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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
快速戦闘編
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快速戦闘編 15

 昼前に車が二台やってきた。一台はトラックだ。まさかと思ったのだが、そのトラックには確かに有限会社村田自動車工業の文字が。

 「こんにち……ただいま」

 「おかえり。年明けまで待っていても良かったんだぞ?」

 「いえいえ、善は急げですから。今は親父が会長になって、私が社長なんですよ。だから結構無理が利くんですよ。……おっ、その三人が例のヒーローですね。こんにちは」

 突然の来訪者に緊張した面持ちの三人。村田慶三、六年ほど前に東京の会社から単身赴任で菊山市に来て、実家も菊山市内なのに、一度下宿生活というものを体験してみたかったという安易な理由から長月荘住人となった人物だ。聞けばあの後退職し、実家を継ぐ事にしたのだという。

 「私の人生を変えた最大の要因がこの車ですよ。これを直したいがために実家に戻ったと言っても過言じゃない。なので今回の話は絶対に誰にも渡しません。私がやります」

 「ははは、凄い心意気で頼もしい限りだなあ。ああでも一つ条件を出したいんだ。このリタにも手伝わせてあげてほしい。こう見えても腕の立つ技術者で、本気でこの車を直したがっているんだ。ほら、挨拶しろ」

 リタの表情はあからさまに緊張している。

 「えっと、セルリット・エールヘイムです。リタって呼んで下さいです。よろしくお願いしますです」

 頭を下げるリタを、村田は笑顔で見つめる。

 「もしも手に入らない部品があったらリタに相談してみてくれ。そういうのも一から作れるんだよ」

 「へえ、それは凄い。うちに雇いたいなあ。それじゃあこっちも紹介します。うちの息子で卓也です。東京に一人暮らしなんですが、今は帰省中なので引っ張り出してきました」

 ドア越しにこちらに頭を下げている。一見して大人しそうな印象だな。


 「先に私の名刺を渡しておきます。菊山市内なのでバスで来られる範囲です。じゃあ作業開始します」

 早速作業に取り掛かる村田だったのだが、少し困っている様子。聞くと駐車している角度が悪く、そのまま牽引するとフレームが折れるかもしれないとの事。。

 「あの、そこまで移動させるだけならわたしが手伝います。トラバーサーで動かせば大丈夫だと思うから」

 そう言うと車のボンネットに手を乗せるサイキ。持ち上げるつもりなのだろうか? でもさすがに無理だろう。と思っていると、その場で車がゆっくりと回転し始めた。驚く私と村田。

 「これが本来のトラバーサーの使い方です。でもリタやナオはここまで動かせないと思うです。フラックでの経験伝達はあくまでもその動きを疑似体験出来るというだけで、こういう作業的な動作には向いてないです」

 回転させ終わり、そのまま車載車のすぐ近くまで動かすサイキ。村田からオーケーをもらい、サイキの手伝いは完了し、無事積み込みも終わる。

 十五年間もの間私の愛車のあったその場所は、草がなく地面が変色しており、改めてその年月の長さを私に叩きつけてくる。それを私は後悔で返すのではなく、進歩して受け止めよう。


 「よろしければこのまま工場まで来て下さい。状態の確認もしたいでしょうし」

 「俺は構わないが、何度も言うが大晦日だぞ? ゆっくり過ごしたいだろうに」

 「いやあはは、この時期は普段乗らない人が運転して事故を起すので忙しいんですよ。なのでいつも大晦日だとか正月だっていう雰囲気は皆無。大丈夫、暗くなる前には送りますよ」

 リタを見ると目が合った。そして耳が動き、真っ直ぐこちらを向いた。興味津々だな。二人はどうするかと聞くと、色々見てみたいとの事なので、全員で移動に決定。人が多いので私は息子さんの運転するトラックに同乗、三人は村田の車へ。道中少し息子さんと話をしたのだが、どうやら村田自動車工業の未来は明るいようだ。


 到着後早速リフトアップし、下回りの確認。私と二人は覗き込む程度だが、リタは村田の邪魔になりそうなほど近くで確認している。そもそも私から手伝わせてくれと頼んだのだからそれでいいはずなのだが、改めてその光景を見ると、少し無理を押し付けてしまったかと思ってしまう。

 途中村田の奥さんに声を掛けられ、事務所へと通される。そこには会長、つまり村田の父親もおり、年寄り臭い話に花が咲く。残りの二人は暇そうだな。邪魔にならない程度に工場内を歩き回らさせてもらおう。

 一時間ほどして村田とリタがやってきた。

 「えーとですね、フレーム関係は大丈夫なようです。正直もっと錆びているかと思っていたんですけど、これならば強度に問題はありません。問題は足回りとエンジンですね。特にエンジンは動いてた頃の時点で結構やられていたようでして、経年劣化も考えると丸ごと交換するほうが安く上がるレベルです。リタちゃんとも言っていたんですが、この時代のエンジンなんてそうそう手に入りませんから、いっそアダプタを自作してサイズの合う最近のものを載せてしまおうかと。大規模工事にはなりますけれど、走りも良くなりますし、整備性も上がります。問題はそれだけで五十万円以上はする事でしょうかね」

 「いやあ高くつくなあ。予想はしていたけど、何処からそんな金を捻出しよう……」


 私が頭を抱えていると、リタがアイディアがあるという。

 「廃材屋さんで使えるエンジンを探すです。無い部品やアダプタはリタが作るので、安く仕上げられるはずです」

 「しかしそういうものは大抵すぐ取って売却されるだろ。まともに使える部品が揃うとは思えないぞ」

 「やらない後悔よりもやる後悔です。やっておけば良かったという後悔は、やって失敗する後悔よりも大きいです」

 リタが言うと物凄く説得力がある。ならば一つやってみようか。しかしどちらにしろ年が明けないと動けないのだがな。

 「車検証を見たら年式が七十九年ですものね、むしろよく廃車にせずに直す気になったなと。工藤さんの心情は察するに余りありますけどね」

 「歳相応だからいいんじゃないか。しかし問題は俺が運転出来るかだなあ。教習所に通い直すか。ああまた金が掛かるぞ!」

 当分は金欠にあえぎそうだなあ。車は預けて我々は村田に再度長月荘まで送ってもらう事になった。帰り際リタが車をスキャンしていいかと聞いてきた。

 「まだだった事に驚きだよ」

 「ちゃんと聞いてからにしようと思ってたですけど、タイミングを逃したです」


 帰宅後は村田に心ばかりのおまじない硬貨、五百円玉三枚を進呈。今年一番嬉しいと言っていたが、さすがに大袈裟だぞ。

 晩飯は勿論年越しそば。三人は少々がっかりしているご様子である。

 「一年の最後なんだからもっと豪勢な食事かと思ったんだけどなあ」

 「ははは。まあこの国の風習だよ。来年に今年の苦労を持ち越さないようにだとか、細く長く生きられるようにだとか、そういう縁起を担いでるんだよ」

 「縁起ねえ。分からない訳でもないけれど、それで敵が倒せるなら苦労はしないって思っちゃうのよね」

 「ナオは実力主義者か。まあ俺もその考えを分からないでもないけどな」


 年越しそばを食べ終え、三人は自室へ。そろそろ年を跨ぐ時間になり、除夜の鐘が聞こえてきた。ああ今年も終わるなあと思っていたら二階から大慌てで三人が飛んできた。その光景に大笑いの私。

 「あっはっはっ、そうかお前達は除夜の鐘も知らないものな。大丈夫、警報でもなんでもない、宗教的な風習の一つだよ」

 「な、なあーんだ。てっきり大規模襲撃かと思って心臓が止まるかと思ったよ」

 私の言葉を信じたようで、胸を撫で下ろしソファに座る三人。しかし今の顔は傑作だったなあ。写真に撮っておけばよかった。

 「人間には百八つの煩悩があるから、それを祓うために百八回鐘を鳴らすんだよ。さっきの年越しそばと同じで、今年の悪い事は断ち切って来年も無事に過ごせますようにっていう、これも縁起担ぎだな。明日お前達が行く初詣も同じく縁起担ぎの一つだよ」

 「そういえば昨日吊るしていたあの妙な飾りもなの?」

 「ああ、注連飾りな。あれもだよ。そして明日の朝飯は餅とお節で更に縁起を担ぐ」

 最早呆れ顔のナオ。横の二人は興味なさげ。まあこの子達にとっては無意味に映るのも仕方がないか。


 時刻を見ると残り一分少々。ついでだからと三人も一緒に年を越す。九月の時点ではまさか来年があるとは思っていなかったのになあ。テレビではカウントダウンが開始された。

 「ごー、よーん、さーん、にー、いーち、あけましておめでとうございまーす」

 「という事でサイキ、ナオ、リタ、あけましておめでとう」

 「……めでたいの?」



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