも喋れるですよ?」
「ほお。でも特徴になっているからそのままでも構わないぞ。……ああそうか、サイキが最初カフェの事を思いっきり”かへ”と発音していたが、あれは翻訳しきれずに、自力で音だけを真似たせいなのか」
「正解です。サイキの翻訳情報をナオやリタも共有したので、最初からあまり違和感なく発音出来ていたです。そういう事も含めて、最初がサイキで良かったと思うです」
「なるほどな。じゃあ今のを普通の口調で言ってみようか」
「あ、っと……え?」
困った様子のリタ。「冗談だよ」と言うと若干膨れた。
「よし、それじゃあ早めに寝ろ。怪我はなくても体力は消耗しただろうからな。明日は頼むぞ」
「……わ、分かりまし、た。えっと、頑張ります、ますよ」
普通の口調で言おうとしているのだろうが、関係のない所までしどろもどろになっているぞ。
リタが部屋に入った後、次はナオが顔を出した。居間の入り口に陣取り溜め息を一つ吐き、立ったまま一方的に喋り始める。
「……そりゃー私だって、その方がいいと思っているわよ。でも私は皆を無事帰すまでは手は抜きませんからね。敵性反応があったという事実にしっかりした理由がない限りは、例え本当にサイキの家族だったとしても、敵と見なします。どれだけサイキに敵視されようともね。それだけ。おやすみなさい」
ははは、やはり聞かれていたんだな。全員無事に帰るという責任感のなせる業か、例えその相手に敵視されようとも構わないとは、さすがナオである。
さて明日はどういう戦闘になるのやら、なるべくならば無事で済んでほしいものだな。