〆 第二章
〆第二章
季節は夏。七月の下旬に差し掛かった今の時期が一番暑い。
生徒は皆、半袖のカッターシャツという涼しげな夏服に衣替えしていた。わたしたちも例外ではない。
男子は半ズボンにするわけにもいかないので、この暑い中長ズボンだ。ご愁傷様と言いたい。
わたしは最近、この髪型だといつまでも暑いので、首元が涼しいようにポニーテールにしたりお下げにしたりもしている。
「暑い~!」
カエデがカッターシャツを脱ぎ捨てた。結構涼しいはずなのにこれでも暑いのだろうか。わたしはなんとか我慢できるんだけど。
シャツ一枚になった彼は、なおも脱ごうとする。
「ちょ、ここを修羅場にする気?」
アヤリが必死でそれを止めているが、最近彼女の言葉の使い方がおかしい気がする。
今は、毎日ある放課後の生徒会。放課後といっても四時半だ。夏だからまだ日はギラギラと照りつけてくる。太陽は、人間を照り焼きにする計画でも企てているのだろうか。
しかもこの生徒会室は、冷房が効いていないため、露天風呂のサウナに行ったらおばちゃんが大量に群れていたときレベルに暑いのだ。
どこかのKデ君がリモコンをなくしてしまったせいで、見つかるまでエアコンが起動不可能で、地獄なのだ。
そのため、四台ある扇風機をフル活用してとりあえず暑さを逃れている。
エアコン本体のボタンを押せばいいと思うが、ここの天井は妙に高い。つまり天井近くについているエアコンに手が届く人はいない。
この前責任をとって、カエデが机の上に椅子…の上に椅子の上に俺。という無茶な作戦を練り上げ、実践したはいいものの…彼は見事落下し、腰をしたたかにぶつけて一日くらいほとんど動けなかったことがある。
そのときに生徒会全体に植えつけられた恐怖が未だにおさまっておらず、わたしたちはボタンを押すことができなくなったのだ。
「ほら、脱がない」
「ちぇー」
「ちぇー、ってあんた…スズとか私もいるんだから、脱がないでよね、ねぇスズ?」
「………(キラキラキラ)」
「え、なにその好奇の目は!やっぱ脱ぐのやめる!」
「話し合わなきゃいけないんだから、ちゃんと姿勢正して!」
アヤリはカエデを叱り、大きなため息をつきながら椅子に座りなおした。苦労してるな…。
黒龍学園は、なんと夏に体育祭がある。学園長を殺したい。
この炎天下の中、走ったり転んだり叫んだりくぐったりするなんて、それこそ修羅場だ。
だが、生徒会として行事は盛り上げていかなければならない。というわけでわたしたちは、今年から三年生による応援合戦の舞台を設けた。
もちろん体育祭だから競ってもらう。
各クラス五名ずつ応援団を決め、それぞれが考えた応援歌、振り付け、衣装などで応援をする。
わたしたちは三年D組の応援団になった。そりゃ生徒会だからね…。
問題は、振り付けを一切考えていないということだ。
今挙がっている案としては。
『他校の応援団がやったことのある振り付けをパクろう!』というものしかでていない。もちろん発案者はカエデだ。
パクるのはいいけど(?)どこの学校のをパクるのか解らないし、それを教えてくれる人さえいるのかどうか……と皆で頭を悩ませていると、突然カエデが「あっ」と声をあげた。
皆が彼に注目すると、カエデはスマホを取り出して操作しながら呟いた。
「俺、いい人知ってるかも…」
そしてスマホを耳の近くにもってきて、しばらく待っている。誰かと通話しているのだろう。
少しすると、相手が電話にでた。
「あっ、もしもし…?うん、そうだよ。俺以外に考えられないでしょ。
でさ、頼みたいことがあるんだけどー、いい?お、ありがと。応援の振り付け考えてくれない?それか他校のパクったのを教えてほしいんだけど……
あ、まじ?じゃあよろしく~…え、何なに?女紹介しろ?一週間前につきあい始めた彼女さんは?あ、振られたのね。だが断る!自分で探せよ。
じゃあ、明日学園に来てね。どうせ家でネトゲでもしてんだろ、うん、はいはい。考えとく」
カエデはふぅ…とため息をつきながら通話を終了させた。
えらい長い会話だったな…。ていうか一週間前に付き合い始めたばっかりの彼女にもう振られる人もどうかと…。
「今の誰だったんですか?」
わたしがカエデの顔を覗き込むようにして聞くと、彼は苦笑いして答えた。
「俺のあ・に・き!」
「兄貴さんですかー…一ヶ月間に何人と付き合ってるんですかね」
「六人」
「うわぁ…」
「ざわ…ざわ…」
大変だね異性と付き合うって。
アヤリに聞いた話だと、会長のお兄さんは、わたしたちより年齢が一つ上で全龍大学という超有名大学に通っているらしい。
そんな人が家でネトゲなんてしていていいのだろうか。
カエデはお兄さんの説明をさらに続ける。
「冬に体育でダンスやるじゃん。それのお手本ビデオは、全龍大学の体育科がつくってるんだけど…。その映像でセンターに立ってる人が俺の兄貴ってわけ」
なるほど。ダンスができる人なら頼もしい。生徒会の恥をさらさない程度のものなら考えてくれる筈だ。
「じゃあ兄貴が明日来てくれるからこの件は無事解決!で、解散」
そうだよね、話し合う事も特にないし、そう決まったならもう安心。
全員が元気よく返事をし、わたしたちは各自鞄を持った……と思ったら、カエデの鞄がないことに気づいた。
「あれ、会長…鞄は?」
アヤリも同じこと思っていたらしく、彼に尋ねる。すると彼はからからと笑って答えた。
「そんなの持ってきてるわけないじゃないか~」
あ、そっか…。カエデはずっと学校の机の中に置き勉しているのだ。家で勉強するときどうするんだろ…。
しかもノートさえ真面目にとっていなくて、本を読んでいたりする時があるのだ。恐ろしい。
「んじゃー」
カエデはカッターシャツのまま、手ぶらで帰ってしまった。
そしてアヤリ、ユウ、ショウも次々と生徒会室から出て行き、わたしだけが残った。鞄を肩にかけ、生徒会室から出ようとしたときだった。
「スズ、いる?」
ひょこっと廊下から顔だけを器用に覗かせる女子と目が合った。リノだ。
リノは、わたしと同じクラスの美術部に所属する女の子。
よく相談にものってくれて、よき理解者だと思っている。一応、わたしの恋も応援してくれているみたいだ。
あ、まだ言ってなかったけど…わたしには好きな人がいる。それはおいおい話そう。
彼女はわたしと目があった瞬間、眼鏡の奥の目を細めた。
「リノ!」
びっくりしたわたしは大声をだしてしまった。でも、とりあえず用件を聞いてみることにした。
「…ど、どうしたの?」
「スズ、これから帰るところだよね?」
「そうだけど」
「じゃあ一緒に帰ろーっ!」
「うん!」
わたしは帰路を、リノと共にすることになった。