〆 第二章
「え、まだ振りつけ決まってないの?」
「うん。明日、カエデのお兄さんに教えてもらうらしいんだけど…」
「へえー…大変だね」
「わたしたちは覚えるだけだからいいんだけどね」
日が少し傾いてきて、空がオレンジ色に染まり出した。
私たちは夕日とは逆方向に帰る。つまり学園からみて東側に家があるのだ。
わたしとリノは、歩きながら、共通する趣味や体育祭について談笑していた。彼女とは歩道橋を越えたところで別れる。
「あ、わたしこっちだから。また明日ね」
「うん。じゃあね~」
リノはにっこりとほほ笑み、大きく手を振った。わたしも彼女の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
わたしはリノの笑顔が大好きだ。なんだか見ている人を安心させてくれるような笑みを浮かべる子だなーと出会ったときから思っていたんだけど、気づいたらその笑顔が大好きになっていたのだ。だからこそわたしも、彼女をいると幸せになるし、ずっと良き親友でいてくれていると信じている。
さて、家に帰ったらうるさい弟がゲームで決闘を申し込んでくるはずだから作戦でも練っておきますか。
*
あくる朝、普段通りに起き、いつものように朝食をもさもさと食べてから登校してきたわたし。
平日だと思うかもしれないけど、実は本日は日曜日なのだ。
説明したとおり今日はカエデのお兄さんが来校する。わたしたちが休んでしまったら全くの無意味だ。
当然だけど、生徒会役員以外、生徒は誰も登校してこない。来るとしても部活動がある子だけだ。
確か今日、部活の練習があったのは女子バレー部と男子バレー部、野球部だった気がする。演劇部は昨日から合宿に行っていた筈だ。
わたしがA棟四階の多目的ルームに入ると、カエデ以外の皆はもう集まっていた。
「あ、スズが来た。お~い!」
「……おはよう」
「おはようございます。早いですね、皆さん」
「そりゃそうだよ、カエデはイケメンだから、そのお兄さんはどんなもんなのかなーとか思って、ちょっとワクテカしてんの!」
「……わくてかってなんだ」
「わくわくてかてかの事だよ」
「……?」
ここにカエデとそのお兄さんが来たら練習を開始できるんだけど、なかなか来ない。
「遅いわねー」
「……遅い」
「ちゃんと解ってんのかな、今日集まること」
「多分わかってると思いますよ」
アヤリは扉を凝視したまま眉をひそめ、ショウは無表情のままだけど、目が怒っている。ユウに至ってはカエデの事を心配しているようだ。
ヒマだからしりとりしよう!と言いだしたユウの意見は華麗にスルーされ、わたしたちは黙って二人を待っていた。そして数十分後。
「いやー、お待たせお待たせ!」
「おっそーい!何分遅刻したと思ってんの?四十分だよもうこれは遅刻の境地に至ってるんじゃない!」
アヤリが今まで我慢していた不満を一気に溢れさせ、カエデに抗議するが、わたしたちはそれよりも彼が着ている服に驚いた。
カエデはわたしたちの目が自分の服に向いていることに気がつくと、ニヤリと笑って一回転してみせた。
「今さっき届いたんだよー、カッコいいだろ!」
彼が着ていたのは、俗に言う学ランだった。
黒龍学園の制服は男子も女子もブレザーだ。しかも中等部からエスカレーターできたわたしたちには全く縁がない代物だ。
しわ一つない黒い学ラン、同色のズボン、金色のボタンには龍が彫ってあって凄くかっこいい。さらに、「黒龍学園D組」とプリントされた、長くて青い
ハチマキをきっちりとしている。「絶対合格」とかみたいに額の部分にでかでかと文字がプリントされているわけではなく、ハチマキの端のほうに小さく
かかれているんだけどね。
とにかく、わたしたちの目には新鮮でかっこよすぎた。さらに長身で細身のカエデが着るとよく似合う。
「君達のぶんもあるよ」
カエデはわたしたちに手招きした。その時、ホールのドアが開いて、ダンボールを手に持った青年が現れた。きっと彼がカエデのお兄さんだろう。
確かに去年やおととし、ダンスのビデオで見たことがあるかもしれない。彼はカエデの隣に立つと、小さくお辞儀した。
「カエデの兄のソウタです。よろしく」
「こっ、こちらこそ!」
「あ、よろしくおねがいしますっ!」
「……よろしく」
「どうぞよろしくお願いします」
ワクテカしていた分もあり、少し緊張して上ずった声をあげたアヤリ以外は皆落ち着いていた。
ソウタさんはダンボール箱を開けると、一人ずつに同じような学ランを配っていった。少し重みのある固めの布に、少し緊張した。
カエデはにこっと微笑むと、最悪の言葉を口にした。
「じゃあ、女子は外で着替えてね」
「ちょっとまったあ―――っ!」
「なんだよアヤリ、早く行けよ」
「早く行けよ、じゃないわよ!なんで女子が暑い外で着替えなきゃいけないわけ?」
「そりゃだって…男子四人だし?」
「そんなの関係ありませんよ!皆さんはレディーファーストという言葉を知らないんですか!」
「……知ってr「知らないねぇハハハハ!」
「まあ待てよ、確かにこの時期に女の子を外に出すのは可哀想だよ」
「ソウタさん!あんた神!」
「あんたって………」
「ちぇ、仕方ないなー。ほら、ショウもユウも行くよ」
ソウタさんがなだめてくれたおかげで、わたしとアヤリはクーラーの効いた室内で着替えることに成功した。
スカートを脱いでズボンに履き替える。そしてカッターシャツの上から学ランを着て、ボタンを全てとめ、ハチマキをお互いに締めあいっこをした。
これで完成でいいのかな?
外から「あちぃー!」という男子の悲鳴が聞こえるが、BGМにしかならなかった。
アヤリと確認し合って、準備は万全になったとき、ドアがノックされた。男子着替え終了の合図と、開けていいか?の問いだ。
わたしは、終わりました!と言うと、男子共がぞろぞろと入ってきた。
カエデの姿はさっきみたけど、ショウとユウの学ランを見たのは初めてだったから、少しドキッとした。
ショウは、うまくハチマキが締められていないのか、気になるようでしきりにおでこのところを触っていた。カエデ以上に長身の彼に、これ以上似合う服はないんじゃないかというほどよく似合っていた。
ユウのは、二人のよりサイズが小さいね!というと怒られそうだから言わなかった。高校三年生の十七歳としては小柄な体つきだけど、ここは男の子。学
ランは似合っていた。だが、ちょっとハチマキが長すぎる気がする…。
カエデはわたしとアヤリを、目を見開いて凝視した。それから少し頬を染めて言った。
「やばい、なんか凄い似合ってる」
「男の服が似合ってるって言われてもあんまりうれしくないですね」
未だにユウのハチマキの長さが気になるわたしは、じっと彼のことを見つめていた。するとふとユウがこちらを向き、ビクッと体を震わせた。
「なんだよ、じろじろ見て」
「別に…なんでもないよ」
わたしは気づかれた!と思って、身長ネタは口に出さないように誤魔化した。
彼は運よく気づかず、その代わりに視線を横へそらして、頬を朱に染めてボソッと呟いた。
「…す、スズはよく似合ってるな」
ユウのその言葉に、心臓が跳ねあがった。
さっきカエデに同じようなことを言われてもまったくときめかなかったのに…なんでだろう。
そうやって優しいことを言われると、凄くドキドキする。
その雰囲気をぶち壊すように、ニマァ…と笑ったアヤリがビシッと指を突き立てて言った。
「でたな…ユウの特殊能力、ツンデレ!」
「……特殊能力だったのか。どうりで」
「どど、どういうことだよ!」
「まあそこらへんにしといて、練習しようよ」
苦笑したカエデが割りこんできた。確かにこれではただのお遊びだ。