契約
「なぁ、ジョン」
「…悪いが喋る気分じゃないんだ」
「そう言うなよ。いいか?二人とも、持ってあと三十分の命だ」
「少し黙ってくれ」
「そりゃアンタの気持ちもわかるよ。災難だよな。知らない男を乗せたら、急カーブでトラックに押されて崖から真っ逆さま」
「黙れと言ったんだ!」
「そう怒るなよ。すっかり冷静さを無くしてるアンタの為に…」
「冷静な方だよ、自分でも驚くぐらいに!今、僕はこうして知らない男と一緒に車ごと崖の下だ!抜け出そうにも二人とも足が下敷きになって動けない!ガソリンが少しずつ漏れているのが見えて、引火するのも時間の問題だ!救助を呼ぼうにもお互い携帯電話を持っていない!そんな状況で君と楽しくお喋りをしろって言うのか!」
「いいや、アンタは冷静じゃないね。それは事実を受け止めてるに過ぎない」
「じゃあ一体僕にどうしろって言うんだ!?君の話を聞けば助かるとでも言うのか!?」
「そうさ、俺はアンタを助けることが出来る。いや、俺が助かるためにアンタにも助かってもらうって言えばいいかな」
「二人とも足を挟まれてるんだぞ!?恐らくどちらも折れて使い物にならない!助けを呼ぶ手段もない!ここから抜け出すのすら…」
「落ち着けって。いいか?落ち着け」
「もう君の相手をする気分じゃないんだ。僕がここで死んだら妻のメアリーは、娘のジェーンはどうなると思う?君みたいな浮浪者にはわからないだろう」
「俺の話を聞け!家族が大事なら、俺を信用してくれ。言葉は分かるだろ」
「君を信用しろだって?冗談じゃない。僕は神を信じていないが、君を信じるくらいなら神に祈りを捧げる方に時間を割く。大体、僕は君の素性を何も知らないんだ。ヒッチハイクしていた君を乗せたのも、つい十分前のことだ」
「わかったよ!取り敢えずアンタに何を言っても無駄ってことが良くわかった!少々強引になるが、俺も死にたくないからな」
「何をする気だ?」
「いいか、あそこに木が見えるな」
「だったら何だ」
「見てろ。燃やしてみせる」
「君はこの状況で僕をからかうつもりか!信じられない奴だな!非常識極まり…どうやったんだ?」
「いいか?俺は悪魔なんだ。ただの下級悪魔だけど、アンタと…」
「悪魔だって?君はもしかして頭の病気か」
「アンタは少し黙って話を聞けないのか…病気でも何でもいいが、俺は!悪魔なの!わかる!?」
「わかった、続けろ。ただし信じるつもりは微塵もないからな」
「アンタは死にたいのか!それとも生きたいのか!ハッキリしろ!」
「生きたいに決まってるだろ!家庭があるんだ!」
「だったら今すぐ俺と契約しろ!」
「契約だって?こんな時に何の話をしてるって言うんだ」
「悪魔と契約だぜ!?ピンと来ないのか!?アンタの魂を俺に売るんだよ!」
「魂だか何だか知らないが、君は僕に何をしてくれるって言うんだ。家政婦にでもなるって言うのか」
「アンタの願いを一つ叶える。つまりここから生きて抜け出せるんだよ!」
「君が僕の願いを聞いてくれるって言うのか?それなら今すぐ黙ってくれ!」
「アンタは本当にどうかしてる!さっき俺が木を燃やしたの見たろ!?」
「どういうトリックか知らないが、そんなくだらない事を仕掛けられるなら今すぐ僕をここから出してくれ!」
「…本当はルール違反だからマズいんだが、命あってのルールだ。何だって?もっかい言ってくれ!」
「僕をここから出してくれ!」
「我と彼の者による契約、我は彼の者の願い…もう一回言ってみろ!」
「僕をここから出せと言ったんだ!聞こえないのか、耳鼻科に行ったらどうだ!」
「以上の願いを叶える代償とし、彼の者の魂を受け取る契約を交わす!」
「さっきから何を言ってるんだ?」
「我が魂よ!彼の者に取り付け!」
「…新興宗教か?よしてくれ、そんな状況じゃないだろう」
「クソッ!どうなってんだ!なんでコイツの身体に入れない!…まさかコイツ…おい、手の平見せろ!」
「なんだよ一体!」
「聖傷だと!?無神論唱えてやがるくせに!」
「あぁ、もうすぐ引火する…メアリー、ジェーン…すまない、僕は君達を残して…」
「コイツの血が俺の血を弾くのか…畜生!これじゃあ魂なんか絶対入らねぇじゃねぇか!」
「神よ、信仰無き私をお許しください。そしてメアリーとジェーンに幸福を…」
「クソッ!こうなりゃ一か八かだ!おい!アンタの血を全部抜くが文句ねぇな!」
「神よ、私を助けてください。神よ…」
「聞いちゃいねぇ!無神論どこいったんだバカ野郎!こうなりゃ勝手にやるからな!クソッ!俺まで身体を捨てる羽目になるなんて!」