〆 第二章
ソウタさんは鞄から何かノートを出し、ぺらぺらと捲った。ちらっと見えた表紙には『黒龍学園高等部D組応援団振りつけノート』と書かれていた。
わたしたちの為にノートまでつくって、真剣に考えてくれてるんだ…ちょっと感動した。カエデは絶対こんな事しなさそう。
「じゃあ…アバウトでいいんだ。どういうのにしたい?」
彼はわたしたちに問いかけた。わたしがうーむと唸っていると、真っ先にユウが言った。
「超カッコいいやつ!」
「うわ、アバウト」
確かに超カッコいいやつは、生徒や先生の印象に残りそうだ。
続いてカエデとショウも発案する。
「ダンスとかどう?兄貴体育科なんだからできるよね。ダンスビデオだしてるし」
「……女子が引き立つような何か」
アヤリがそれを聞いて、パッと顔を輝かせる。
「女子と言えばチアガールでしょ!あ、でも学ランでチアダンスはないか」
「ミスマッチですね」
学ランでかわいいチアダンスなんてやったらシュールすぎて、それこそ深く印象を残すことになるだろう。悪い意味で。
ソウタさんは頷くと、こう言った。
「なるほどね…OK。皆の意見を混ぜて考えてみる」
彼は十分程度で振り付けを考えてくれた。
それは、もう天性の才能さえも感じるほどまとまったものだった。どういうものかは内緒ね。
わたしたちは、彼が考えた振りに度肝を抜かれると、気合いを入れ直し、だいたい覚えるまで練習した。
ソウタさんのお手本を見ながら、見よう見まねで踊ってみると、だんだん楽しくなってきた。そして三回も繰り返すと、最初の方は完璧に覚えてしまった。
休憩時間に、ソウタさんがタオルで汗をふきながらカエデに尋ねた。
「応援歌ってあるのかい?」
「確か…あったような気もする…振りだけではなかったから、多分学園長はやれっていうだろうな…」
床にぶっ倒れて、水でぬらしたタオルを額に乗せているカエデが息切れしながら答えた。
アヤリはそれを聞いて、疲れなど吹っ飛んだかのような笑顔で言った。
「応援歌は、自分たちでつくるのよ!素晴らしい歌詞つくって、他のクラスを圧倒してやりましょう!」
「じゃあ、これを歌ってみてくれないかい?」
「え…なにこれ」
ソウタさんがアヤリに手渡したのは、何か文が書いてある紙だった。アヤリの問いに彼は疲れ笑いを浮かべて答えた。
「ぼくが一応作ってみたやつなんだけど。どうかな?」
わたしはその紙を覗きこむ。歌詞は書いてあるけど、メロディーはついていないようだった。
さすがのソウタさんでも作曲までは時間がなかったよね。一日でそこまでこなすなんて人間にはほぼ不可能だ。
「それなら、メロディーは私が適当につくっておくね」
アヤリはさらっと凄いことを言ったが、まあそれはそれで頼もしい。ということで任せることにした。
ユウやショウ、カエデも同じように紙を覗きこみ、歌詞の内容を確認した。
「じゃ、これ使おうか」
「酸性…いや、賛成!」
「確かにおれたちがつくってるヒマなんてないもんな」
「そうですね。やっぱり歌があった方がいいです」
「……酸性」
「ショウ、なんで誤字を訂正しないんだい?」
全員がカエデの意見に同意し、応援歌はソウタさんの歌詞と、アヤリの曲に決定した。ソウタさんはちょっと照れくさそうだった。
アヤリが曲をつくるまで、応援歌は練習できないがそれまでに振り付けを完璧にしておこう。
カエデはもう一度汗をぬぐい、爽やかな笑顔で皆に言った。
「さあ、最後にもう一度通すぞ!」
「「「「ハイッ!」」」」
応援団全員の声が、ホールに響き渡った。