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第1話 わたしの朝

 にぎやかな笑い声で目が覚めた。ああ、美代さんが来てるんだ。すぐにわたしはそう思った。美代さんはママが作るご飯を目当てに、たびたび出勤前に朝からやってくる。そして、美代さん以外にこの家のなかで声をあげて笑うひとはいない。

 役目を果たせなかった目覚まし時計のスイッチを切って、いつも寝るとき目覚まし時計の隣に並べて置いているカルケーに手を伸ばした。

 朝一番にカルケーのネットニュースに目を通すのは、わたしの日課だ。議員の汚職事件。企業の贈収賄の話題。芸能人の結婚。野球の結果。強盗事件の裁判。ずらりと並んだニューストピックスを眺めながらするするとスクロールして、ようやく目当てのタイトルにたどり着いた。人口管理委員会の発表。昨日、足立区第十四地域での違反者は五人。アベタケシ、エンドウマリコ、サカシタトモヒロ、ニイミタイチ、ヤグチミサエ。そして今日の巡回地域は──あっ、調布市だ。それも第三地域。……えっ、本当に? 嫌だな、早く帰らなきゃ。

 もそもそとベットから這い出して、わたしはパジャマを脱いだ。灰色のブラジャーと白いキャミソールを着てから、襟がふわりとふくらんだ制服のシャツに袖を通す。スカートは膝下十センチ。わたしが通う学校には、わざわざスカートの丈を短くしたり、制服を改造したりするような生徒は、ほとんどいない。

 それからわたしは、机のうえに置かれた銀色のペンダントを手に取った。なかに写真を入れられるペンダントは──ロケットっつうの? んなモンいまどきどこにもありゃしねえよ。そんな親友の呆れた声を無視してあちこち探し回った結果、寂れた商店街にひっそりたたずむ朽ちかけたようなアンティークショップでようやく手に入れたものだ。つるりと滑らかな蓋をあけると、そこには笑顔の男性がいた。まだ若い青年は、真面目そうで、誠実そうで、優しくておおらかそうな面差しで、歯を見せて楽しそうに笑っていた。これが、パパ。わたしのパパだ。

 わたしが物心ついたころにはもう、ママはパパに関するものをすべて処分してしまっていた。けれど、この写真だけは美代さんのところに残っていた。仲間うちで旅行したときに撮った集合写真なのよ、と美代さんは快くわたしに譲ってくれた。ママには内緒で。わたしはその集合写真のなかから、美代さんがこれがパパだと教えてくれた男性の顔の部分をまるく切り取って、ペンダントに入れた。まるであつらえたように、写真はぴったりと収まった。

 パパは今日も、ペンダントのなかで笑っている。

「おはよう、パパ。今日もわたしを守ってね」

 このころはまだ二十代だったというパパにむかってつぶやいてから、わたしはペンダントの蓋を閉めた。これもわたしの朝の日課だ。

 わたしの通う学校では、指輪やピアスなど装飾品のたぐいは禁止されている。けれど、中等科二年の服装検査で注意されて生徒指導室に呼ばれた際、「これは、むかし行方不明になった父の写真で、お守りなんです」と正直に告げたら、先生はすごく困った顔をして、腕組みをしてしばらく考えて、うーんと低く唸ったあと、「絶対に服のうえには出すなよ」と言って、見なかったことにしてくれた。──はい、先生。他の生徒の目に入れるようなことは、絶対にしません。わたしはペンダントを首にかけると、細い鎖をそっとシャツのしたにもぐりこませた。

2012.01.21:誤字脱字他修正

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