そして、2 月14日 2
「もーー!!理沙、なにやってんのよ!! 」
優理花ちゃんと由希ちゃんはテンパって部室に戻ってきた私を叱った。
「もともと3人で渡しに行こうって行ってたじゃん。なのにフライングしたあげく、何あれ? 」
「ごめん。抜け駆けするつもりじゃなかったのに、ごめ〜ん」
ひたすら平謝りに徹する。
「藤波先輩に一人ずつなんて、渡しにくいから皆で行こうって言ってたの理沙でしょ。学校着いてからの理沙、何だかおかしいよ」
と、優理花ちゃん。
「それはいいとして、せっかくのチャンスだったのにあの渡し方はないでしょ」
と、ダメ出しをする由希ちゃん。
ううう……すみません。
どうやら藤波先輩に先にチョコを渡そうとしたことより、藤波先輩を前に敵前逃亡してきたことを叱られている様子……
女の子同士の嫉妬ほど怖いものはないので、抜け駆けしたことに怒っているのかと思いきや……はて。
「罰として理沙には部活終了後、私たちの為に藤波先輩を呼び出してきてもらうから、よろしくね」
えーーーー!!
ニヤニヤしながら恐ろしいことを言い出す二人が悪魔に見える。
無理です!!そんな、先輩を呼び出すなんて恐ろしいこと!!
反対にシメられます!!
重い足取りで剣道場まで歩く。
重いのは担いでいる防具のせいではない。
はあ……どうしよう。
どうやって声をかけりゃいいのよ……。
ピカピカに磨かれた剣道場に、一礼をして入る。
防具を隅に置き、まずはウォーミングアップ。
準備運動をし、外に出てグラウンドをランニング。
再び道場に入り、部員全員がずらりと並んで座礼、黙想をする。
竹刀を手に取り、部長の号令のもと、素振りを正面、斜め、上下と30回ずつ行う。
これが、慣れないうちは腕がプルプルくるのよね。
その後跳躍素振りを30回。
1年生はさらに素振りと跳躍素振りをもう1セット追加。竹刀を持つ手に気をとられると足さばきが疎かになるし、反対もまた然り。
3年生は夏のインターハイを最後に引退したから今は居ないけど、2、3年生はこの後防具を着けて二人一組で面打ちや掛かり稽古や地稽古といわれる稽古をする。
基本練習を済ませたら当番で1年生が給湯室にお茶を沸かしに行く。
それを水に浸けて適温に冷やし、休憩時に配る。
剣道部にはマネージャーがいないから、昔は女子部員の仕事だったらしいんだけど、今は男女平等に当番制になっている。
そして、今日は理沙がお茶当番だった。
練習が始まるまでは由希たちの言葉に動揺していたが、ランニングや素振りに集中しているうちに気持ちは落ち着いてきた。
依然として、どのタイミングでどのように藤波先輩に声を掛ければよいのか、さっぱり見当つかないのではあるが。
大きなヤカンを火に掛け、その炎を見つめながらしばしの妄想タイム。
「天然理心流の平晴眼の構えってさ……こうだったっけ?」
理沙が右足を引いて、エア竹刀を中段に構える。正面から斬りかかってくる幻の斬撃を避けつつ左足を大きく引いて右小手、胸元を突く。
沖田総司はこの突きを一瞬の内に3回打突したという……。
「えい、えい、えい!」
なんちゃって。
ヤカン顔の幻の敵に三段突をお見舞いすれば、敵はしゅんしゅんと湯気を吹いた。
よいしょっと。
沸いたヤカンを今度は、水道に持っていき、水を張った盥に浸ける。
盥の水が直ぐに湯になるので、水を入れ替えながら飲み頃になるまで冷やす。
夏と違って冷え冷えにしなくて良い分、冬のお茶当番は楽だった。
待っている間もさらに理沙の新撰組妄想は続く……。勿論、沖田総司の顔は藤波先輩で。
「沖田さん、助太刀いたすーー!」
上段に構えたエア竹刀をヤカン顔の浪士に向かいーー
「ザクっ」
なんちゃって。
まさか、こんなイタイところを誰かに見られているなんて思いもしない理沙は大いに盛り上がっていた。
頃合いに熱が取れたヤカンを、よいしょと盥から引き上げ、雑巾でヤカンの水気を拭い、盥の水を流すと両手に力を入れてヤカンを持ち上げる。
毎度毎度、短距離ならまだしも剣道場までの距離をお茶のたっぷり入ったヤカンを運ぶのが大変なんだよね。
しばらくうんしょ、うんしょと運んでいると、どこからともなく今日も藤波先輩が現れた。そして、理沙の持っていたヤカンを片手でさっと攫っていく。
「持つよ。」
「ありがとうございます!! 」
「……」
「もう休憩時間ですか?遅くなってすみません」
「いや……」
入部当時は自分の仕事を全うしないと先輩に叱られる!! と思い何とか奪い返そうとしたけれども、もう何度目かのシチュエーションなので、有り難くお任せすることも覚えた理沙だった。
もしかして、今がチャンスですか?
朝の友人の言葉を思い出し、ゴクリと喉を鳴らす。
勇気を出せ、私。
「あのっ、せっ、先輩っ。きょ、今日のぶ、部活の後っ、お時間いたたた…いただいてもぉっ」
「……」
声が裏返るわ、どもるわ散々である。顔から火が出そう。きっと顔真っ赤だ!!
さっきまで、普通に喋れてたのに、意識するとなんでっ?
喋れてるとは言ってもお礼とお詫びの言葉を少し言っただけなのだが……理沙は、穴があったら入りたい、そんな居たたまれない心境にいた。
藤波涼はそんな後輩の様子が可笑しくて、可愛くて、つい吉田理沙に構ってしまうのが常だった。
「吉田、落ち着け」
と藤波は理沙に言ってみたが、軽くパニック状態の理沙に届く筈もなく……。
「分かった。部室棟の下で待っていて」
と、返答をもらった理沙だったが、脳まで届いたかどうか怪しかった……。