快速戦闘編 9
リタが帰省した翌日の長月荘。いつもならば今日から二日かけて大掃除をするのだが、さてどうしたものか。
「そもそも何でそう焦って掃除するのよ?」
「一年の節目に溜まった埃を落として、気持ちよく新年を迎えようっていう事だよ。そういえばお前達の世界だと暦も違うんだろうな。一日の長さも違うか。まさか時間の速さも違うとかないだろうな?」
リタが帰ってくる時、もしもこちらと向こうとで差異があり、実際の作業時間が短かったりすると困るなと、今更ながら不安になる。
「わたしが来てからナオが来るまでの総時間は合致しているので、時間の速さは同じだと思う。わたし達の星も偶然、自転周期は約二十四時間だから日数も同じだよ。ただ一年の長さは違うかな。それに……わたしもナオも年齢が分からないのと同じで、一年が何日かは知らなくて」
「うーん、本当に二人には戦闘以外の情報がないんだな」
世界で唯一残っている惑星という極限状態なので仕方がないとは思うのだが、やはり彼女達を不憫に思ってしまう。もう少し色々な知識があれば、少しはその人生に色が付くだろうに。
「戦闘以外の情報といえば、いつか私の両親を、私は知らないって話をしたわよね?」
「ええっと、確か廃材屋でだったかな? サイキは両親が亡くなっていて、ナオは片方が別の種族だから、自分がハーフであるという事しか知らない、という話だと記憶しているが」
「ええ正解。実はね、私とサイキを含む兵士は全員、訓練学校に入る時にほとんどの記憶を封印されているの。封印されていない記憶は家族構成のみ。既に死亡してる場合はその事実もね。だから例えば親兄弟と同じ隊にいても、一切その事実に気が付かないまま終わる。過去の友人関係も同じね」
驚きの事実が出てきたな。記憶の封印だと。やはり彼女達の世界の技術は、私達では到底追いつけない位置にあるのだな。
「しかしそれは酷じゃないのか? 家族の顔すらも記憶からなくなるって事だろ?」
「確かにちょっと酷いとは思うけれど、でもこれは目の前で誰を殺されても、全て平等な一つの命として受け止める事で、隊を乱さないためには必要な措置なのよ。それでも人によっては強烈なショックで記憶が戻る事もあるらしいけれど。サイキは結構な体験をしているけど、どうなの?」
「わたし? 義足になった時に記憶の封印解除を勧められたんだけど、戦場に戻るつもりだったから拒否した。それにわたしの家族はもう皆死んじゃってるし、今更かなって」
仕方のない事ではあるが、やはりまだ子供である二人の周りには、その年齢に不釣合いに死が多過ぎる。そしてそれに慣れてしまっている嫌いがある。せめてこちらの世界では、そのような話はしてやりたくないものだ。
大掃除を開始すると、二人はとにかくよく働く。そして物凄い早さで綺麗になっていく。特にサイキはご自慢の追加装備を使い、私が台を使わないと手の届かないような範囲にまであっさりと届き、そして入念に綺麗にする。
「……ん? ちょっと待て、そういえば拭いた埃は何処に消えた?」
「あ、えーっと、量子化しちゃってます。それを溜め込んで、後でまとめて捨てる予定です。スーツが汚れないのと似たようなものですね。ただ普通の埃だと小さ過ぎて特定出来ないので、一旦固めているっていう感じです」
「何か便利だなあ。でも埃を溜め込むって、体に悪い事はないだろうな?」
「大丈夫。体の中に直接溜め込んでいる訳じゃないし、これ自体には何の問題もないです。ただし一つだけ条件があって、生き物や、食べ物でも調理されていないのは駄目。さすがに命をそんな扱いなんて出来ないよ」
「なるほどな。安心したよ」
結局いつもならば住民総出でも二日掛かる大掃除が、ほぼ二人の手だけで一日で終了してしまった。うーん、普段ならばちょっとしたお祭り状態になる所だったのだがなあ。悪い訳ではないからいいか。
その後二人は笑顔でカフェの手伝いへ。年末年始は三十日から五日間休むそうだ。相良剣道場も同じ期間お休み。やはりカフェへと向かう二人は笑顔だ。そして髪の色は変えずにそのままで出て行く。ここにリタが加われば、私の一つの目標であった、いつか見たいと思っていた光景が完成する。
翌日は午後から天候悪化。雨と雪との中間のような天気だ。二人は今はカフェの手伝い中だが、やはり予想通り侵略者の襲撃が入る。二人と接続し、すぐさま青柳も来た。状況を確認する。
「北の端に一体、南の端にも一体。どっちも小型。黒じゃない普通のだから安心して。……やっぱりエネルギーが消費しない。逆に後で悪影響が出そうで怖いなあ」
「今その心配をしても仕方がないだろ。もう二人は向かっているんだよな? さっさと片付けよう」
「ええ、そのつもりよ。ちょっと遠いから時間は掛かるけど、どちらも住宅からは遠いから被害は抑えられそうね」
二人しかいない状況でこの数の少なさは有り難いな。相手も空気を呼んだか? しかしそうなると明日が怖いな。
「問題はどちらからも遠い位置、例えば駅前に攻撃性の高い青鬼や大型灰色が追加された場合ですね」
「青柳さんったらまたそういう事を言って。少しは私達を安心して戦わせてくれないの?」
怪訝な声を出すナオ。青柳の言う事も一理あるんだがな。
「私はあくまで最悪の事態を想定しているだけですよ。しかしそれが蛇足だというのならば仕方ありませんね」
「……蛇足だと言う気はないです」
しょぼくれた声を出すナオ。
「はっはっはっ、これは青柳の勝ちだな。ナオの言いたい事も分かるが、安心したいならば信用ではなく信頼すべきだぞ」
「分かってるわよ。……さあ見えてきた。確かに普通の小型だわ。サイキはどう?」
「ええっと、……ちょっと時間掛かるかも。山の中に隠れているかもしれなくて。って言ってたら発見しました。通常の小型と確認。さっさと終わらせます」
二人の状況から今回は被害なしで済みそうだ。
「こう言っちゃ何だけど、ショットガンの試し撃ちにはもってこいよね。油断はしないけれど、ちょっと練習しちゃおうかしら」
「こちらサイキ、北部クリア」
さっき発見したと報告したばかりでもう倒したか。相手が小型とはいえ、さすがに迅速だな。一方ナオは小型を練習台にするつもりか。
「わたし先にカフェに戻ってても大丈夫?」
「ええ大丈夫よ。こっちもそう長くはやるつもりはないし」
サイキは先に戻るか。ナオは小型相手に出力を落として対抗中。かなり命中しているが、そろそろ引き上げさせるべきだな。
「ナオもういいだろ。調子に乗って周囲に被害なんて出したら、リタに怒られるぞ」
「それは怖いわね。分かったわ。もう使い方は把握したからケリを着けて帰ります」
その後十秒足らずで撃破報告があり、ナオもカフェへと戻る。どうやら問題なく使えているようで安心した。
サイキ目線の映像を見ていると、何とも大胆にそのままカフェの目の前に着地した。そこで接続終了。
「青柳、あそこまでやらせていいのか?」
「以前ならば絶対禁止でしたが……はしこさん次第ですね。すみませんがそちらから連絡して確認していただけますか?」
「了解。ちょっと待ってろ」
という事でカフェに電話。はしこちゃんに事情を説明。
「私は構わないわよ、集客にも繋がると思うし。最初だから慣れていないだけよ」
「相変わらず肝が据わってるなあ。でも駄目だと判断したら遠慮なく言ってやってくれよ。俺から言うよりもマスターであるはしこちゃんから言うべきだしな」
はしこちゃんの事なので敢えて言わずとも分かっていただろうが、一応は保護者として頼んでおかねば。青柳は、はしこちゃんが大丈夫ならば許可をするとの事だった。
さてリタが帰ってくるまで後二日だ。あいつ今頃ぶっ倒れていなければいいが。