そして、2 月14日
バレンタインデー当日……。
「あ〜、眠い」
昨日三人で作った友チョコの入った紙袋を片手に持ち、反対の肩にはスポーツバッグ。バッグの中には、藤波先輩に贈るチョコを忍ばせている。
昨夜、お菓子をラッピングし終わり、時計を見ればすでに午前0時。
明日の部活に備えてバタバタと寝たが三人共明らかに睡眠不足だ。
電車を降りて、通学路を歩く。
部活の集合時間より少し早い時間だ。
土曜は、部活以外の生徒は登校しないので、平日よりは静かなはずだったが、学校に着いてみると、校門前が騒がしかった。
登校の際には、原則制服着用が校則で決められているので、その人だかりが我が県立高の生徒だと言うことは容易に知れた。
今日部活がある誰かにチョコを渡すため、校門前で待ち伏せをしているといったところか。
その中には、剣道場の周りでよく見る顔ぶれも沢山いた……。
その殆どが藤波先輩にチョコを渡すのだろう、手には贈り物が入っているだろう紙袋を提げて、ソワソワしていた。
その様子から藤波先輩がまだ登校していない事を察した。
「部室に行こう」
集団を横目に見て校門を通過する。 他の部員と藤波先輩、明らかに差のあるチョコを皆の前で渡すのはさすがに気まずいかな……。
今更ながらそんなことが気になってくる。
別に彼女の座を狙っている訳じゃない。でも、お義理の友チョコとも思われたくない。理沙の気持ちは複雑だった。
いっそのこと告白して玉砕する?
……そんなの恐すぎる。
そもそも皆と違って、私、先輩に沖田総司フィルターをかけて見ていたかも。
本当に好きなのかな……
どうしよう。本当に渡す?
気持ちはどんどん怖じ気づいていた。
運動部の部室棟はグラウンドの脇に建てられたプレハブの2階建てアパートのような造りになっていた。
その2階部分に男子剣道部部室と女子剣道部部室とが並んでいる。
理沙が女子用の部室ドアを開けると、2年生の先輩部員はまだ来ていなかった。
自分に充てられたロッカーを開け、道着に着替える。
三人が着替え終わった頃、先輩部員が次々と入ってきた。
「おはようございます!! 」
運動部は特に挨拶についてうるさい。
後輩から挨拶をすることは、入部の際に厳しく教えられていた。
「1年女子からです。先輩、良かったら食べてください」
透明のラッピングバッグに包まれたチョコを挨拶と共に一人ずつ手渡した。
「ありがとう」
今時女子同士の友チョコのやりとりなど、珍しくもないので、先輩たちはにこやかに受け取ってくれた。
2年生女子剣道部新部長の吉備芳香先輩は、先輩の中でも面倒見が良く、見た目も中身もボーイッシュで、1年女子に人気がある。
そんな吉備先輩にチョコを渡す栄誉を得た理沙は、同性ながら少しドキドキした。
「先輩、1年女子からです。良かったら食べてください! 」
「ありがとう、吉田、川村、木村。ところで、吉田は藤波には渡さないの?」
「え?」
なぜ、それを?
「う〜ん、まあいいや。プライバシーだよね。チョコありがと」
吉備先輩は意味深な台詞を残して、爽やかに去っていった。
とりあえず……用意していた小箱には巨大なハート形クリスピーチョコは入らなかったので、ラッピングは友チョコと一緒にしてしまったし、どさくさに紛れて渡してしまおう。
そう決心して、隣の男子部室へ赴くべく女子部室を後にした。
女子部室を出たところで、階段を上がってきた藤波先輩と当麻先輩に出会ってしまった。
いきなりのラスボス登場……じゃなかった、本命登場にすっかり気が動転してしまう。
うちの剣道部2大スターはそれぞれ校門で待ち伏せしていた女子に貰ったであろうチョコの包みを山程抱えていた。
「お、おはようございます!! 」
無駄に力の入った挨拶をしてしまったぁ!!
理沙の心臓はバックバック異常な速さで脈動していた。
「おはよう、吉田さん」
人当たりの柔らかい当麻先輩がにこやかに挨拶を返してくれた。
「おはよう、吉田。どうした? 」
藤波先輩の挨拶にささやかな胸がキュンキュン、 バクバク……
緊張しすぎて目が回る……
「あの!!これ1年女子からです!! 」
と、紙袋ごと当麻先輩に押し付けて、逃げるように女子部室に戻ってしまった。
本命のつもりで作った藤波先輩用チョコは紙袋の一番上に載せられたまま……
「……」
「かわいいよね、吉田さん」
絶句して理沙の消えていった女子部室のドアを凝視していた藤波の横で、当麻は、理沙から受け取った紙袋の中を改めながら暢気に言った。
「はい。これ、涼にでしょ」
「……」
当麻が藤波に差し出したチョコは、紙袋の一度の上に載っており、他のチョコより一際大きいハート形をしていた。
こうして理沙の用意した藤波先輩用チョコは、当麻によって無事本人に届けられた。