表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
快速戦闘編
114/271

快速戦闘編 14

 「おはようです」

 朝食の準備をしていると二人よりも少し遅れてリタが起きてきた。気が付くと珍しく料理中の私の横に来た。

 「工藤さんは、リタの知っている工藤さんですよね?」

 「何だ藪から棒に」

 じっと私の顔を見つめるリタ。そして抱きついてくる。

 「不安だったです。似た世界の違う工藤さんだったらと思ってたです」

 「ははは。安心しろ。俺はリタの知っている工藤一郎だよ。何よりも、お前達に貰ったネックレスが証拠だろ」

 頭を撫でると頷き居間へと戻る。やはり二度とここへは帰ってこられないという覚悟だったのだな。


 朝食後、サイキから昨日の私の車に関する続きをねだられた。普段はナオやリタの出番なのに珍しいな。

 「命の恩人が困っている時に、手助けしたいと思うのは当然だよ。それに、長月荘の問題は全員で解決するんでしょ? ならばわたし達だって解決に手を貸さなきゃ」

 サイキの口からその言葉が出るとは思わなかった。せっかくの申し出だ。私とてこのままでいいとは思っていないし、いつかは向き合い乗り越えなければいけないと思っていた。

 「そうだな。じゃあ少し手を貸してもらおうか」

 私は玄関横にある名札掛けへ。そこには一つだけ場違いな鍵がぶら下がっている。

 「この鍵が工藤さんの車の鍵?」

 「ああそうだ。十五年間一度たりとも触る事が出来なかった、何度も手に取ろうとしては失敗してきた、俺の心の傷の象徴だ」

 三人は難しい表情をしている。私は……どんな表情をしているのだろうな。

 「改めて説明するとな、十五年前の九月二十一日、その日は俺の娘、明美の十二歳の誕生日だった。俺は娘の為に料理を作っていて、妻と娘は誕生日ケーキを買いに行っていた。しかし二人は轢き逃げに遭い、生きて長月荘へと帰る事はなかった。その時に尽力してくれたのが、あの渡辺だ。逮捕された犯人は爺さんでな、まさかの酒気帯び運転だった。そして二人を轢き殺した車が、俺の愛車と同型だった訳だ。以来俺は酒は飲まないし、この鍵にも触る事が出来なくなった」

 話の途中で、私は最早彼女達の顔を見る事が出来なくなっていた。目の前に下がる車の鍵にしか目が行っていなかった。


 「お前達はそこで見ているだけでいい」

 深く深呼吸し、私は鍵へと手を伸ばす。

 あと十センチ、あと五センチ。あと三センチ……。

 手が止まる。自分の意思とは無関係に、無意識に、これ以上手を伸ばす事を拒絶する。しかし私は前に進むのだと決めた。十五年間で錆び付いた私の心を、今こそ動かすのだと。

 決めた……はずなのに……動けない。恥ずかしながら手が震えている。私の心の中には少しずつ諦めの感情と共に自分への呆れの感情が沸いてくる。勇気の出ない自分に心底苛立ちを感じ、歯を食いしばり苦虫を噛み潰したような表情になる。

 またか。私はこんな事を十五年も繰り返しているのか。情けない限りだ。諦め、ゆっくりと手が下がってしまう。

 ……下がる手が止まる。背中に温かいものを感じる。背中を押す訳でもなく、文字通り触れているだけだ。まさに手は貸すが、後は自分で進めと言わんばかり。それが三つだ。


 一つは力強くも温和で、一つはしっかりとており、一つは小さくやわらかい。


 何故だろうか、私は更に二つの温かみを感じている。私は許してもらえたのだろうか。十五年もの間、身勝手な思い出に閉じ込めてしまっていた事を。人生を諦め、自ら命を絶とうとした事を。枷を解き放ち、前へと進む事を。その答えが帰ってくる事などないのだが、しかし、もし答えが帰ってくるとしたならば、その答えは間違いなく一つしかあるまい。

 私の手が自然と鍵へと伸びる。不思議なもので、この手を誰かに引かれている感覚だ。そして十五年間、あれほど手にする事が出来なかった車の鍵を、まるで毎日何事もなく手にしているものであるかのように、あっさりと握り締める。

 ……そうか、既に私は一歩を踏み出していたのだ。リタの申し出を受けた時点で、この鍵を握ろうと決めた時点で、私は一歩を踏み出していたのだ。それに気が付いていなかっただけなのだ。

 「ははは、俺の十五年間は何だったんだよ、畜生……」

 私は笑っていた。いや、泣いていた。その両方か。嬉しくて、虚しい。小さいながらも一歩前へと進む事が出来た喜びと、たったの一歩に十五年も費やしてしまった事への虚しさ。しかし虚しさは捨てよう。今はこのまま勇往邁進しなければ。

 「よし、庭に行くぞ」


 無言の三人を引き連れ、錆び付いた我が愛車の元へ。おや? 左後ろのガラスが割れている。ああ先の侵略者が原因だな。直す箇所を増やしやがって、次見つけたら張り倒してやる。

 「近くで見ると……結構痛んでるですね」

 申し訳なさそうな顔のリタだが、十五年間も放置していればそうなるものだ。

 「さて、鍵は開くかな?」

 運転席ドアに鍵を差し込み、捻る。錆び付いているので開かないのではないかと思ったのだが、どうにか開錠、ドアを開ける。中は蜘蛛の巣が張っており、そのまま乗る気にはなれない。エンジンルームを開けてみるも、こちらもこのままでは動く気がしない。

 「今出来る事はここまでだな」

 三人を見ると何とも神妙な顔。私は笑ってしまった。

 「サイキ、ナオ、リタ。改めてお礼を言うよ。ありがとう。お前達が来たからこそ、俺はこうやって前に進めた。本当ならば自分の力だけで進むべきではあるんだが……もうそんな意地を張る事は止めだ。これからは存分にお前達を頼ってやるぞ。覚悟しておけ」

 私の言葉に三人顔を見合わせ、そして笑顔で声を揃えて返事をする。

 「はい!」


 よし、ならばまずはこれを直せる人物を探さなければ。部品はリタでもどうにかなるとしても、場所や工具がなければどうにもなるまい。こういう時に頼れるのが元住人達だ。遠慮のなくなった私は図太いぞ。まずはSNSで整備工場を知る人物を探す。

 「もしかしてあれを直すんですか? ならばうちにやらせて下さい」

 「趣味で直せるほど簡単じゃないと思うぞ。錆びもあるし、内装も結構痛んでいるし、塗装も全部直す必要があるだろうな」

 「ならば余計に任せて下さいよ。うち自動車整備工場ですから」

 この人物、エムケーという名だが、名簿を確認するに村田慶三だな。私の記憶では親が工場の社長ではなかっただろうか。ならば任せてみるとするか。

 「そうしたら引き取りに来てくれ。エンジンも駄目だろうし、動くのかすら分からないけどな」

 「じゃあ今から車載車持ってそっちに帰ります」

 「今から? 今日は大晦日だぞ、今度でいいよ」

 さすがにこの日にいきなりというのは失礼にもほどがあるだろうから断ろう。


 「ねえ、一段落したならば、新しい武器の素振りをしてみていいかしら。どうせならばサイキと模擬戦でもしたい所だけれど」

 「模擬戦か。うーん、ここでやられるのはちょっとな。それこそ街外れの空き地にでも行かないと目立ち過ぎるから許可は出来ない。いくら街や国が味方に付いたからって、やり過ぎるのは問題になりかねないからな」

 という事で素振りだけの許可に留める。

 サイキはまずは更新された刀を持って試している。見た目には以前のものと変わらないのだが、熟練者ならではの細かい違いに気が付いているようで、真剣な表情ながらも頬が緩んでいる。

 ナオは自分の要求通りに出来上がった新しい手持ちの槍で、突きや払い等の動作を確認している。付いている旗が一々たなびき格好いい。そして凄く目立つ。一動作毎に嬉しそうな表情と真剣な表情が交互する。ある程度したら新しいもう一本にも持ち替え、感触を確認している。こちらは薙ぎ払う動作には向いていないようで、専ら突きと手元での回す動作に専念している。

 一方のリタはそれを眺めているだけ。素振りをしても銃なのだからあまり意味はないという判断か、それとも自分の作った武器の性能を見定めようとしているのか。


 「サイキ、あの長い剣振ってみろよ」

 「う、うん……ちょっと自信ないから離れていて下さい。ナオも悪いけどちょっと場所空けてね」

 サイキにしては珍しいな。車の件といい、何か彼女の中で変化があったのだろうか? そういえばナオも随分目立ちたがりになったな。

 取り出された剣は相変わらず長大で、その迫力は凄まじい。改めて見ると、刀身に描かれている紋様は桜の花びらのようにも見え、更には別の図柄もある。何か意図があるのだろうか? しかしこの大きさ、重量はどうなのだろうか。サイキが持てるのだから軽量に作られているのだろうが、見た目だけならば子供が持つのが不可能なほど重そうだ。

 「じゃあちょっと振ります」

 警告を出すのがいかにもサイキらしい。ちょっと、と言いつつ思いっきり振り上げ、そして垂直に振り下ろす。地面を掠るかといった所でぴたりと止めた。恐らくはアンカーで止めたのだろう。表情は真剣そのものであるが、焦る様子はない。それどころか、予想以上にいい感触のようだ。徐々に振り回す動作が大きくなっていく。これは結構気に入ったという事だな。

 「うん。もっと鈍重かと思ったら全然で、しかも重心が遠いからあまり力を入れずに振り回せて、しかもアンカーでぴったり止められるから、想像以上。さすがリタだあ」

 「当然です。二人の動作は小さな癖も全て頭に入れてあるです。本気を出したリタは凄いですよ」

 自分から言うだけはあるようで、二人とも頷いている。これは次回の戦闘に期待が持てるな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ