下宿戦闘編 11
黄色い髪の槍使いナオの入居により、私含め三人体制となった長月荘。まずはナオに部屋の鍵を渡し、布団を運び入れ、渡辺にも諸々の礼の電話を入れる。時刻はまだ昼の二時。先にはしこちゃんのカフェにナオを紹介に行くか。こういう事は早めに済ませるに限る。
「早速で悪いんだけど、カフェにナオを紹介しに行こうと思う。サイキと一緒の所だから、情報を共有しているなら分かっているかな?」
「あ、その前にいいですか?」
サイキから何かあるようだ。
「昨日、工藤さんへの連絡手段が無くて、その携帯電話をちょっと……」
そういえばそうだ。とりあえずサイキに携帯を見せると、途端に携帯が鳴った。何だこの番号、知らんぞ……とりあえず出てみる。
「……もしもし?」
「あ、繋がっちゃった! なんかすごい!」
まさかのサイキからである。どういう事かというと、彼女達の装備にも無線連絡手段が搭載されており、試しに私の携帯に掛けてみたら繋がった、という事だ。
「私の声も聞こえますか?」
ナオだ。でも携帯って三人いっぺんに繋げられはしないはず。
「私とサイキはリンカーで繋がっているから大丈夫みたい」
逆に私からも掛け直してみたが繋がらない。現在使われておりません、となる。非常用の連絡手段としては脆弱だ。通信関係に強い奴は元住人にいたかな……? そういえばインターネットには繋がるのだろうか? 私はパソコンを持っていないので分からないが。とりあえず、何かあったら彼女達から連絡を入れるという事で済ませ、準備を整えカフェへと出発
ここで改めて新顔であるナオの容姿をまんじりと見る。
年齢は恐らく十六~十七歳。昨日の一瞬では二十歳前後に見えたが、改めて見ると女子高生程度の若さである事が分かる。身長は百六十センチは無いといった所か。胸はサイキよりもあり、恐らくCカップはあるか。吸い込まれるような瑠璃色の瞳が綺麗に光り、腰まである黄色の長髪がなびく。ふんわりというよりは極細のぺたんことした髪だ。服装は……露出過多かな。慣れるまで目のやり場に困りそう。この時期には寒そうな格好だが、一応スーツの機能で上下五十度くらいまでは体温自動調節機能が働くので問題ないそうだ。
「な、なんですか……」
ちょっと恥ずかしそうにした。いかんいかん、いかんぞー私!
なんて事をやっているうちに、いつものカフェ「ニューカマー」に到着。はしこちゃんにナオを紹介し、サツマイモをおすそ分け。サイキはもう慣れたもので、気が付けば既に仕事を開始している。
「あらー綺麗な瞳、綺麗な髪。うらやましいわー。ナオって名前もいいわねー」
はしこちゃんに連れられ一旦店の奥へと消えるナオ。そしてエプロン姿で登場。結構似合っている。サイキの時と同じように色々仕事をさせてみよう。まずは料理から。
「駄目っ! ナオに料理を作らせちゃ駄目です! ナオったらとんでもない料理音痴だから!」
すかさずサイキから注意が飛んできた。どれほどのものか試してみたくはあるが、武器になるくらいと真面目な顔をして言うので本物なのだろう。
「でも悪いね、二人も面倒見てもらっちゃって。実はあと一人増えそうなんだけど」
「んーん、いいのよ私も楽しいし。それにほら、彼女が来てからお客さんも増えてきてるのよ。おかげで売り上げは上昇中よ」
事実、サイキが来るまではそれほど繁盛していたとは言えなかったのだが、今では客のいない時間のほうが少ないという盛況振りである。昼の部閉店まで残り二時間、今日は彼女達二人の働きを最後まで観察していよう。
のんびりと彼女達の動きを観察していると、目で合図する訳でもなく統率が取れているような動きがちらほら見える。気配で分かるとか、そういう感じなのだろうか? そういえばリンカーと言うので情報を共有しているようだから、こういう動きも出来るのだろうか。
ちょっと混乱させてみたい……と思っていたら、ナオがバランスを崩しサイキに激突。万能ではないのだな。
「そういえばはしこちゃん、通信関係に強い人知らないかい?」
「通信? うーん、竹口君かなぁ? 確かIT関係に詳しくなかったかしら」
「ああそういえば!」
竹口はじめ。私を便利だから教えるからと丸め込み、携帯電話を購入させたその日に急遽長月荘を出て行くという奇跡的なポカをやらかした男だ。必死に土下座していたのが記憶にある。当時は……確か情報処理系の大学生だったな。そうだ、あの借りを返してもらおう。
何故そんな事を聞くのかとはしこちゃんに聞かれたが、なんとなくとだけ答えておいた。さすがに彼女達の内情は言えまい。
そうこうしているうちに夕方五時。カフェは店仕舞いし、夜の部の準備に入る。ここニューカマーは二部制のお店で、昼はカフェ、夜はバーとして営業をしている。私はお酒は飲まないので、夜の部には滅多に来ないのだが。
「たまには来ればいいじゃないの。ホットッココア出すわよー」
それはそれでお金が掛かるのだ。
さて今晩の飯はどうするか。カフェのお手伝いの終わった二人を連れ、商店街を右往左往。ついでにナオの為に勉強道具も購入。ナオのお披露目も兼ねているので、回れる店は全て回る。
「これ、おいしそうね」
ナオが食いついたのは肉屋のメンチコロッケだ。お目が高い、ここのコロッケは本当に美味しいのだ。料理は出来ないのに、鼻はいいようだ。
肉屋の主人が、前回何もしてやれなかったからと、二人に一つずつただでサービスしてくれた。まるで子供のように喜ぶ二人。まあ事実子供ではあるのだが、その肩に乗る現実の重さを思うと、言いようのない気持ちになる。そしていつかこの子達も長月荘を出て行く日が来るのだろうな……。
「ねえナオ、やっぱり少し回復してるでしょ?」
「こんな事ってあるのね。でもまだ常用には耐えないわ」
すっかり彼女達の会話が何を示しているのか理解しているなあと、我ながら感心する。サイキはエネルギーの回復法則を掴みかけているようだ。私も、今までの経験上その鍵が声援である事には気が付いている。皆の声援が彼女達を強くするとは、完全に特撮ヒーローショーのノリだな。もしも街全体で彼女達に声援を送ったのならば、一体どれほどの力を出せるのだろうか。
そうだ、ナオも来た事だしもう一度情報を整理するのがいいだろうな。食事を終えたら第二回の長月荘会議を開こう。また私の知らない文言があふれ出すに違いない。そしてそれは絶対にこの子達を支援するのに役に立つ。私の直感がそう言っているのだから間違いないのだ。
長月荘に帰り、早速食事の準備を始めるとサイキが横に来た。手伝うと約束していたからだな。剣士だからと半ば冗談で包丁を持たせてみた所、結構な腕前を披露してくれる。そういえば隊長補佐と言っていたか。まさか料理も?
ふと視線を感じ後ろを振り返ると、ナオが恨めしそうに覗いている。私の目線を追ったサイキは、そんなナオを見て一言。
「わたしお嫁さん」
それはそれは大層な爆弾発言です事。そしてナオがサイキに突っかかった、おいおい喧嘩はやめてくれよ。しかしモテモテだな私。
今日の晩飯は煮付けを中心に五品。ちょっと年寄りくさい食事かなとも思ったが、二人ともすごく美味しそうに食べてくれた。下宿屋の主人にとっては、住人の笑顔が一番の報酬であり幸せなのだと、改めて深く思うのだった。