下宿戦闘編 10
淡々とした取調べが終わり、私はまた控え室代わりの会議室に戻った。次はサイキの番か。少し不安である。心細くなり、泣いてしまってはいないだろうか? そう思っていると、元住人の三宅が私の様子を見に来た。他愛の無い会話の後、三宅は神妙そうに言う。
「工藤さん、あの子も長月荘に泊めてあげたらどうっすか?」
あの子、昨日来た黄色髪のナオのことか。
「元からそのつもりだよ。サイキの話では更にもう一人増えるみたいだし、久々に賑やかになる」
何か、すごくほっとした表情でこちらを見る三宅。取調べを見られていたのか? まあ、大丈夫だ。私は希望を手に入れたのだから。
ドアが開いた。サイキだ。ちょっと目が赤いのは泣いた証拠だな。
「あ、じゃあ俺はもう行くっすわ。今度パトロールがてら寄りますよ」
空気を読む三宅。私の周りにはいい奴だらけだ。
「……怪我、ごめんなさい」
結局お前が謝るのか。まあいいさ、この子はそういう子だ。大丈夫だと頭を撫でてやる。未だ数日しか経ってはいないが、既に彼女との信頼関係は築けているはず。そうだ、本人が帰ってくる前に、あのナオという子の事を聞いておこう。
「なあサイキ、あのナオって子は、どういう子なんだ?」
私の質問に、少し考えた様子ではあるが、答えてくれた。
「うーん、真面目な子。戦闘では一番槍の担当。一番危険なポジションだけど、彼女は生き延びてきてる。ちょっと言葉がきつい所はあるけど、やさしい子だよ」
ふむ、まあ問題なく馴染めるだろうな。しかし一番槍か。心労が増えそうでジジイは健康に不安を抱えるぞ。
「年齢は? 背の高い子だからサイキよりも年上かい?」
「……分からない。わたし達、年齢なんて気にする余裕が無かったから。だからわたしも自分が何歳なのかは分からない」
そうか、そうだったな。一瞬一瞬が気を抜けない戦場でずっと過ごしてきたんだ。戦い以外の事を考える余裕など無いに等しいはず。まして今回のような者が跳梁跋扈する世界。生き抜くだけでも相当な苦労を重ねているだろう。
「……あの、今度からは、わたしもお料理作るのを手伝ってもいいですか?」
突然の申し出。一人増えた所で手間はそれほど変わらないが、手があるのならば多いに越した事は無い。構わないと言うと、嬉しそうに微笑んだ。ああ、この笑顔がいつまでも続けばいいのだが。
またドアが開いた。黄色い髪のナオと、刑事の青柳が一緒に入ってきた。
「工藤一郎さん、サイキさん、ナオさん、これで解放です。お疲れ様でした。あと工藤さんには個人的に少しお話があります。よろしいでしょうか?」
どうしても身構えてしまう私。
「……なんでしょうか?」
「渡辺一幸さんをご存知ですね?」
「ええ。元住人です」
「やはりそうですか。私は渡辺さんの紹介で、あなた方の監視役を任せられました」
なるほど、私が感じたなんとなくいい人っぽい、という感覚は、当たりのようだ。
「私はあの方嫌いですけど」
ははは。渡辺の奴め、どうやらとんでもない人をよこしてくれたようだ。
「そういえば報道規制も渡辺の仕業なんですか?」
「厳密には今回は違います。前回は規模もそれほど大きくありませんでしたから渡辺さんの力でも押さえ込めましたが、今回はあまりにも規模が大き過ぎました。誰とは言えませんが、さらに上の方が動きました」
「まあそうだよなあ、これだけの規模の戦闘で死者も出たろうに、簡単には押さえられないよな……」
「いえ、前回、今回ともに死者はゼロ人です。負傷者は出ましたが全員命に別状はありません。特に今回は敵が出現後、ゆっくりと降りてきたので車が踏み潰されるまでに時間があった事と、サイキさんの到着が早かったおかげで、避難が終わるまでの時間が大幅に稼げた事が幸いしています」
おおなんという奇跡か。「よしっ!」と嬉しそうに声をあげるサイキ。よくやったぞ。
「次は私、いいかしら」
さて新入りナオの番だ。
「自己紹介しておきますね。私はナオ。サイキと同じで名字だけ。名前はありません。第三槍撃部隊、第二分隊所属、一番槍担当です。よろしくお願いしますね。これでも結構強さには自信があるのよ」
「ああ、俺は……」
「知っています。工藤一郎さん。下宿屋長月荘のご主人ですよね。サイキからリンカーを通して最低限の情報は共有していますので」
あはははは……こりゃ真面目と言うよりもカタブツだ。
「それで……私も、長月荘に入居させて頂いてもよろしいでしょうか……?」
若干不安になる顔が見えた。ああ、こういう時に限ってSっ気が疼いてしまう。どうしようかと横を見ると、サイキが今まで見た事の無いにやけ顔をして私を見た。これは行けという事だな。了解した。
「その前に、この傷の謝罪を要求しようかなー」
「え、それは私にはどうしようもないもので……」
「サイキは私に傷を付けていないんだがな? それとも謝れない子なのかなー?」
「ぐぬぬ……わ、分かりました……。申し訳ありません。反省します」
中々によろしい。とはいえ、今回私の命を救ってくれたのは間違いなく彼女であるので、これ以上弄ぶのは止めてあげよう。
「はい、じゃあ我が長月荘への入居を許可しましょう。ただしあくまで下宿なんだから家賃は払ってもらいます」
「や、や、家賃……ですか……。ど、どうしよう……」
あれ? これが一番効いたみたいだ。
その後、監視という名目で青柳運転の車で長月荘まで送ってもらった。車中、二人が私の取調べを見ていた事が告げられ、謝罪された。
「警察も結構えぐい事しますね」
「……職務なので」
その行為には青柳自身も不満を持っていたようだが、仕方がなかったのだろう。私もそこまで咎めるつもりは無い。
道中、初めての車だと言ったナオよりも、渡辺と一度乗っているはずのサイキのほうが喜んでいたのは、恐らくあの時はそんな余裕など無かったのだろう。無事、とは行かないが、我が長月荘に到着だ。青柳はさっさと帰ってしまったが気持ちだけ百円硬貨三枚贈呈。そして玄関を開け、あの言葉を……。
「ただいま!」
「ただいまー」
「お、お邪魔します……」
「ナオ、家に帰ってきた時は、お邪魔します、じゃないでしょう!」
この子も言うようになったものだ。