下宿戦闘編 12
ナオを迎えた三人での夕食を終え、皿洗いをしているとまたサイキが来た。最後までお手伝いします、という事か。初日のあの涙目の少女とは思えないほど楽しそうだ。やはり今まで一人では心細かったのだろうな。
後ろを見るとナオが寝ている。まあ疲れるよなあ。サイキだって初日は見事な居眠りを披露していた。
「どれどれ……」
不用意に近付いた私。彼女の目がぱっと開き、間髪いれず拳が飛んできた。寸止めである。ああ少し前にも同じ表情の子を見た事がある。
「……ご、ごめんなさいっ!」
「ははは、大丈夫だよ。気にしないでくれ」
頭を撫でて慰めた。やはりこの子もサイキと同じく苦労を重ねているようだ。
先に寝てもいいと言ったが、ナオは頑なに大丈夫だと言い張る。その表情は固く、恐らくは一人で寝る事への恐怖心が強いのだろう。仕方がないのでこのまま再度、彼女達との会議を開く。サイキはナオが来てくれた事でかなり心境の変化もあるだろう。実際、数日前とは比べ物にならないほど笑顔が多い。ナオはというと何かを考え中。真面目な子なので、出せる情報の整理といった所か。
まず彼女達から話を聞き出す前に、私の現状での認識、理解の範囲を説明する。世界を超えてやってきた彼女達の目的や、彼女達の装備に関する諸々の知識の答え合わせ。おおよそ私の認識は正解という事だった。これでも必死になって覚えたのだ。
だが、エネルギーの回復という最重要項目だけは如何ともしがたい。そしてそれについては、三人目が答えを出すだろうという事だ。聞けば三人目は技術者だそうで、彼女達の着ている、別世界への移動に耐えうる新型スーツを開発した人物こそが、その三人目だという。そして彼女達三人が選ばれた理由が、その新型スーツ及びワープゲートに対する適性を持ち合わせていたからだという。
「じゃあ他にも適性のある人が増援で来る可能性もある訳か」
私の少しの希望を、ナオが否定した。
「このスーツには特殊な素材が使われていて、それの入手が今では不可能なの。私達の服装がその……ちょっと面積が狭いのは、少しでも素材を節約したいからなの。本来二着しか作れる素材が無いのを、無理やり三着分作った訳。そして適性試験は私達三人以外は散々たる結果だったと聞いているわ。だから増援は無いと考えるべき。残念だけどね」
「わたしそれ聞いてない……」
サイキしょんぼり。実際、重要機密項目であり、サイキからの連絡が無かった事で作戦失敗とみなされ、交渉した結果、ようやくチームメンバーであるナオに情報が開示されたという事だった。ナオはそれでも毎日ゲートの様子を見に行き、いつでも飛び込める準備を欠かさなかったそうだ。真面目だ。そして強い信念を持っている子だ。
「そういえば今回の襲撃時、サイキは長月荘にいて、結構離れているはずなのに俺よりも先に到着していたよな。空を飛んで行った光がサイキだとしたら、エネルギーはどうだったんだ?」
「最初の襲撃の後から徐々に回復して、ぎりぎりビーコンが打てるほどは貯まっていました。でもあの状況では、もうわたし達の世界は全て終わっていると思ったので、次の戦闘の為に使わずに取っておいたんです。それのエネルギーを使って飛行移動したおかげで早く着けました。二回目の襲撃の途中、一旦路地に逃げ込んだタイミングで、一か八かビーコンを打ち、それが成功したという事です」
そうか、あの時のサイキの一言はこういう事か
「ちょっと待って、私達の世界が終わってるって、何でそう判断したのよ? さっさとビーコン打ってくれれば私だってもっと早く来れたのに」
若干語気の強いナオの言葉に、私が取り成す。
「仲間が来る前に敵が来たんじゃ、ゲートが敵の手に落ちたか世界が滅んだか、どちらにしろ絶望的観測しか出来ないだろう?」
私の推測にサイキが頷く。当時の彼女の心境を感じ取ってか、ナオはごめんと謝った。
「次の話だ。武器とか空を飛ぶ装置とか、一見して無いように見えるんだが、どこかに収納されているのか? まさか何も無い空間から……出てきた」
話の途中で、サイキが長月荘のスペアキーを何も無い空間から出した。返すのを忘れていましたと笑顔で言うが、その笑顔はいかにも”してやったり”といった感じだ。聞くに、大きさと距離の制限はあるが、収納された装備以外にも手に持てる程度の物ならば相当数を量子化? して保持出来るらしい。大きさ次第では結構離れた場所からでも出し入れが出来るそうだ。ただしそれらを取り出すのにも微量ではあるがエネルギーを消費するとの事で、初戦でサイキは武器を取り出しただけで一度エンプティ、つまりガス欠になったという。
次に飛行装置を見せてもらったが、両肩にそれぞれ小さな水筒のような物体が付いているだけだ。よくこれで飛べるな……。
「今エネルギーは使いたくないので、あくまで装備の見た目だけです。ここからエネルギーの翼が形成されて、飛べるようになります」
うん、よく分からん。
「次にリンカーってのは何だ? 大方予想は付いているが、確認しておきたい」
この質問にはナオが答えた。
「リンカーは複数人で情報を共有し、またその作用により機能を強化するシステムの事ね。リンク可能範囲はあるけど、星の裏側にでも居ない限りは大丈夫。一番強く作用させるには身体を密着させる事。抱き合っても手を握るだけでも同じだから、普通は手を握るわ」
近ければ近いほど強く作用するか。
「機能の強化だけど、例えばレーダー。一人なら精々索敵範囲は半径五キロ程度、しかも相手が結構大きくないと表示されないの。それをリンカーを通して二人で同時に使えば、その範囲は半径十キロ以上、子供ほどの大きさもあれば、ピンポイントで狙えるわ。他にも命中精度や威力の強化にもなる。ただし基本的には三人まで。機能強化に限界があるのもだけど、ノイズや混線が発生する恐れがあって推奨されていないわ」
「何か意外と現実的な装備だな。こっちの世界でも作ろうと思えば作れそうだ」
「スーツ内蔵リンカーはそうかもね。でも大型の設置型になるとその共有範囲は星系を超えるし大勢でのリンクも可能。もっとも、私達の世代はその恩恵にはあずかれないけど。何せ残りは星一つだけ……」
「そうだ、その事だが、他の星は消滅した訳ではないんだろう? ならばもう一度復興出来るんだよな?」
少し考え、こちらはサイキが否定。
「むずかしい、かな。侵略者に滅ぼされた星は色々なものが狂っちゃうんです。生態系だけじゃなくて星そのものがおかしくなったケースもあります。地軸が曲がったり、軌道を外れ別の惑星に衝突したり。正直、わたし達の星のあの現状も、充分に狂っていると言えますけど……」
尋常ならざる状態に陥る事は分かった。しかしそんな事が出来る侵略者とは何者だ?
「ちなみに最初に来た赤いのは中型で索敵重視のマルチタイプ。一番よく見るタイプで、リンカーと充分なエネルギーさえあれば本来なら瞬殺出来る相手なんだけど、状況から考えても苦戦したのは仕方ないわね。むしろ大した怪我も無く済んで良かったわ。でもビットが三体はおかしいわね。普通四体なのに」
その場にいないはずのナオが、まるで見てきたかのように言うなあと思ったら、当時のサイキ視点で映像が見られるそうだ。テレビに繋げて私も見られないかとも思ったが、さすがに無理か。
「さらに今回の緑の奴は大型の近接特化タイプ。動きは遅いけど固くて一発での粉砕は容易じゃないし、攻撃をまともに食らえばただでは済まない。それでも偶然とはいえ、サイキと私のダブルでFAが決まってよかったわ。あの機を逃していたらエンプティで本当にまずかった」
「そういえばナオが来てくれたっていう事は、向こうの世界はまだ大丈夫ということだな。悠長な事は言ってられないだろうが、肩の荷が一つ降ろせる」
「ええ、特に変わりなく現状維持の一進一退。残念ながら地獄は続いているわ」