快速戦闘編 8
リタの帰省日。リタ本人はぐっすり眠れたようだが、残る二人は中々寝付けなかったとの事。私も結局夜中の二時まで起きてしまった。
「再確認するが、三十日の正午十二時に二人揃ってビーコンを打つ。それを合図に帰ってくる、という事でいいな?」
「オーケーです。吉報を期待して待っているですよ」
そう言いつつも、やはり我々とリタには緊張と不安が残る。来る事は出来たが、戻る事は出来るのだろうか。帰省している間にある二日間の悪天候、予想される侵略者の襲撃。更に言えばこちらへとしっかり帰ってこられるのかという不安もある。
朝食は普段通り。最後の晩餐などという縁起の悪い事を言う気はなく、必ず帰ってくるのだと信じているからこその選択だ。
朝の九時を回った頃、青柳がトラックに乗ってやって来た。荷台には以前自爆した大型侵略者の残骸。全て持って行ってもいいとの事だった。
「一応は監視役ですからね。それに、何かあった時には動かなければいけません。この残骸は我々の手に余るものですし、もしも使い道があるのであれば、放置するのは勿体無いとの判断です」
いつも苦労をかけているなあ。正直、青柳一人に我々の厄介事を押し付けているようで申し訳ない。
「散々巻き込んで迷惑をかけてしまって、すまんな」
「いいえ。前にも言いましたが、私も結構楽しんでやっているんですよ。なので押し付けているだとか、迷惑になっているだとかはありませんよ。それに、彼女達とだけではない出会いもありましたし」
孝子先生との事か。あれは私の最大の功績だな。
さて、予定時間も押し迫ってきたので、全て準備を済ませてしまおう。改めて持ちものを確認させると、武器の受け渡しはまだだという。
「じゃあリタにわたしの剣を渡すね。必ず持て帰ってきてね」
まずはサイキから、日本刀を基にした新しい剣が渡される。表情は真剣そのもの。
「絶対に帰ってきなさいよ。ここで脱落なんてしたら、私が意地でも研究所まで捕まえに行くんだから」
そしてナオの唯一の武器である槍を渡す。
「……絶対によ」
渡すのを躊躇した辺り、本当は不安なのだろうな。
「大船に乗った気持ちでいて下さいです。この成果を持ち帰れば、きっとリタ達三人が正式に帰る頃には、世界を取り返しているです」
最後にリタがショットガンをナオへと手渡した。そのリタの予想が当たる事を切に願う。
「恐らくゲートはすぐ閉まるです。ビーコンを打てば最後、お別れの挨拶などしている余裕はないという事です」
耳が下がるので本当にリタの心情は掴みやすい。
「必ず帰ってくるんだろ。ならば別れの挨拶など不要だ」
私は笑顔でリタの頭を撫でてやる。これでようやく表情がほぐれ、耳も普段の位置へと戻った。
「じゃあ行ってくるです。そして必ず帰ってくるです」
「うん、四日後、リタがただいまって言うのを待っているね」
「こっちの事は任せなさい。エネルギーが満タンの私達二人ならば問題なんてないわ。何の心配もせずに行ってきなさい」
「はい。任せたです」
三人手を繋ぎ輪になる。見た目には分からないが、タイミングを密に合わせているのだろう。
「行くよ」
サイキの一言。それから数秒後、そのままの姿勢で垂直に飛んでいく。晴天の空に三つの光が昇って行き、米粒大の大きさになった頃、静かに空が割れた。
「あれがサイキ達が通ったゲートか……」
誰に言った訳でもなく呟く。そのゲートの中は、以前見た侵略者側のゲートの中とは違い、かなり複雑な色彩をしている。サイキがゲート通過中に吐きそうになったと言っていたが、分かる気がする。
三人手を離し、ゲートの中へと飛び込むリタ。下からでは距離感が掴めないのだが、もうゲート内には入っているだろう。結局ゲートが開いていたのは、ほんの十秒ほどだった。天に消えたリタは、無事に通過出来たのだろうか。
「行っちゃったね。後は四日間、わたしとナオで守り抜くのみ!」
「ええ、リタに悲しい思いなんてさせないわよ。絶対にね!」
着地した二人の表情は真剣そのものであり、改めて気合充分といった所だ。
「侵略者の襲撃が発生すると思われるのは明後日二十八日とその翌日二十九日の二日間です。その後は一週間ほどは好天のようですね。ともかく、この四日間を何としても乗り切りましょう」
「大丈夫、いざとなったら戦車だろうと、戦艦だろうと、戦闘機だろうと持ってきてやるさ。何たって国が味方についているんだからな」
「あなたならば本当にやってしまいそうで恐ろしい」
強がりで出た言葉に納得されてしまった。しかし私自身、やろうと思えば出来るんじゃないかという期待を持っているのも確かだ。あの侵略者達に我々現代科学の戦闘兵器が通用するのかはともかく、もしもそれが彼女達の負担を減らす事になるのであれば、私は迷わず国に泣きつくのだろう。
「よし、それじゃあ一つ報告をしておこう。はしこちゃんに今日からカフェに復帰すると連絡しておいた。相良剣道場にも同じくだ。年末年始の予定までは聞いていないから、直接行って確かめてくれ」
「やった! まだまだ強くなるよ!」
「後はリタさえ揃えば私達の日常生活、完全復活ね」
「俺も今日からは商店街やカフェに顔を出すからな。注文はいつものでよろしく」
「かしこまりました」
二人ぴたりと声が揃った。そして二人とも嬉しそうに笑い合う。改めてはしこちゃんにも相良家にも感謝をしなければな。
「あっ……という事は晩御飯を一緒にするのも当分お預けですね」
物凄く寂しそうな声を出す青柳。ただし表情は普段通り。
「事前に連絡くれればいつでも来てもいいんだぞ。お前だって仮とはいえ、長月荘に籍を置いているんだからな。ただし、作る量を考えなきゃならないから、いきなり来るのは勘弁しろよ」
「了解しました。それでは私はこれで。あと秋刀魚は私が食べますので」
本当に秋刀魚好きだな、こいつは。
一方のリタ。
(帰りのほうが酔いが激しい気が……でも挫ける訳にはいかない)
極彩色の空間を飛び続けるリタ。その表情には、一切迷いなどない。
(光……出口だ)
全速力でその光へと突き進む。後もう少し。眩い光に包まれ到着した先は、確かに彼女達の世界のゲート前だ。そしてビーコンを受け取り、待機していた大勢の研究員達がリタを出迎える。
「おお! 帰ってきたぞ! 作戦成功だ!」
口々に大喜びする研究員達だが、リタの顔色は悪く、誰から見ても体調が悪く見える。それでも至って冷静に、こう言い放った。
「単なる中間報告に来ただけで、四日後にはまた向こうに帰るよ。それよっ……りも、まずは槍撃部隊に、これを通達と、それから……ぅっ、ぅぇっ……」
全て言い終わる前に嘔吐してしまうリタ。その光景に大慌ての研究員達。すると男性が一人大急ぎで駆け寄ってきた。
「おい、医務室行くぞ! リタよくやった! 皆信じて待ってたぞ!」
駆け寄ってきたのはリタの父親であった。心配し医務室へと向かおうとするのを、リタ自身が拒否する。
「そんな暇なんてない! これから渡す開発メニューを、たったの四日間で完遂させる必要があるんだ」
息を整え、鬼気迫る表情で全研究員へと発破をかける。
「全員よく聞け! これから四日間、不眠不休で作業に入るぞ! このたった四日間でこの星を救う! この世界を救う! そして、工藤さん達の世界も救う!!」
雄叫びと共に一斉に持ち場へと駆けて行く研究所員達。彼女達の世界での、四日間に渡る死闘が開始された。