快速戦闘編 12
午後六時を回り晩御飯の準備中、ようやくリタが降りてきた。しかしまだ眠そうだ。
「大丈夫です。どっちにしてもお腹が空いたです」
という事でサイキの他に青柳も応援に入り、晩御飯の調理速度を上げる。その後ろではナオとリタが話し中。その後ナオが来た。
「全部食後に話す事にしたわ。正直あれを私だけで説明したくないし」
「分かったよ。こっちはもう少しで出来るからな」
晩飯は特に飾る事もない、いつもの寄せ鍋だ。リタは安心し切った表情をして食べている。まるで実家以上に愛着を持ってくれているようで、私としてもとても嬉しい。リタの安心感は皆にも伝わり、ようやく心からほっとしている。
食後、再度寝るか報告を済ませるかをリタに選んでもらったのだが、報告が先だと、当たり前だと言われてしまった。さすがは副主任。
「まずはこっちの四日間の報告からするぞ。一つ目にこの窓ガラスの事だ。二度戦闘があり、一度目は被害なしだったんだが、二度目が運悪く長月荘の目の前での戦闘になってな、その時に割れたものだ。二人がすぐに出られたから人的被害はゼロだったぞ」
割れた窓ガラスは、現在は窓枠を取り外し、サイキに収納してもらっている。そしてブルーシートを目張りして雨風を凌いでいる状態だ。
「相手は最初が小型二体、次が中型緑が二体ずつを三回に分けて出てきたわ。撃破数はサイキも私も同じよ」
「了解です。正直、ゲートを通過したら街が灰になっていたらと不安だったですが、少ない被害に収まっていて安心したです」
「わたし達はそんなに弱くないよ」
そう言い笑顔で嬉しそうなサイキ。
「次にカフェの手伝いだが、一月四日から再開だ。ついでにもうその耳を隠す必要はないぞ。ただし学園では学園長に判断を仰ぐまでは今まで通りにする事。えーと以上だな」
「つまりリタの耳のまま外を歩いてもいいという事ですか?」
「そうです。私が許可を出しましょう」
一つ頷き、表情が笑顔になる。耳もよく動く。
「最後にだがな、お前達の友達から元旦の初詣に誘われているぞ。是非行ってこい」
念の為初詣を簡単に説明すると、リタも二つ返事で行きたいとの事だ。
「じゃあ次はリタからだな。期待しているぞ」
「任せておけです」
胸を張り、立ち上がるリタ。幼いながらも凛々しい表情だ。この顔に期待せずして何に期待を持とうものか。
「まずはリタ達の世界での状況を報告するです。到着時にはやはり状況は変わっていなかったです。リタはまずは槍撃部隊に投擲の要件を報告。それだけでも平均の撃破数が倍増したです。次々入る歓喜の報告をナオにも聞かせてあげたかったです。第三槍撃部隊長さんから、ナオに感謝を伝えてくれと言付かっているです」
大きくガッツポーズをしているナオ。今までで何よりも大きく喜んでいるのではなかろうか。
「次にサイキとナオから回収した武器をコピーして、剣は第二剣士隊まで、槍は第三槍撃部隊まで、銃は第一部隊全員に配備出来たです。皆最初は戸惑った様子で、人によっては使い慣れた武器を選択したりもあったようですが、評価は上々だったです」
「うーん、やっぱり一気に状況が変わるほど甘くはないよね」
ちょっと残念そうなサイキ。しかしリタは表情を崩さず、それ所かこれはまだ前菜だとでも言いたげだ。
「それと個人的な事ですが、いつの間にか開発副主任から主任になっていたです。おかげで出来る事が増えて随分助かったですよ」
ならば今度からは主任と呼ばなくてはな。
「では次に武器を返すです。それと工藤さんにもカメラを」
それぞれ一つずつ丁寧に手渡しされる。特に自分の馴染んだ武器と離れていたナオはとても嬉しそうだ。次にナオがリタにショットガンを返す。
「……あれ? これ本当にわたしの剣?」
「さすがにすぐ気付いたですね。それは実は持っていった武器そのものじゃないです。持っていったオリジナルはどうしてもコピーに使うので、リタ達の世界に置いてあるです。代わりに、より二人が扱い易いように専用の改良を施してあるです。それ自体ははコピーですが、中身はオリジナルを凌駕してるですよ。勿論リタの銃もです」
室内なので二人とも少しだけ振っている。最初は怪訝な表情だったが、すぐに笑顔になった。言葉以上に語る表情だ。
「これで終わるとは思っていないですよね?」
含んだ言い方のリタ。つまりここからが本番という事だな。期待の表情の我々四人。
「皆には秘密だったですが、実は渡辺さんが持ってきたレプリカ武器は全てスキャンしていたです。ただし有用性のないと思われる武器もあったのは確かなので、あまり意味はないだろうと思っていたので言っていなかったです。そしてそれらを参考に、二人のために新しい武器を作ってきたです。サイキには一つ、ナオには二つ。リタにも製作者の特権として一つ作ったです」
「来た来た待ってました!」
「リタ大好きー!」
二人とも喜びが最高潮に達しているな。さてどんな代物が出てくるのか、我々も期待が止まらない。
「まずはサイキ。西洋のグレートソードという両手剣を参考にしたもので、大きめのサイズで作ってみたです。勿論軽量ながら重心はキッチリ取ってあり、空間アンカーも装備済みです」
そう言って取り出された剣は、サイキの身長を優に超える、全長百七十センチというとんでもない長物だった。幅は十五センチほどとかなり広く、反りがなくまっすぐに伸び、先端は尖ってないので刀身は完全に長方形だ。その広い刀身は中央が平坦で、黒地に幾つかの色で綺麗な紋様が描かれている。どうやら刺す動作は捨てて、完全に叩き切る事に特化した形状のようだ。
「さ、さすがにこれは……あはは」
サイキも困惑気味だが、リタは自信満々だ。さすがにこれだけ大きいと室内で振り回すのは無理。ついでに既に外は暗く、振り回すには危険なので、試用は明日に持ち越しだ。
「次にナオです」
「はい! はいはいはい!」
「ははは。随分な喜び様だな。まあ気持ちは分からないでもない。お前ずっとそれ一本だったもんな」
「本当、ようやくよ! もう今だから言うけれど、ずーっと二人の事羨ましかったんだから!」
今日はナオにとっては忘れられない日になりそうだな。
「まずは一本目。これは事前にナオから聞いていた全ての仕様を実現してみた槍です。投擲には向かないと思うので、あくまで手持ちの槍として使用して下さいです」
見た目は棒の先に三十センチほどの刃が付き、その両横にも刃が飛び出しており、つまり十字の形になっている。そしてこれは有用性があるのか分からないが、旗が取り付けてある。
「切るも良し、突くも良し、更に横の刃で薙ぎ払ってもダメージが出るでしょ? 旗は私の所属している部隊のものよ。レプリカを見た時にこのアイディアが浮かんだのよ。士気を上げる事の重要性は分かるでしょ? リタ完璧、言う事なしよ!」
「満足するには早いです。もう一本、こちらは投擲特化で作ってみたです。余計な装飾がない代わりに持ち易く、先端の形状でかなり幅広くダメージを与えられるはずです。今までのと同時に使えば、常に投擲ダメージを与え続ける事も出来るはずです」
ナオに渡されたもう一本の槍は、確かに殆ど装飾がない。持ち手が工夫されているとの事だが、見た目にはいまいち分からないな。先端は円錐状であり、薙ぎ払う動作は完全に捨てて、本当に投擲に特化させたようだ。そしてその円錐状の先端には、細かい溝が螺旋状に入っている。どれほど変わるのかは次回の戦闘に期待しよう。
「そしてリタです。まず64式をアサルトライフルとして仕様変更、そしてスナイパーライフルは色々なレプリカを参考にオリジナルデザインで作ったです。これが製作者の特権です。最大射程は三千メートルを超えるので、地上からでも深紅に大穴を空けられるですよ。勿論当てられたらの話ですが。重量はあくまでリタが扱える程度にしてあるです」
出されたスナイパーライフルは64式とは違い、かなり長い銃身を持っている。青柳曰く、海外の軍用スナイパーライフルに近い形状であるとの事。艶消しの黒い外観の銃身部分に緑色の線が入っており、見た目からして威圧感が凄い。持たせてもらうと、見た目の重量よりもかなり軽く、一キロない位だと思われる。
「本当はショットガンも作りたかったですが、計算上時間が足りなくなるので止めたです。武器はこれで全部ですが、まだまだ続くですよ」
「次にシステムの更新をするです」
リタの手に、いつか見たのと同じ浮遊するクリスタルが出てきた。二人がそれに手をかざすと、やはり淡く輝く。
「間接照明として欲しくなりますね」
青柳の気持ちも分からんでもない。かなり綺麗だ。
「……え? あ、あれ? リタ何を?? あれえ!?」
何か分からないが物凄く狼狽しているサイキ。ナオは不思議そうな顔でそれを見ており、リタは不敵な笑みを浮かべている。何か一服盛られたな?
「サイキ、どういう事だ?」
「えっと、わたしの追加装備が全部使用不能になってて、えっと、使えないって事はわたしの動きが悪くなって、えっと、えっと……」
半泣き状態で混乱している。ある意味で反省するにはいい機会だが、さすがに可哀想なのでリタに説明してもらおう。
「一旦システムを初期状態に戻したです。その関係でサイキの追加装備は全て没収です。使用不能ではなく、没収です」
「そ、そんなあ……」
力なくへたり込んでしまうサイキ。その時にサイキの足の裏が見えたのだが、確かに今まであったはずのブースター用の四つの穴が消えていた。今のサイキにとっては半身をもがれたも同然か。
「リタ、悪戯だとしてもさすがにちょっと可哀想よ? 返してあげなさい」
「駄目です。これは絶対に必要な更新です。それに……リタが何も考えずに没収したとでも思っているですか?」
だろうな。リタの事だ、無策で戦力を落とすような事をするはずがない。
「では次の更新行くですよ。ナオもです。それと工藤さんと青柳さんは、いいと言うまでこちらを見ないようにして下さいです」
「見ているとまずいのか? まあいいや、じゃあ後ろ向いて目を瞑っているよ」
何をするのだろうか、興味津々ではあるが見るなと言われては従わない訳にはいかない。
「あ! そういう事なんだ! リタさすがだあ!」
「え!? ちょっと私もなの? いいのこれ? あれを私も出来るって事?」
「既にリタにも、この通りです」
「おおーー!」
等と盛り上がる背後の三人。物凄く気になるのだが、見るなと言われたままなので仕方がない。これが所謂放置プレイというものか……。
「もう一つ、これで更新はラストです。お二人はもう少し待っていて下さいです」
「はーい」
忘れられてはいなかったか。と思っていると青柳が小声で話しかけてきた。
「……理由は何だと思いますか?」
「見るなって言った理由か? うーん、光が強いとかではなさそうだよな。見ているとまずい事が起こるか、見られたくない格好になる必要があるかだろう」
「私は後者だと思います。サイキさんは靴に色々仕込んでありましたが、それをナオさんにも追加するならば、一旦あのスーツを脱ぐ必要があるのではないかと」
「ああなるほどな。サイキの追加装備をナオにも持たせた、だからナオが自分にも出来るのかと言った訳か。もしそうならば大幅な戦力強化になる」
「こっち向いてもいいですよ」
振り向くと一見して何もなかったような表情の三人。しかし特にナオは口元が緩みかけてピクピクしている。表情を作っているのが一目瞭然だ。
「さて説明してもらおうか、開発主任殿」
「まずはサイキの追加装備のうち、ブースターとサーカス以外の四つの追加装備、姿勢制御装置・空間アンカー・トラバーサー・重力制御装置を、全て一つのシステムに統合したです。更にそれぞれを人間用、戦闘用に最適化。今までのサイキはこれらをバラバラな仕様で別々に使っていたので、はっきり言って真価を全く発揮出来ていなかったですよ。でもこれらを統合し連携させる事により、よりスムーズに高機動が出来るようになったです。そして人間用に最適化した事で、統合姿勢制御装置自体のサイズも小さくなり、スーツを少し改良しただけで誰でも積めるようになったです」
「ふふっ、これで私もサイキと同じ動きが出来るのよ! もうあんたを羨ましがらなくても済むわ!」
もう嬉しさを抑えきれないという感じのナオ。武器も装備も追加されて大幅強化になったのだから当然だな。しかしそれでもサイキはまだ余裕の表情。
「そしてサイキ専用にブースターとサーカスを改良して、より安全性を向上させたです。事前にサイキ自身をスキャンさせてもらったので、これで緊急時にはサーカスの使用を許可出来るです。ただし本当の緊急時のみです。無理に使えば体が壊れるですよ」
「うん、サーカスは使わない事が一番だからね。それに、そんな事になる前にどうにかしなくちゃ」
改めて真剣な表情になるサイキ。何処までも真面目だな。
「そしてその準備に、二人ともプロテクトスーツ自体を着替えたです。見た目は変わらないですが、収容量も性能も一段上になり、これで負傷する可能性も更に低くなったです。後ろを向いていて貰ったのは、一旦裸になっちゃうからです」
「ははは、年頃の女の子だもんな。青柳の予想が当たったな」
ラッキースケベなんて期待していなかったぞ。本当だぞ!
「装備関連では最後に一つ……フラックです」
「ああ、どうなったんだ?」
忌まわしい装置、フラック。精神統合し急激な戦闘力上昇が認められるが、一つ間違えば死ぬ諸刃の剣。作り出してしまったのは我々の目の前にいるリタその人だ。リタは今までのような苦々しい表情ではなく、あくまで強く真っ直ぐに我々を見つめる。
「上層部への厳重な抗議と、そして使用範囲の限定を確約させたです。工藤さんの言っていた通り、学習装置としての使用に限定し、そして……未だ付け焼刃なのが悔しいですが、エネルギー残量が微少になると警告が出るようにしたです。危険だ等と生易しい表記ではなく”これ以上使うと死ぬ”と出るようにしたです。これで少しは使用を止めてくれるようになる事を祈るしかないです」
目線が落ちるリタだが。これは仕方がないか。
「一つ気になっていた事があります。エネルギーが切れる前にフラックを強制的に停止させる機構を付ける事は出来なかったのでしょうか?」
青柳からの質問だ。確かにエネルギーが切れる前に停止させれば、最悪の結果は回避出来そうなものだ。
「無理です。強制的に停止させると精神だけが取り残され、廃人化してしまうです。だから警告を出し、使用者の意思でフラックを解除するしかないです。これが、リタがフラックを嫌う一番の理由です。自分で止めないと死ぬだなんて、酷過ぎる……」
リタの耳が下がっていく。青柳に目線を送り、青柳からリタのを撫でてもらう。顔を上げ青柳の顔を覗き、頷くリタ。本当に随分と強くなったな。
深呼吸をし、話を戻すリタ。
「最後にエネルギー関連の更新内容です。何故絆でエネルギーが回復するのかは結局解明出来ていないです。それに今のエネルギー消費なしの原因も不明です。ですが、今回の更新でリタ達の世界と同じように、時間でエネルギーが回復するようになったはずです。それから全体的なエネルギー消費量を改善したです。特に学園での戦闘で痛感したのがバリア防壁に使うエネルギー量の多さです。バリア防壁自体かなり昔からある古典的技術なので、誰も改めて手を付ける事がなくそのまま過ぎてきたですが、今回徹底的に見直しを行ったです。結果的にエネルギー消費が従来の二割にまでも削減する事が出来たです」
「えっ、二割って、わたし達今までそんなに非効率な事をしてたの!?」
そりゃあ驚いて当然だ。今までそれが普通だと思っていた所に、二割まで削減出来ますよだなんて言われたら誰だって目を白黒させる。
「元々このバリア技術は、隕石から惑星を守るための技術です。つまり最初から人間用ではなかったし、人間用に最適化されてすらいなかったです。サイキが無理矢理ブースターやサーカスを組み込んでいたのと同じようなものです。それに何千年も昔の技術を最新技術に適用化する事すらしていなかったのが発覚して……正直呆れたです。同じ技術者として、前任者は一体何をしていたのかと。しかしその前任者が……」
「父親だったっていうオチか?」
大きな溜め息と共に頷くリタ。
「もう……本当に力が抜けちゃったですよ。”気が付かなかったわーごめーん”だなんて。でもそれと同時に、これがリタ達の世界の限界なんだと、やはりこちらの世界に来て正解だったんだと強く感じたです」
途中までは笑っていたが、最後の一言でまた真剣な表情になるリタ。
「話はここまでが前半です」