ようこそ、忍者レストラン
なにこれ? なにこれ?
藤波先輩に連れられて着いたのは、レストラン……?
しかも、時代劇に出てくるような和風な芝居小屋をイメージした外装で、屋根の近くにマネキが吊られ、敷地には色とりどりの幟が風になびいていた。
室内には舞台のようなものが設えてあって、どうやらお芝居を観ながら食事ができるようだった。
日曜の昼間ということもあってか、席は満員御礼。
「吉田、何頼む?」
藤波先輩が、メニューを理沙に見えやすいように、広げて見せてくれた。
なになに……?
忍者うどんに、忍者オムライス……?
メニューから現物が想像できません……。驚かせるのが目的か、メニューに添えられた写真からは、忍者らしい特徴は判別できない。
「チョコのお礼に奢るから、好きなの頼んで」
ほんとに? やったーー!!
理沙は部活を終え、お腹が空いていたのもあって、好物のオムライスを注文することにした。
オーダーを取りにきたお姉さんが、忍者の格好をしているのは驚いたけど……。
メイドカフェや執事カフェに並ぶ新手のコスプレレストランなのかも知れない。
周りを見れば、明らかに方言の違うお客さんや、店員さんと子供とを記念撮影しているお客さんもいる。
忍者で町おこしをしている地方都市ならでは……なのか?
先輩……こんな趣味が……?
う~~ん、御希望なら私も頑張ってみますが……。
舞台に目をやれば、上手、下手には細い竹がたくさん置かれていてまるで竹薮のよう。
客席のライトが、食事できる程度に照明が暗くされた。
何かが始まる予感……。
わぁーー、なにが始まるんだろ!!
楽しみ〜
隣に座った藤波先輩を見上げると、先輩も私を見ていて、ニコッと微笑んでいた。
キィーーーン。
金属が打ち合う高い音が響いた……。
舞台全体が、うっすらと霧のようなものに包まれてきた。ドライアイスだ、多分。
ザザザッ。
くの一が切羽詰まった様子で表れた。
……今度のくの一は赤くて丈の短い衣装を着ていた。可愛い!!着てみたいかもっ!!
くの一が舞台中央まで来たとき、5人の黒い羽織を身に付けた侍が追い掛けて現れて、くの一を取り囲んだ。
侍達はジリジリと白刃をきらめかせながら、間合いを詰めてくる。
くの一さんは短刀を構えて、攻撃に備えている。
コイツら敵だ!!
逃げて!!くの一さん!!
声には出さないけど、必死に応援した。
ドキドキドキ……
一人の侍が刀で斬りつけようとした、その時。
パンッ
破裂音と共に、舞台中央で煙幕が発生する。侍達はその音と煙に泡を食い怯んだ。
舞台上手から、今度はカッコイイお兄さん忍者が登場。衣装はブルー。
そのお兄さん忍者が、煙幕にけぶる舞台上で5人の侍と斬り結ぶ。
ギィン、ギィンと金属音が響く。
舞台中央にくの一とお兄さんが背中合わせになって、周りを侍達が取り囲んでいる。
ジリジリと再び間合いを計る。
侍の一人が斬り掛かったのを皮切りに、斬り合いが始まる。
お兄さん忍者が手裏剣を投げ、侍をひとり倒した。
忍者と侍の殺陣の迫力にすっかり飲み込まれた理沙が身を乗り出しているのを、藤波は満足げに見ていた。
舞台ではくの一とお兄さん忍者が侍達を敗走させた。
お兄さん忍者はヒラリと土塀に飛び上がりくの一に手を貸した。
くの一は塀に刀を立て掛け、それを足場に、片手をお兄さん忍者に預けてヒョイと登り、刀を回収すると二人仲良く土塀の向こうに飛び降りた。
すると、舞台上手から今度は厳めしい顔のお爺さんが悠然とした歩みで現れた。いかにも頭領か黒幕といった風貌。
「伊賀者に逃げられた、だとぉ」
嗄れた声は、静かだが迫力がある。
それは、ショーが始まって初めて聴いた台詞だった。
「ふん、まだこの辺に潜んでいるやも知れん。捜しだせ!!」
お爺さんが手を客席に向けて振ったのを合図に、子飼いの浪人風な侍がワラワラと現れて客席をウロウロし始めた。
客席の反応は様々。
参加型のショーだと判断し選ばれまいと顔をそむける大人。
急に近づいてきた黒い侍に怯える幼児。
好奇心剥き出しでのめり込んでいる理沙。
藤波の近くのテーブルに座る小学生男児は何となく悪者っぽい集団に、お兄さん忍者とくの一を守ると決めたか、そわそわしながらも、土塀の向こうに消えたことを言わないよう口を引きむすんでいた。
横を見れば、理沙も同じ表情をしていた。
黒幕らしきお爺さんと目が合った。
……嫌な予感。
ニヤリとお爺さんが口を歪めて笑った。
近くの侍に指示を出すと、案の定こちらにやってきて、理沙は舞台に連れていかれた。
そして、藤波も……。
え?え?え?
どうしたらいいの?
藤波先輩も連れて来られちゃった!!
「お前たちも、伊賀の手の者か」
お爺さんが台詞を言い、マイクを突き出される。
え?え?
即興劇するの?
正直に答えるの?
「えと。伊賀市出身ではありますが、忍者ではありません……」
「名前は?」
「理沙です」
「そうか。さっき取り逃がした忍者が何処に逃げたか、理沙ちゃんは見ていたか?」
どうしよ〜。
「み……見てません」
観てたけど。
「本当か?」
「本当です〜」
嘘だけど〜!!怖いよ〜恥ずかしいよ〜!!
「怪しいな……。おい、理沙ちゃんを掴まえとけ。今度は逃がすなよ」
観客が、先程くの一に逃げられた事を思い出して、わははと笑う。
お爺さんが今度は藤波先輩にマイクを向ける。
「こんにちは!!」
「……こんにちは」
「お前は理沙ちゃんの彼氏か?」
「……友達です」
お爺さんの片眉がヒョイと上がる。
予想外の返答だったようだ。
いや〜ん!!恋人に見られてたんだ〜やっぱり!!
嬉しいかも〜!!
「お前は理沙ちゃんを助けたいか?」
ドキドキドキ……。
「助けたいです」
「ならば、あっちの畳に手裏剣を投げてみろ。5枚のうち、3枚刺さったら逃がしてやる」
お爺さんは、藤波先輩に5枚の手裏剣を手渡した。
「……」
藤波先輩は、しばらく手の内の手裏剣を眺めると、
シュッ カッ
シュツ カッ
シュツ カッ
シュツ カッ
シュツ カッ
と、5枚全部命中させた。
さすがーーー!!
先輩カッコイイ!!
「お見事ぉ!!拍手〜!!」
お客さんもワッと喜び、拍手してくれる。
私も手が痛く成る程拍手した。
「お名前は?」
「……涼です」
何故だか嫌そうに返事をする先輩。
「涼くんと、理沙ちゃんにもう一度拍手を〜」
パチパチパチパチ……。
恥ずかしかったけど、楽しかったね?
お手伝いのお礼にと、お爺さんから忍者シールを貰った。あはは。
先輩とのお出掛け記念に大事にしよう。
ショーが終わって、食事を終えたお客がぞろぞろと出ていく。
藤波先輩はまだ席から立たない。
完全入れ替え制だとアナウンスが流れ、次のショーは1時間後だと告げていた。
出なくていいのかな……と先輩の様子を窺っているうちに出入り口の扉が閉じられた。
藤波先輩……?
「楽しかったぁ!!連れてきて下さってありがとうございました」
座ったままで、ペコリ。
「良かった。吉田、こういうの好きだと思った」
ニッコリ笑顔を返してくれた。
ドッキュン。
好きなのは先輩です!!って、喉まで出そうになった!!あわわっ
「よくご存じで……」
私の事を見てくれてるって事だよね〜。なんだか、幸せ〜!!
先輩がニコニコしている。
私もニコニコ。
「おーー! 涼来てたな!」
「……お爺さん」
先程の黒幕な強面のお爺さんが再び登場。
何で、先輩の名前?あ、さっき自己紹介したっけ?
……って。お爺さん??




