起請文を書こう
「よろしくお願いします!!」
お姉さんの罠にまんまとかかった自覚は頭の片隅にあったけれど、まあいいや!!
決めたからには頑張りますよ!!
お姉さんのくの一を見てから一度着てみたいとは思っていたし、新撰組もやってみたい!
何だかショーの修行って何をするのかワクワクするね!!
「じゃあ、まず修行を始めるにあたって起請文を書いてもらいましょうか」
私はお姉さんに連れられ、再びお爺さんの控え室に戻ってきていた。
お爺さんがテーブルの前に向かい合わせに座ったので、面接するのかな、と思っていたら、お姉さんがウキウキと白い紙とボールペンを差し出す。
起請文って何?履歴書なら知ってるけど……。
「もちろん履歴書も出してもらうけど、起請文って言うのはね、覚えた忍術を自分の慢心の為に使いませんって神仏にたてる誓いなの」
そんなオーバーな……たかがショーの為の殺陣の練習くらいで……。
「飛燕のショーメンバーに入ってもらうには必要条件なんだけど……」
「ちょっと待ってください。飛燕ってただのショーレストランですよね? 」
「……」
お姉さんがお爺さんに何やら目配せをした。
「もうメンバーになったようなものだから言うけど、飛燕のショーメンバーは正真正銘、忍者だよ」
えっと、それは浦安にいるネズミキャラは着ぐるみじゃないよとか、サンタクロースはパパじゃないよとか……そういう設定の話ですよね?
その時、ドアが開いて先輩と先輩のお兄さんが入ってきた。
「何やってるんですか……お爺さんまで一緒になって」
「いや〜、理沙ちゃんが涼の公演見て、ショーメンバーに入りたいっていうから説明してたのよ」
え?
話変わってませんか?
ジトっとお姉さんを見る。
こそっとお姉さんが近づいてきて、私の耳許で囁く。
「涼と一緒にいる時間が多い方が嬉しいでしょ」
まあ、それはそうですが。
「涼と両想いになれるかもよ! 」
「いや、それはもう……」
ねぇ、先輩?
「えーーーー!! 」
お姉さんはすっとんきょうな声を上げた。
「理沙…本当に?」
先輩が真剣な表情で問う。
飛燕に入りたいのかってことですね。
「はい!! 」
満面の笑みで答えた。
先輩と一緒にいたいという思いも本当。
先輩に近寄る女性を牽制したいのも本当。
だけど、なんて言っても面白そうなんだもの。
「それじゃ、理沙ちゃん。ひとつ花嫁修業って事で頑張るか!! 涼、鍛えてやれ。お前自身の修行にもなろう」
お爺さんが爆弾を投下……。
「花嫁修業って……」
絶句する先輩と私。
「関係ないですよね、俺達の母さん忍者修行してませんからね〜」
「お爺さん、完全に面白がってるわよね」
「騒動の種を蒔いたの姉さんでしょ。二人をフォローしてあげて下さいよ」
「良いじゃない、そのままで」
「俺知りませんからね」
爆弾によって真っ白になっている二人の後ろで、お兄さんとお姉さんは長閑に喋っていた。
「先輩も起請文っていうの書いたんですか? 」
部屋を先輩の控え室に移り、私は再び真っ白な紙に向かっていた。
部屋には先輩と私と二人きり……。
先輩と並んで座って、ちょっとドキドキしてます。
「うん。字が書けるようになった6歳の頃に」
そんなに前に……。
「でも、今思えば修業自体はもっと早くからやらされていたのかも」
「そうなんですか……」
「そういう家系だったから、姉も兄もしていたし、そういう遊びだと思っていたから」
「花嫁修業っていうのはともかく……理沙が本気なら手解きするし……」
するし?
「理沙と一緒にいられるのは、俺も嬉しいよ……」
「先輩……」
見つめあう風になって、なんだかいい雰囲気……キスですか?キスしちゃいますか!!
「じゃあ、俺が言った誓いの言葉を書いていってくれる? 」
……ガックシ。
「はい」
「起請文。
私は忍術を学ぶにあたり、忍者の掟に従い次の事を誓います。
壱、学んだことを悪事には使いません。
弐、師の言葉には必ず従い、教えに背きません。
参、秘密は堅く守ります。
ひとつでも誓いを破った時には如何なる罰も受けます。
それと、末尾に今日の日付と、理沙のフルネーム」
「……吉田、理沙っと。書けました。ちなみに先輩、『師』って誰になるんですか?」
「お爺さんが俺に任すって言ってたから、俺かな。教えに背いたら『お仕置き』だからね」
私の書き上げた起請文を懐に入れつつ、先輩がにっこり微笑んだ。
ひぃーーっ!!
ニコッと天使の微笑みを浮かべてらっしゃいますが、言っていることは恐ろしいです、先輩!!
さっきまでの甘い雰囲気カムバーーック!!




