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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
快速戦闘編
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快速戦闘編 4

 昼食後に一休みした所で街へと繰り出そう。

 彼女達はいつの間にか服を買い足していたので、そちらへと着替えていた。三人とも暖かそうな服装であり、それぞれ似合っている。

 「コーディネートはリタがしたです。美術高得点の本領発揮したです」

 「いい仕事具合だ。これなら店開けば儲けられるぞ」

 どうだと言わんばかりの自慢げな表情である。


 「これからの予定だけど、駅前まではバスで移動。そこからは歩きだ。買い物をしつつ時間を潰して、七時に店を予約してあるから晩飯を食べて、イルミネーションを見て帰ってくるっていう流れな」

 正直、三人が人込みで一体どういう反応をするのか、周囲がどう反応するのかという不安があった。しかしあの髪の色のままでバスを待っていた、その短い時間だけで、私の不安が無用の心配であったと気付かされる。目立つ髪の色と、リタに至ってはあの耳なのだが、ほとんど誰も気にしていないのだ。それはバスに乗っても同じで「あっ」と気が付かれる事もあるが、それ以上は何もなし。

 駅前に到着しバスを降りる。さすがに人が多いなあ。三人も少し緊張気味。しかしやはり周囲はこちらを見る事はあっても、特にそれ以上はなく、たまにおばちゃんが手を振る程度だ。ならばそのまま触れずにしておこう。

 「よーし何処に行く? 買い物があるなら回るぞ」

 「私達ってそもそも、こういう場所で買い物をした事がないのよね。逆に何処に行けばいいのか困っちゃうわよ」

 ならば順当に駅前のデパートに入るか。入り口をくぐるとリタが私の手を握ってきた。これは緊張というよりも不安なんだろうな。さすがにクリスマスなので人が多い。三人に気が付く人も多いが、相変わらずそれだけで何もなし。これならばもっと早く来ていても大丈夫だったかなあ。早速目移りしている様子の三人。

 「迷子にはなるなよ」


 案内板で各々行きたい所を物色してもらおう。

 「色々なお店があるね」

 「商店街にあるものは大抵揃うからな。ただし値段が高いけど」

 「ある意味、商店街への侵略者って所なのかもね」

 いざとなると何処に行けばいいのか迷ってしまっている三人。時間はまだたっぷりあるので、のんびり全部見て回るか。そうだな、下から上へと昇って行く流れにしよう。

 「まずはデパ地下から攻めるか」

 「でぱちか?」

 「デパートの地下だよ。お菓子とか食品関係が集まっているから試食も出来るかもな。お前達の場合、次々に話しかけられてそれ所じゃなくなるかもしれないけれど」

 予想通りだった。行けば次々と試食を迫られている。そして断れなくなっている。

 「晩飯もあるんだから、今腹一杯にしたら入らなくなるぞ。断る事を覚えろよ」

 「だって、どれも美味しいんだもん」

 これはまずいぞと早々に切り上げる事にした。三人は若干不満げである。


 別の階に着き買い物を始めると、子供達の表情は歳相応に幼くなり、それを見守る私はとても安心している。おもちゃ屋では特にリタが目を輝かせており、目を離すと何処かへ行ってしまいそうな勢いだ。本屋では三人それぞれが別の本に強い興味を示しており、サイキは漫画コーナー、ナオは参考書コーナー、リタは何故か女性誌を凝視していた。

 「サイキとナオはともかく、リタは何で女性誌なんだ?」

 「ふふっ、秘密です」

 ならばその報復に、頭を撫で回しておこう。

 アクセサリー店に入ると、三人で何かひそひそと相談をしている。何だと近付いてみると逃げられてしまった。これは何か企んでいるな。仕方がないので店の前で待つか。

 「万引きしてないだろな?」

 「誰がそんな事しますか!」

 一笑。勿論冗談であり、そんな事をする子ではないのは私が一番よく知っている。


 デパートを出ると既に暗くなってきている。時刻は午後五時半。あと一時間半か。店までは十五分も歩けば着くはず。駅前商店街を歩いていると、三人が一つのお店に興味を持ち入っていった。アクセサリー屋だな。デパートでもアクセサリーを見て何か相談していたし、買いたいものがあったのだろうな。又は高くて諦め、こちらで似た物を探しているのか。

 十分ほどで合流し、また適当に練り歩く。ベンチで少し休憩中、ようやく一人のサラリーマン風の男性が声をかけてきた。

 「いやー実はうちの息子が同じ学校の二年生にいましてね、それで話を聞いていたもので。一目見て分かりましたよ」

 「そうですか。それにしても何処に行っても皆あまりこの子達の事を気にしていないんですよね」

 「あはは。既に街の一部っていう事でしょうね。それに三人がどれほど努力してきたのかを、皆分かっているんですよ。気にしないという事も、僕達から出来る応援の方法の一つっていう事ですね。実際にお会いすると、本当に普通の子供さんなんですね」

 なるほどと思った。気にしないという応援か。これは大きな効果のある応援だな。そして普通の子供、という言葉に、私はとても嬉しくなる。その言葉こそが私が求めていたものだからだ。別の世界から重い使命を背負ってこちらに来た、派手な髪の色をした子供達を、ようやく世間は”普通の子供”として接してくれるようになったのだ。私の念願の一つが叶ったのだ。これこそが、私へのクリスマスプレゼントなのだ。


 そろそろいい時間なので、予約しておいたお店へと向かおう。元住人がやっている完全予約制のフレンチレストランだ。時期的に予約は無理だと思っていたのだが、何故かすんなり予約が通った。値段は高いだろうが……まあ年に一度くらいはいいだろう。

 「いらしゃいませ」

 「予約していた工藤ですが」

 「!! どうぞこちらへ」

 明らかに驚いた顔をしたぞ。通された席は窓側の端。恐らくは一番人目に付きにくい席を選んでくれていたのだろう。着席した所で店の奥が慌しくなり、いつか見た顔の、一人のシェフが挨拶をしに来た。帽子を脱ぎ、深々と一礼をする。

 「いやあ十三年間お待ちしておりました! ようやく来ていただけましたね!」

 十三年前に長月荘住人だった烏橋明臣だ。その特徴ある名前と、あごに蓄えられた髭は昔と変わらない。年齢は確か四十台後半のはずだな。このお店の開店資金を切り詰める為に長月荘に来た住人であり、当時ものの見事に心の荒んでいた私とは、交代で晩御飯を作っていた戦友でもある。

 「もうそんなに経ちますか。すっかり遅くなって申し訳ない。俺もようやく踏ん切りを着けようと思い始めていましてね。しかし随分と繁盛しているようで、旧友として鼻が高いですよ。ちょっと予約時期が遅くなっちゃって、無理矢理捻じ込んだ形になっちゃってすみません」

 「いえいえ、直前でキャンセルが出ていたのでこちらとしては何も痛くないんですよ。そちらのお子さんが例の?」

 「そう、この三人が今の長月荘の住人ですよ。彼女達のおかげで俺は救われましたから。身も心もね」

 「そうですか。では本日は全て私にお任せ下さい。工藤さんを唸らせてやりますよ」

 私も含め、そこにいた全員が嬉しそうだ。


 運ばれてきた料理は何とフレンチのフルコースだった。随分と奮発してくれるではないか。私のお財布は大丈夫だろうか……。

 その味はさすがプロであり、私は全く敵いそうにない。三人もその美味しさに興奮しきりだ。

 「工藤さんの料理も好きよ。何ていうか、素朴?」

 「それあまり慰めになってないぞ」

 食事も終わろうかという所で再度シェフ烏橋がやってきた。

 「いやあ美味しかった。子供達も満足していますよ」

 「良かった良かった。今回のはですね、実はずっと前から考えていた、工藤さん専用メニューなんですよ。まず最初に工藤さんに召し上がって頂こうと、ずーっと本採用にせずに温め続けてきました。これでこのメニューも本採用、他の客様にもお出し出来ます」

 「いつの間にか物凄い重責を担っていたのか。これはもっと早く来るべきだったかな」

 「ははは。あーそれともう一つ、サービスでデザートもお出ししますね。私はまだ仕事があるのでこれで」

 「ありがとうございます。たまには長月荘にも帰って来て下さい」


 デザートを食べ終え、大満足の我々四人。さてお会計となったのだが、正直金額が怖い。「少しなら出しますよ」という子供達だが、ここは大人の意地があるのでそれを一切突っ撥ね、先に外で待っていてもらう。金額を見せる訳にはいかないからな。

 「お会計は締めて二万円になります」

 さすがに高いな……とは思ったが、思い出せばメニュー表にはコース料理で七千円や一万円という値段があった。それを考えるとマケけてくれているのかも。キッチリ現金で支払い、店の外へ。

 すっかりお腹一杯になったので、後はイルミネーションを横目に帰宅するのみだ。そのはずだった。



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