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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
疾走戦闘編
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疾走戦闘編 1

 「リタは俺の部屋に寝かせておけ」

 菊山神社に現れた敵性反応を示す人型の存在、それを庇うように行動し、仕舞いにはこちらへ向けて剣を振るい逃げたサイキ。今までも普通とは言い難い状況は何度かあったが、今回のような事は初めてだ。この先をどうしようか頭を悩ませる事になるなあ。

 「あいつ、あいっつうー! あーいーっつうー! 腹立つわー!」

 そしてナオの苛立ちは頂点に達している様子。まあ無理もないか。物に当たる訳にもいかず、居間を所狭しと行ったり来たり。大袈裟に手を振り悔しそうにしている。

 「あいつ本っ当に何なのよ! ほとんど同じ装備なのよ? こっちはリンクもしているし、あっちはあれを抱えて片手なのよ? なのに何で押し切られなくちゃいけないのよ!? 有り得ない!」

 ナオの苛立ちの原因はサイキが逃亡、もとい離脱した事よりも、そのあまりの実力差にあるようだ。

 「だっておかしいじゃない! どう考えてもこっちが圧倒的有利なのに、何で私が押し負けるのよ? どう考えてもおかしいじゃない! あいつ絶対まだ秘密にしてる事があるのよ! そうじゃないと辻褄が合わないもの!」

 「イラつくのは分かるが、さっきから同じ事を言っているぞ。まずは座って落ち着け」

 大きな溜め息の後、ようやく椅子に座るナオ。それでも苛立ちは抑え切れていない様子である。


 三十分ほどして青柳が来た。先に玄関で話をする。居間に入れば恐らくはナオに突っかかられる。

 「こんな天気だ、調査や報告は後日でもよかったんだぞ?」

 「それは分かっていますが、お二人の様子を直接確認したかったもので。被害の調査はまだ始まってすらいません。何せこの天気ですからね。……声を聞く限り、ナオさんはいつも以上に元気そうですね」

 「やめておけ、今は虫の居所が悪いから、聞かれたらどやされるぞ」

 すると居間から予想通りの声が飛んでくる。

 「聞こえてますけど!」

 「……ほらな?」

 小声で話をしていたはずなのにこれだ。まさに地獄耳。キレる若者は怖いのである。居間に戻ると相変わらず文句を垂れているナオだが、サイキを敵視した発言がない辺りに、信頼だけは揺らいでいないのが分かる。フラック使用後にあった、病院での私の扱いとは大違いだな。

 「リタさんは?」

 「ああ、俺の部屋で寝ているよ。気を失っているだけだといいんだがな」

 「大丈夫よ。私に積んである診断ツールでも命の危険はなしと出たわ。後は本人に聞くしかないけれどね」

 少ししてリタが起きてきた。まだ若干ふらついて、壁に手をついている。

 「無理はするなよ。背中に思いっきりかかと落とし食らってたんだからな」

 「もう大丈夫です。ちょっと痛いけれど、骨にも脳にも内臓にも異常なしです。ご心配おかけしましたです」


 さて、まずは状況を整理しよう。

 「最初に考えなければいけないのは、あの敵性反応のある人型だな。見た目はリタと同じくらいの子供に見えたが、何せ普通の状況じゃなかったからなあ、俺もあんまり良くは見ていなかった」

 「あの、今回の更新で、当時の映像をパソコンで見られるようになっているはずです。接続するので確認してみるです」

 遂に録画した視点映像がこちらでも見られるか。どれどれ。

 「お、成功だな。これリタ視点だよな。うーん、やっぱりどう見ても子供にしか見えないな」

 「髪の色が我々とは違いますよね。オレンジに近い赤ですから」

 「……まさかとは思うが、赤髪繋がりでサイキの親戚じゃないだろうな」

 顔が見えないのでサイキと似てるかどうかの判断は不可能だ。細かい容姿についてはそのうち、という事にしておこう。

 「そしてここで何か小声で喋ってるんだよな。今までの侵略者で喋った奴なんていないよな。せいぜい笑い声を上げる程度だったはず」

 「ねえ、音量上げてズーム出来る?」

 ナオからの指示だが、結局は”それ”が何を言っているのかは判別出来ない。角度が悪く、唇の動きもよく分からない。

 「もう一回喋っているはずよね。サイキに抱き付く辺り」

 「ナオの視点だな。えーっと……あった」

 声は風にかき消されて一切分からない。映像から分かるのはせいぜいサイキの口の動きくらいだな。

 「……もう一度見させて下さいです。えーっと、一文字目は”え”、二文字目が”い”、三文字目が”う”だと思うです。その先は動いちゃって判読不能です」

 「リタよく分かるな。そういう事学んでいたのか?」

 「研究所には音が一切出せなくなる特殊な部屋があるです。そこで外との連絡にはリンカーか、又は口の動きを読むかです。……そうだ、ホワイトボードを備え付ければ済むですね」

 アイディアが浮かんだ事に喜んでいるリタだが、今はそれ所ではないぞ。

 「うーん、”え・い・う”か。そういえばサイキが頭抱えて苦しんでいる時、エリって口走っていたから、これの名前とも考えられるな。だとしたら、やっぱりこれはサイキと関係のある人物、もしかしたら家族かもしれないな」

 「家族……でも、サイキ自身が言っていたじゃない。自分の家族は全員死んだって。それを知っているっていう事は、家族が死んだのは間違いなく記憶封印前、つまり兵士になる以前の出来事よ? 今更それが覆るだなんて到底思えないわ」

 うーん、結論はサイキ自身に聞くしかないか。


 「じゃあ次にサイキの……」

 「待って、残念だけどまたお客さんよ。今度は三体、場所もばらばら。まずいわね」

 「おいおい、あいつのいない状態で三体って……」

 「やるしかないです。場所は北西、南西、それから北東の三箇所。北側二体はどちらも赤鬼、南西は中型灰のはずです。どうするですか?」

 サイキの代わりにリタが敵の分析を担当したか。その分析が正しいのであれば、最優先は中型灰、次に総合病院のある北西だな。北東は空き地も多いので、そういう所に出現している事に賭けるしかない。

 「分かったわ。ならばリタが南西の灰を担当して頂戴。私は北西を担当。撃破次第大急ぎで北東に向かうわ」

 「悪天候の中での単独行動だ。充分以上に気を付けろよ」


 到着はほぼ同時だ。リタの側は若干天候が和らいでいるな。

 「リタ、お前ならあいつの攻撃範囲外から一方的に攻撃出来るはずだ。さっさと終わらせて北東に向かってくれ」

 「了解です。うーん……風を読んで撃つですよね。風力計を用意しておけばよかったです。でも大丈夫」

 そしてあの対戦車ライフルを取り出し、スコープを覗く。特大サイズの銃を振り回し、かつこの風の中で上空から狙撃するのだから、相当な集中力を要するだろうな。

 一方ナオの視点では未だに吹雪で視界がかなり悪い。ここまで吹雪く事なんて今までなかったんだけどなあ。

 「赤鬼発見。あれは……ふふっ、あはは!」

 「ど、どうした? 急に笑って」

 「い、いえごめんなさい。風が強くてビットが飛ばされそうになっているのよ。それを赤鬼が必死に……ひっ……ふあはははは! 駄目えー、ツボに入ったあーあははは」

 確かにナオの視点では赤鬼がビットの手を掴まえて、更にそのビットに別のビットがしがみ付いている。そして完全に風に翻弄されてあっち行ったりこっち行ったり。恐らくは赤鬼は涙目であろう。しかしお前も酷いな。そしてこんな指示を出す私も酷い奴だ。

 「赤鬼が動けない今がチャンスだぞ。一網打尽にしてやれ」

 「あはは、ええ分かったわ。笑っていられないものね。で、でも……ぷっ、ははは」

 こりゃ駄目だな。

 「リタ、そっちは?」

 「……撃破確認、クリアです。北東に向かうです」

 戦闘に関しては、淡々としているリタのほうが頼り甲斐があるな。

 「ほらナオ! お前いつまで笑っているつもりだ? やる気がないならリタを向かわせるぞ」

 「あー面白い。ごめんなさい、もう充分笑ったからさっさと済ませるわね」

 ようやく旗付きの新しい槍を取り出し、戦闘体勢を取るナオ。赤鬼の背後からFAを使用し、一気に薙ぎ払った。ビットも含めると五体同時撃破。戦力の上昇幅がとんでもない事になっている気がするぞ。

 「北西の赤鬼とビット撃破確認、クリアよ。北東に向かいます」


 移動中、異変が起きる。

 「待って……レーダーから北東の赤鬼の反応が消失したわ。どういう事かしら?」

 「きっとサイキです。逃げてもやる事はやっているですよ」

 現場に近付くと、赤い光が見える。リタの予想が当たった。そしてその姿はまるで、こちらの到着を待っていたかのようだ。

 「サイキ! あんたどういう事か説明しなさい!」

 振り向いたサイキが二人を睨む。手には長大な剣、月下美人が握られている。警戒している二人は近付こうとはしない。そもそも先ほどあれほどの実力差を見せ付けられたのだ、ただでさえ広い間合いを持つあの剣を本気で振り回されたら、二人がかりでもただでは済まない事態になるのは、容易に想像出来る。

 「エリスは渡さない! それだけ!」

 言い終わると急降下し低空飛行。上空から追いかける二人だが、一瞬サイキを見失う。


 「あいつ何処行った? リタ!」

 「こっちも見つからないです」

 「また逃げられたか……いや、いたぞ! 用水路だ!」

 サイキが例の人物を抱えて走っていくのが見えた。翼は光を発するので、姿をくらます為に敢えての地上か。あいつにしては考えたな。

 「リタは足止め! サイキには当てないでよ!」

 リタは拳銃を取り出し威嚇射撃を開始。ナオは低空からサイキを追う。威嚇射撃なのを分かっているのか、全く避ける素振りがないな。サイキは用水路に掛かる小さな道路橋の下へと消えた。ここぞとばかりにナオも突入。

 「サイキ! 止まりな……うわっ!」

 一瞬の暗がりの中で方向転換しナオに突っ込んできたサイキ。さすがのナオも驚き回避。サイキは上空へと逃げ、ナオとリタも再度追いかけ始めた。

 「……何なのよ、何で追いつけないのよ! 何で離されるのよ!」

 上空での追跡中なのだが、明らかに二人よりもサイキが速い。そして再度急降下し、トンネルへと入っていった。

 「このトンネルは東隣の金辺市に続いています。市外に逃げられるとまずい」

 「追跡続行するです」

 青柳の言葉にリタがトンネル内へと進入しようと高度を下げる。

 「……リタ、もういいわ。帰るわよ」

 「で、でも……」「リタ!」

 ナオが追跡終了を決定し帰ってくる。リタも渋々ナオに従う。完全に逃げたな。


 「さて青柳よ、どうしたもんだろうな?」

 「私に聞かれても困ります」

 「だよなあ。はあ、難しい舵取りを強いられたものだ」

 溜め息をついていると、二人が帰ってきた。またナオが暴れるかと思ったが、そういう事はなく至極冷静だ。そしてそれが逆に物凄く不気味である。

 「何よ。何か文句でもある?」

 ああなるほど、これは冷静のように見えるが、心の中では、はらわたが煮え繰り返っているのだな。触らぬナオに祟りなし。

 「とりあえず、サイキの一言であれがエリスという名前だというのは分かった。そしてサイキは現在、我々を敵視しつつある。渡さないっていう言葉の意味は、恐らくはそういう事だろう」

 「それでも侵略者は倒す辺り、サイキさんらしい律儀さですね。しかし何処に潜んでいたのでしょうか?」

 「恐らくはここのすぐ近くだな。あいつの事だからこちらがどう出るのかを探っていたはずだ。そして襲撃があったので、まずは二人が飛んでいく方角を確認してから、自身も侵略者を倒しに行ったはず。そして敢えて姿を見せる事で我々への牽制をしたと。もしかしたら、俺がそう予想する事すらも計算の内だったりしてな。東側は自分が持つから来るな、という意思表示。さすがに考え過ぎだとは思うけれども」

 サイキがそこまで考えているとは思えないのだが、可能性としては考えてもいいだろう。正直な所、一番思考を読み辛いのがサイキだ。表情のよく変わる子ではあるが、それと心の内が同じだとは限らないだろう。


 「じゃあ一つ。リタ、何で私達はあいつに負けた?」

 力でも速度でも押され逃げられ、だものな。恐らくは相当に悔しいはずだ。

 「経験の差と、思考の柔軟さ、後はブースターを持っているからだと推測するです。サイキは元々追加装備を使っていて、リタ達の知らない使い方もしていたはずです。フラックはあくまで思考を共有し動作を強制的に再現するに過ぎないので、考えず、その動作もしない、となれば隠し通す事は可能です」

 「要するに、サイキは私達の知らない装備の使い方をしていた。だから押し負けたっていう事ね? ならば納得するわ。それがあの子の支払った代償だものね」

 先ほどでの感情を押し殺した無表情から一転、少し安心した表情になるナオ。その心中を察するに、まだ自分の知りうる化け物の範疇である事への安堵か。

 「追いつけなかった事に関しては、ブースターを使用して無理のない範囲で限界以上の速度を出していたと考えられるです。つまり現状のリタ達ではどうする事も出来ない、絶対的な性能の差です」

 ナオは深い溜め息を漏らす。

 「仕方がないわね。サイキに関しては最初から居なかった存在として扱いましょ。……多分あの子もそれを望んでいる。脱落者が出た事は悔しいけれど、かといっていつまでも引きずってなんていられる状況じゃないし、そうでもしないと私達が進めなくなる。工藤さんの二の舞は御免蒙るわ」

 「……さらっと酷い事を言わなかったか? まあとにかく方針は決まったな。リタも青柳も、そういう事で頼むよ」

 とは言ったものの、やはりどうにかしなければいけない問題である事に変わりはない。こちらの二人だけでも限界があるし、あちらの二人にも限界は来るだろう。出来る事ならば、学園の三学期が始まるまで、つまり後四日間で解決せねば。



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