快速戦闘編 10
今日は朝から雨模様。リタのいない長月荘も、どんよりとした空気が漂う。
「今更ではあるけど、一人いないだけでこんなに空気が変わるものなのね。あの子大丈夫かな。無理し過ぎていなければいいんだけれど」
「やっぱり心配だよね。リタったら歯止めが利かない所があるから」
「いいから朝飯食え。大体お前達が信じなくてどうするよ」
頷く二人だが、そう励ます私も少し心配ではある。リタの事もだが、今日来るであろう侵略者の事も。
例年ならば今日も大掃除なのだが、昨日の時点で二人のおかげで終わっているのでやる事がない。時刻はまだ朝の十時を回ったばかり。
「たまにはこんな日もいいか」
のんびり雨の空を見上げていると雨粒が静止し、空が割れた。そして雨粒が空へと吸い上げられ、悲鳴のような高音が鳴り響く。
「近い!」「どこ! 直上!?」
二人とも焦る。私も驚くが、二人のためにも冷静でいなければ。
「……出てきたぞ! 中型の緑が二体だ。頼んだぞ二人とも!」
「はい!」
いつかあるかもしれないとは思っていたが、まさかリタのいないこの状態で来るとは。しかし敵は少ない。相手も遠距離攻撃を持たない中型緑だ。大丈夫、二人ならば凌いでくれるさ。私にはその確信がある!
「それぞれ担当するわよ。とにかく速攻!」
「わたし達の家には傷一つ付けさせないよ!」
二人の気合は充分。エネルギーも充分。現状長月荘には被害はない。完全に真上ではなく、一丁ほど隣に出現しているためのようだ。しかしこんなに近くに出現するのは一番最初の商店街以来か。
二人と接続するとすぐさま青柳も加わった。
「敵は中型緑二体だ。今の所被害はないぞ」
「工藤さんがそれを言えるという事は、長月荘の周辺に出現したという事ですね」
「周辺というか、ほぼ真上だよ。既に二人は迎撃中だ」
それを聞き青柳の後ろでは声がしている。早速指示を送っているようだ。
「長月荘の真上、という割には冷静な声をしていますね」
「二人を信じているからな。何も心配はない。そうだろ?」
敢えて二人に聞こえるように同意を求める私。
「当たり前じゃない! ……ご期待に応えて一体撃破!」
「こっちも撃破しました。レーダーに敵影なし。クリアしま……ううん、次が来る!」
サイキの言葉は当たり、すぐさま風と雨粒が吸い込まれ、悲鳴音が上がる。先ほどまでとは少し位置が違うが、それでも長月荘のすぐ近くだ。
「青柳、追加だ! 相手は……」
「今と同じ! ナオ、速攻行くよ!」
「オーケー!」
少ない言葉だが、その声には焦りの色が見える。先ほどは居間から見えたが、今回は逆の位置なので私の部屋からでないと見えない。ノートパソコン片手に自室へと駆け込む。窓を覗いた時には既に建物の陰に隠れて侵略者は見えなくなっていた。
「全く忙しいわね、こっちはまだ慣れていない銃を使っているってのに」
「わたしが二体持ってもいいよ?」
「余裕見せてくれるじゃないの、戦闘狂!」
「その言い方はやめて!」
何だかんだで仲良くやっているな。目線の映像では中々敵を見つけられない。
「やばっ、また追加くるわよ!」
ナオの焦り声の通り、また強い風が吹く。いや、強過ぎるぞ! 長月荘でも何処かでガラスが割れる音がした。初めての被害だ。悲鳴音もかなり大きい。何処だ? 自室の窓から見回してみるが分からない。
「工藤さん逃げて!」
サイキの叫び声と共にすぐ近くで大きな振動がした。二回揺れた。つまり二体追加だ。そして振動が来るという事は、本当にすぐ近くに出現したのだ。冷静さを必死に保とうとする私。
「あんたは家!」
「うん! こっちは任せた!」
柱の影から慎重に居間を覗くと、やはり一番大きい窓ガラスが割れており、その先には緑色の巨体が一体。やはり長月荘の敷地内にいる。まさかここが戦場になるとは……。振り向いた自室の窓からは、赤い光がこちらへ向かうのが見えた。間に合うか? 焦る私の視界に、リタから貰った短剣が映る。
「いざとなったらやるしかないか……」
最終手段ではあるが、抵抗しないよりはマシだ。一つ覚悟を決め、短剣を握り締める私。手には冷や汗脂汗。庭の中型緑は周囲を確認中のようで、私には気が付いていない。
「動かないで!」
とサイキが叫んだ。その声はパソコンからではなく、家の外から聞こえた。柱に隠れながら庭にいる中型緑を覗くと、上を見上げ防御姿勢を取っている。
上空から気合の入ったサイキの雄叫びが聞こえたと思った次の瞬間、眼前の緑の巨体を、垂直に飛び降りながら輝く刃で両断した。文字通りの一撃だ。
ちらっとこちらを振り返るサイキ。割れてガラスのなくなった窓越しに私の無事を確認し、すぐさま残りを倒しに飛び立って行く。相変わらず格好いいな。
「こっちの二体倒したわよ! 工藤さん大丈夫?」
「ああ大丈夫だ。また命を救われたな」
「ナオは工藤さんをお願い、こっちはわたしだけでいい!」
この一言に、私がお荷物になってしまっているのではないかという疑念が生まれてしまった。彼女達がそんな事を思っているはずがない事は、言われなくとも分かってはいるのだが……。
「六体目撃破! 次は……来ない、かな。クリアしました」
「私も今からそちらに行きます。昨日の報告もありますので」
殲滅報告を聞き、部屋から顔を出す私。庭に丁度ナオが降りてきた。
「工藤さん大丈夫? って、ガラス割れてるじゃない!? ……怪我してない?」
「心配性だな、部屋にいたから大丈夫だよ。とりあえず被害確認しておくか。ガラス割れてるからスリッパ履いたほうがいいな」
長月荘の被害は、居間の大きなガラス窓が割れたのみだったのだが、彼女達には結構なショックだったようだ。
「私達がいながら……ごめんなさい」
割れたガラス窓越しに謝ってくるナオ。
「いやいや、お前達のせいじゃないよ。お前達がどう頑張ったとしても、ゲートが開く時の衝撃は抑えられないだろ。それに二人がいたからこそ、大きな被害が出なくて済んだんだからな」
静かに頷くナオ。サイキも戻ってきた。
「先に言っておくが、気にするなよ」
「……うん。分かりました」
ナオの表情と足元に散らばるガラス片を見て、私の言わんとしている事を理解したようだ。
「よし、とりあえずは片付けるか。割れた窓はどうしようかな。ブルーシートで目隠ししておくか。と言っても買いに行かないと駄目だなあ」
「明日までには直せませんか? リタにこれを見せると、きっと責任を感じちゃうと思うんだ」
「リタ以上に今のお前達が責任を感じているように見えるぞ。いいか、これは不可抗力で不可避な被害だ。お前達が気に病む事は何もないぞ」
話の途中で青柳が来た。
「これならば侵入し放題ですね」
冗談めかして言ったつもりなのだろうが、今の二人には逆効果だぞ。予想通りうつむく二人。頭を撫でるが中々効果がないな。本当にショックが大きいようだ。それを見て青柳も二人に謝っている。
「そうだ青柳、ブルーシート買いたいから車出してくれないか? 近くのホームセンターで構わないから」
「……まあいいでしょう。お二人はどうしますか?」
「うーん、二人は留守番だな。空き巣に気を付けろよ」
伏し目がちにしているが、まあ心配はないだろう。
道中青柳に、私が重荷になっているのではないかという不安を吐露してしまった。
「そんな事を言っているとまた殴られますよ」
「まあそうなんだがな、寄る年波には勝てないというか、そもそも彼女達の戦闘には無力なのが、一番近くで見ていると余計に苦しくてな」
「何処の誰が無力だと? 工藤さんは彼女達の士気を高めるという、とても重要な役割を担っているじゃないですか。気にし過ぎですよ」
「……そう言ってくれると助かるよ」
その後はついでだからと年末の買出しにも付き合ってもらった。
買い物から帰宅後は早速ブルーシートを張る。
「屋根のも上がらないとなあ。脚立出さないと」
「脚立ならば私が出しますよ」
「あ、高い所ならわたしがやるよ。わたし飛べるから」
なるほど、飛べるというのは素晴らしく便利だな。おかげで私も青柳も、腰痛になる事はなかった。
夕方長月荘に電話があった。三人の友達の木村が代表として、三人を元旦の初詣へと誘いに来たのだ。リタは不在だが二人はどちらも二つ返事。恐らくはリタもであろう。
更に夜には、一旦帰った青柳から改めて今回の戦闘の報告があった。負傷者なし、ガラス等の物的被害のみだと言うと、ようやく二人の表情から暗さが消えた。
さあ明日だ。たった四日間だが、待つ側としてはこれほど長く感じる四日間は初めてかもしれないな。早くリタの頭を撫でてやりたいぞ。




