快速戦闘編 6
十二月二十五日。本来ならばこちらがクリスマス本番である。
朝のうちにリタが来て、一時的にあちらの世界へと帰省する、その行程が決まったとの報告を受ける。
「二十六日の朝十時を目安に、三人揃ってビーコンを打ち、ゲートを開けるです。そして三十日の正午に、サイキとナオが同時にビーコンを打ってリタを誘導するです。……正直、帰りのゲートがどう開くのか、本当にちゃんと往復出来るのかが分からないので不安です」
「気持ちを強く持て。お前達ならば大丈夫だよ。ああそうだ、持てる数に余裕があるならば、向こうに持って行ってほしいものがあるんだが、大丈夫かな?」
「うーん、もの次第です」
という事で押入れからカメラを取り出す。二十年以上前の古い物だが、壊れてはいないので使えるはずだ。フィルムが入っているのも確認。
「この構造だと、もしかしたらゲート通過で駄目になるかもしれないです。それでもいいですか?」
「ああ、それはそれで仕方がないよ。使い方は分かるか?」
少し考え、頷くリタ。恐らくはスキャンしてみたのだろう。
「よし、それじゃあ託したぞ」
どうなるのかは分からないが、もし向こうの世界の風景写真が少しでも手に入るのならば、これ以上の好機はない。最終的には私自身も世界の渡航者となって向こうの世界に行ってみたいのだが、それはまず不可能だろうな。
三人揃った所で朝食の準備にかかろうとしたのだが、呼び止められた。ひそひそと何かをしている。怪しいぞ、と思ったらいつも通り何もない空間から、綺麗にラッピングされた両手ほどの大きさの箱を取り出した。
「ささやかながら、わたし達からのクリスマスプレゼントです」
これは完全にやられた。贈る側としてしか考えていなかったので、受け取る側になるとは露ほども思っていなかったのだ。
「いやあ、まさかこの歳でプレゼントを貰えるとは思っていなかった。中身は何だろうな、早速開けてもいいか?」
完全に童心に帰っている私。包み紙は一切傷つける事なく綺麗に剥がせた。出き来たのはプラスチック製と思われる真っ白な箱。彫刻された黒い印字があるが……何処の言葉だ? 読めない。
「その箱はリタのオリジナルです。文字はリタ達の世界のもので、意味は”感謝を込めて”です」
「わざわざ箱から作ったのか!? やるなあ! この箱自体が既に嬉しいプレゼントだよ! 文字の意味も嬉しい限りだし、粋な事するなあ」
感心しきりの私を見て、三人も笑顔だ。
箱を開けると中には銀の鎖に通った同じく銀の指輪が入っている。指輪の中央には青い宝石のようなもの。これはネックレスとして使えという事だな。しかし、結構高そうに見える。彼女達の小遣いからでは厳しかったのではないだろうか?
「お金はほとんどかかっていないわよ。アイディアは私、デザインはサイキ、そして作ったのはリタ。その宝石、九月の誕生石のサファイアなんだけれどね、それすらもリタが作ったの。つまり、この世に二つとない私達の完全オリジナルよ」
「凄いな……まさかこんな事も出来るとは」
「昨日デパートでアクセサリー屋さんを回っている時に閃いてね、デザインの参考にもう一軒見ていたのよ。リタの予定を考えるのにさっさと二階に上がったのはこれを作るため。どう? 私達に騙された感想は……ふふっ、聞くまでもないわね」
そう、聞くまでもない事だ。何故ならば私は感動し泣いているからだ。
「あはは、工藤さん涙もろいんだから」
「仕方がないだろ、娘からプレゼントを貰うなんて、十五年振りだぞ? 畜生、俺の用意したプレゼントが完全に霞んじまったじゃないか!」
「え! 工藤さんからもあるの!?」
正直、こんな素晴らしい贈り物を貰った後に出すのが心苦しいほどだが、期待に満ち満ちている彼女達の表情を見ては、出さない訳にもいかない。
「あんまり期待するなよ」
と念を押し、手の平に収まるほどの小さな箱を三つ、彼女達へと差し出す。
「開けても?」「いいぞ」
早速三人器用にラッピングを剥がし、箱を開ける。どういう顔をするのかと不安だったのだが、やはりきょとんとしており、微動だにしない。……こんな所で私の心が折れそうになるとは思わなかったぞ。
「ブローチだよ。これでもSNSの連中を総動員してデザイン決めたんだからな」
ブローチのデザインは、こちらの世界でのサイキの渾名である”涙目の天使”から取り、天使の翼をモチーフとしたものにした。しかし反応が薄い薄い。先ほどは感動で泣いたが、また別の意味で泣きたくなってくる。溜息も出るってものだ。
「はあ……戦闘中の激しい動きでも取れなくて、かつ小さくて邪魔にならないものって考えたらそれしか浮かばなかったんだよ! 悪かったな!」
悔しくなんかないだぞ! 本当だぞ!
しかし私のそれに反して、三人の表情は固まったままだ。そこまで残念がらなくてもいいのになあ。半ば自信喪失である
「……ううん、本当に嬉しいよ。何ていうか、初めてだから何処まで嬉しがっていいのか分からなくて。それにこのデザインって……」
サイキが言い止まる。もしかして、気が付かないうちにやらかしてしまっていたか? 凄く気になるぞ。そしてナオが話の続きを始めた。
「偶然だとは思うんだけどね、この翼のデザイン、私達の世界での高位勲章のデザインにそっくりなのよ。そんなとんでもないものが出てきちゃったものだから、呆気に取られたというか、とにかく驚きなのよ」
「サイキが言っていた、大型を二十五体も倒したけれど、結局もらえなかったっていう勲章か?」
「あれよりも上ね。順位的にあれは五位かな。これは二位のデザイン。持っているのなんて、それこそ第一剣士隊の隊長くらいよ」
なるほど、きょとんとした表情の理由は、頭が真っ白になっていたという訳か。それを聞き、私は一気に上機嫌になる。
「はっはっはっ、ならば丁度いいな。俺と長月荘からの勲章だと思え。いやあお前達の反応が薄いものだから、心が折れるかと思ったぞ。喜んでもらえたようで結構」
「早速付けてみるです!」
三人プロテクトスーツに着替え、それぞれお互いに着け合う。安全ピンで留める形になるので、性能に影響が出ないかとも思ったが、上着に着けるだけなので影響はないそうで安心。早速鏡の前で確認をしている。ならばと私もプレゼントのネックレスを付けて鏡の前へ。青いサファイアが目立つが、中々私に似合っていると思う。自画自賛かもしれない。
「二人には秘密いにしていたですが、リタからもう一つ渡したいものがあるです」
「リタ抜け駆けするつもりだあ」
「そういうのとはちょっと違うです」
何かと思ったら、出てきたのは全長およそ三十センチほどある、真っ直ぐに伸びた短剣だった。サイキの刀とは違い、しっかりと鞘に収まっている。柄も鞘も刀身すらも黒を基調としたデザインであり、そこにあまり派手ではない銀の装飾があるという感じだ。
「護身用にです。といってもこちらの法律では持ち歩けないと思うので、長月荘に侵略者が現われでもしない限りは使わないと思うです。一応FA可能ですが、工藤さんはそもそもそういう装備をしていないので、本当にお守り代わりと思って下さいです」
持ってみるとこれが物凄く軽い。さすがにサイキの剣ほど軽量という訳ではないが、それでも充分以上にリタの技術力の高さを感じ取る事が出来る。
「ちょっと驚いたが、有り難く受け取っておくよ。使わないのが一番いいけどな。でもお前達の世界には持って行かなくていいのか?」
「大丈夫です。研究所でならば、これくらいならばあまり時間もかからずに作れるです」
「そうか。それなら問題はないな」
十一時頃、青柳と、その車に同乗して孝子先生が手伝いに来てくれた。
「先に昨日の戦果報告を。巨大な侵略者の出現で、かなりの被害が出るかと予想したのですが、人的被害は重体一名、重傷者三名、軽傷者十二名で済みました。重体の一名も命には関わらないようなのでご安心を。到着が早かったのが幸いしているでしょう。物的被害は、特に家屋の屋根に被害が出ているのですが、法整備でこの報告も不要になるかもしれませんね。それから最後のサイキさんの攻撃ですが、光が地上に届いてはいたものの、一切の破壊は認められませんでした。街も人も無傷です」
ほっと胸を撫で下ろしている三人。やはりあの大きさの敵、そしてサイキの特大の攻撃には三人も不安視をしていたのだ。
「じゃあ改めて、今回の奴がどういう性質なのかを説明してもらえるかな。俺達もそこら辺は知る必要があるだろう」
頷き、やはり侵略者に関してはサイキが説明をするようだ。
「あれは大型種の中でも特に大きい種類で、更に今回現れたのは、わたしが知る中でも最大級でした。全長で五百メートル以上はあったのかな。体色から便宜上深紅と呼んでいます。中央の本体はあくまで自衛が中心で、あれ自体が攻撃を仕掛ける事は滅多にありません。ただし本体が攻撃に回ると、途端に強くなるので楽観視は出来ない相手です。通常は周囲にいる、そのまま深紅を小さくした見た目をしている十体の中型種が、攻撃及び本体の防衛を担っています。この事から、まずは周囲の十体の中型種を減らし、本体を無力化した後に仕留めるのが定石です」
「うーん、赤鬼もビットを四体従えてるし、深紅もある意味ビットのような存在を十体従えている。やっはり色毎にも共通性がある感じだなあ。でもそうすると、中型や大型の黒なんて出たらまずいな」
なんて言ったら出てきたりするから困り者だな。
「中型大型の黒は私達も知らないから、いないと考えてもいいと思うわよ。ただし中型の白は存在しているわ。あれの強さは尋常じゃない。本気で出てきてくれない事を祈る、そういう奴よ」
「わたしは中型白、一体倒した事あるけどね」
少し自慢げなサイキ。それに対して訝しげなナオ。
「あんた、やっぱりおかしわよ。どうやったらあれに近付けるのよ?」
「……サーカスで一気に。あー使わないよ! もう使わないから!」
焦って今後の使用を否定するサイキだが、私はもしもがあるかもしれないと思ってしまう。恐らくは本物を見た事がないので、余計にそう思うのだろうな。
「ちなみに中型の白は広範囲攻撃型ね。遠距離攻撃出来る銃撃部隊がいないと手も足も出ない厄介な相手。それなのに近距離型のサイキが、サーカス使って倒した? 本当にあんた化け物だね」
呆れ顔のナオ。
「だからもう使わないって。今ならナオもリタもいるし、武器も強くなっているから、私抜きでも白を倒せるはずだよ」
リタが帰省しているうちには出てこない事を祈るのみだな。
「あ、ねえそういう情報ってさ、こっちから発信するって出来ないの? ある程度の情報は出しておいたほうが、逃げたり対抗したりする時に使えるんじゃない?」
孝子先生の言う事も一理あるな。共有出来る情報は出しておくべきだ。
「でもそういう発信場所って知らないぞ」
「すぐ近くにあるじゃない。長月荘SNS。あれの管理人に頼めば一発だと思うよ」
竹口はじめか。確かにIT社長の彼ならばどうにか出来そうだな。しかし今は年末で忙しいだろうから、年が明けてからにしよう。
さて買出しに出かけようかとした所、二人が既に大量に買い込んできていた。
「レシートが領収書代わりでいいですよね?」
「青柳もしっかりしてるなあ。あ、でも冷蔵庫の秋刀魚代は払わないぞ」
「見つかってしまいましたか」
当然である。