〆 第二章
「よし、今日はここまで!」
ソウタさんは片手をあげ、宣言した。そして笑顔になり、わたしたちにお疲れさま、と声をかけてくれた。
全員その声にホッとし、緊張により張りつめていた空気がゆるんだ。
それはもう真剣に特訓していたわたしは、床に座り込んだ瞬間、自分がかいている汗の量が尋常ではないことに気づいた。他の皆もそうだ。ユウの髪の毛が額に張りついている。荒い息を肩でする彼はちょっといろんな意味で魅力的だった。
皆、何も言わず息を整える。息の音だけがホール内に響いていた。
わたしが、お疲れ様ですと声をかけようとした瞬間、ふいにドアが開いた。
「あら、声がすると思いましたらD組の皆さんでしたの、ごきげんよう」
入ってきたのは、サラサラの長い黒髪をなびかせて立っている美少女。B組のクラス委員長兼B組応援団長のカノコである。
彼女は座り込んでいるわたしたちを見降ろし、少し顔を背けた。
きっと汗まみれのブタどもの近くにいるなんて吐き気がしますわ…とか思っているんだろう。ちょっと殴りに行きたい。
カエデは彼女に気づくとムクッと起き上がり、カノコをキッと睨む。
ライバル関係にある二人の間に火花が散る。先に目を逸らしたのはカエデだった。彼は自分の着ている学ランを指差すと、尋ねた。
「B組は注文していた服、来たかい?」
カノコはふんっと鼻をならし、蔑むようにカエデを見やった。
「まだですわね。あなたたちみたいな、そんな下品なものではありませんし。わたくし達のは凄いんですのよ!」
「へぇ~?君達のは、デザインがすごーくダサいから、業者が作るのも大変なんだろうね~」
それを苦笑いしながら聞いていたユウが、ふとカノコを睨んで尋ねた。
「ところで、なんでカノコがいんだよ」
確かに。今日、練習するのはわたしたちだけで、ほとんど学校貸し切り状態だと学園長が言っていたのに。カエデがちゃんと頼んだはずだ。
その質問を聞き、カノコはにやりと笑った。
「学園長にちゃんと許可を貰いましたわ」
「くそっ、あのハゲ親父め…!」
カエデが舌打ちをし、眉間にしわを寄せて学園長を罵った。
我が黒龍学園の長は、少し頭の皮が髪の毛の間から見え隠れしている(簡単に言うとハゲ)ものの、とても優しい男性である。
「負けないからな」
「所詮D組、負ける方が難しいですわ」
二人の間に散る火花は更に激しさを増した。今度はカノコが先に目を逸らし、再びドアをあけた。
「ま、私の優秀な下僕どもの手にかかれば、あなたたちも散りゆく運命にあるのですわ!」
カノコは、オーホホホホホと高笑いしながら、モデルの様な歩き方で多目的室を去っていった。
わたし、生まれて初めて「オーホホホホホホホ」って笑う人見た………まさか出会うとは思ってもいなかった。
カエデは拳をぎゅっと握りしめ、床をガツンと叩いた。
「ぜってぇ負けねぇ…!」
「……同じく」
ショウも珍しく燃えている。先程のカノコの挑発に乗ってしまったのだろう。確かにあの言い方は少しむかつく。
その後、わたしたちは同じように着替えて学ランを脱ぎ、それは各自家に持って帰ることにした。
下手に学校に置いておいて、汚いB組の連中にボロボロのビリビリにされたらたまったもんじゃないからね。行動は先読みするほど得をする。
カエデはいつものカッターシャツになると、珍しく持ってきていた小さい鞄を手に持った。
「帰るかー…コンビニ寄る人とかいない?」
「はい!」
わたしは元気よく手をあげた。何か飲むものとか冷たい食べ物が欲しかったから。アイスでも買って食べようかな。
しかし手をあげたのはわたし一人だけのようだった。
カエデは少し苦笑いすると、私を促して兄を見た。
「じゃあ行こうか、お先に失礼するよー」
わたしと灯火兄弟は多目的室を後にした。