ホンジツ極秘任務決行日。
僕は仕事を終え、妻と娘が待つ家に帰ってきた。
三ヶ月前に娘が生まれてからは、早く娘の顔がみたくて
会社の同僚からの呑みの誘いも全て断っていた。
妻はけして美人だとは言えないが、
愛嬌のあるかわいい顔で、学生時代に新体操をやっていたため
筋肉質のスレンダーなスタイルの良い女性だ。
要するに自慢の奥さんというわけだ。
玄関を開けたら優しい妻の笑顔と娘の顔、
そしてあたたかい夕食が待っている・・・
はずだった。
「ただいまー!」
玄関のドアを開けた。
いつもならすぐに駆け寄って来てくれる妻の姿がない。
それどころか家の中が恐ろしく静まり返っている。
何か胸騒ぎがした。
恐る恐る薄暗い廊下をたどり、リビングにたどり着くと
そこには暗闇の中で息を潜めたままソファーに座る妻の姿があった。
「帰ってきたのね、A-360。」
妻が静かに声を出した。
(A-360??いったい何を言ってるんだ??)
妻の訳の分からない言葉に苛立ちながら僕は問いかけた。
「電気もつけずにどうしたんんだ!?」
妻はちょっと不思議そうな顔をして、
こう答えた。
「まだ記憶が戻ってきていないようね。
今夜が任務決行の日なのに、困ったものだわ。」
「任務??いったい何の話だ!?」
僕は完全に怒っていた。
妻と娘の顔を早く見たい一心でまっすぐに帰宅したと言うのに、
それに仕事での疲れも重なって、かなり苛立ってしまった。
「まあ時期に記憶が戻ると思うけど、
時間がないんで一応説明するわ。
いい? まずあなたと私は本当の夫婦ではないの。
組織が計画した極秘任務を遂行するために夫婦を演じてるだけなのよ。
私はあなたの本当の名前すら知らないわ。
A-360。
あなたのコードネームよ。
それしか私は知らない。」
妻がまた訳の分からない事を畳み込むように話してきた。
その時ハッ!と思い出した。
娘の姿がどこにも見当たらないのだ。
私がキョロキョロと部屋を見回していると
妻がさっしたのかこう言った。
「あれを探してるの??」
妻が指を指す方に目をやると、
床に横たわる赤ちゃんの人形。
「バカにしてるのか!?
人形じゃないか!!」
僕は妻をどなりつけた。
「困ったわね・・・。
早く記憶が戻ってくれないとホント困るわ。
あのね、さっきも言った通り、私とあなたは夫婦ではないの。
だから赤ちゃんもいるわけがない。
これはね、組織がリアリティな記憶を埋め込むために
作り上げた小細工なのよ。
私も記憶が戻るまではこの人形を本当の赤ちゃんだと思って
きっとあやしてたろうけどね(笑)」
いったい今何が起こっているのか、
僕には全く理解できていなかった。
まてよ、昔見た映画でこんな感じのやつがあったな。
SF好きな僕はその手の映画をしこたま見ていた。
どの映画だったか忘れたが、確かこんなシチュエーションの
映画を見た覚えがある。
冷静に考えたらあまりにもバカげた話だが、
突然の事にパニくっていたし、
まずい事に僕のSF好きがこの状況を無理やり理解しようとしていた。
「極秘任務を決行する日が来るまで、秘密を外部にもれないために
組織は私たちの記憶を書き換えていたのよ。」
妻の訳の分からなかった言葉が、
だんだんと分かってきたような気になった。
僕はまだ記憶が戻っていないだけなんだ・・・。
早く記憶を戻して任務を実行しなければ!
僕はあせっていた。
記憶を早く戻さなければ任務を遂行できないし、
下手すれば僕は組織に殺されてしまうだろう。
「そろそろ時間よ!
あなたの記憶が戻っていようがなかろうが、
任務を遂行しなければ私の命も危ないわ!
始めるわよ!!」
「わ、わかった!」
僕の記憶はまだ戻っていなかったが、
そうするしかないだろう。
「あなたはこれを完全に他の人の手に渡らないように消滅させて!!
私はその間に別の任務を遂行しているわ!
終わったらまたこの場所で落ち合いましょう!!」
渡されたものは小さなバック一つ。
5キロ位はあるだろうか?
「念のために言っておくけど、バックの中身は私もあなたも見てはいけない。
そしてこの任務は誰にも見られてはいけない。
いいわね!?」
「わかった。すぐ始めるよ!」
僕は何だかわくわくしていた。
僕は極秘任務を遂行するために選ばれた人間なのだ!
言われた通り僕は誰にも見られないように
人気のない山奥に向かった。
ここでこいつを燃やしてしまおう。
僕は持参したガソリンをバックにふりまき、
ライターを取り出した。
この時点で未だ僕の記憶は戻っていない。
このバック、いったい何が入っているんだろう・・・。
見てはいけないと言われていたが、
好奇心旺盛の空想力豊かなSF好きな僕には
どうしても止められなかった・・・。
そしてバックの中を開けた・・・。
任務を完了した僕は再び家に戻ってきた。
そこには同じく任務を終えた妻が待っていた。
「誰にもみつからないように任務はちゃんと完了できたのね?」
「あ、ああ!完了したよ!」
慌てて僕は答えた。
バックの中身を見た事は内緒にしないとな。
「よかった。
任務は完了したわ。
あなたとここで夫婦として暮らすのも終わりね。」
「そうだな。
どうだい?このまま本当の夫婦としてここで
これからも一緒に暮らすっていうのは?(笑)」
冗談ぽく僕は言ってみた。
「よしてよ、冗談じゃないわ!」
彼女は苦笑いをしながら、
冗談とも本気ともつかない言い方で答えた。
「じゃあこれで・・」
彼女は大きな荷物を持って玄関を出た。
「これからどこへ行くんだい??」
僕がたずねると、
「・・・極秘任務よ!」
彼女少し笑って答えた。
「そうか、じゃあ元気で!」
おかしな事に僕の記憶はまだ戻っていなかった。
けど、きっと時期に戻るだろう。
そしてまた次の極秘任務につかないとな。
僕はしばらく玄関先から彼女の後姿を見つめていた・・・。
「うまく言ったわ!
あなたって天才ね!」
「そうだろ!?
絶対うまく行くと思ったんだ!
SF好きな空想野郎、おまけにちょっと病んでるやつなら
絶対だまされると思ったんだよ(笑)」
「じゃまだったあいつとの子供も、
あいつ自身が始末してくれたしね(笑)
これであなたとずっと幸せに暮らせるわ!」
男と女は真夜中の公園のベンチで抱き合った。
グサッ!!!
突然鈍い音がした。
女の顔に生暖かい液体が降り注ぐ。
見上げると男の顔から血が吹き出ていた。
「キャーっ!!!!」
女は叫んだ。
血が吹き出ている男を見たからではない。
血だらけの包丁を持ち立ち尽くしている、
かつての夫の姿がそこにあったからだ!
「思い出したよ・・・
極秘任務をね・・・。」
「や、やめて!」
女の命乞いも虚しく、
血だらけの包丁は女の心臓をめがけて振り下ろされた。
「俺の極秘任務は・・・
俺の大事な娘を殺して、浮気相手と逃げようとした
わるーい、わるーい妻を殺す事だったよ!!!」
THE END