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初体験!空手道場

「オス!オス!オス!」

赤羽と山崎が道場内に入ると、途端に蛮声が飛び交った。道場内にいた十数名の道場生たちが山崎に挨拶したのだ。

山崎は静かに両手で十字を切ると

「押忍」

と言った。凄い迫力があった。

赤羽は山崎の雰囲気にも空手道場の雰囲気にも圧倒されてしまった。

「中邑!」

山崎が道場の端でサンドバッグに蹴りを入れていた若者に声をかけた。名を呼ばれた若者は、オス!と言うと山崎の元に走ってきた。

「中邑、こちらは赤羽さんと言う。俺の会社の先輩だ。今日から入門する。お前が面倒見てくれ。くれぐれも頼んだぞ」

「オス!」

「赤羽さん、こいつが面倒見てくれます。では」

山崎はそれだけ言うと何処か言ってしまった。赤羽が不安そうにしていると、中邑が声をかけた。

「オス。中邑と言います、よろしくお願いします」

「あ、あ、赤羽でとぅ。よろしくおねがいしまず」

赤羽は空手道場独特の雰囲気に呑まれて挨拶すらままならない。

「こちらへどうぞ。ここは男子ロッカー室です。着替えてください。道衣はありますか?あ、事務局で買ったんですね。はい、ビニール袋から出してください。下着だけになってください。ズボンを履いてください。上を着てください。帯はこう巻いて、結んでください」

赤羽は帯を締めようとするが上手くいかない。結局、中邑に締めてもらった。中邑は二十歳前後に見えた。彼の帯は茶い色をしていた。

ん?黒と白以外の色があるのか?赤羽の帯はもちろん白だった。

ロッカー室から道場に戻ると道場生たちの数が増えていた。よく見ると、皆、帯の色はまちまちだった。黒や白以外にも茶、青、黄色、緑、橙などがいた。

「稽古始めます!」

山崎が怒鳴った。

「オス!」

道場生たちが一斉に怒鳴ると山崎の所へ駆け出した。

「赤羽さん。道場内では何があっても返事は押忍。この一言だけです。分かりましたか?」

「あ、はい」

「だから、押忍。ですって」

「あ、お、お、おすぅ」

赤羽は押忍という言葉を口にするのが恥ずかしかったので中々言えなかった。

道場生たちは綺麗に列んでいた。

「一番後ろです。赤羽さんは」

「はい。あ」

「だからオス!」

「お、おす」

「帯順に並んでいるんです。最前列には黒帯。次の列には茶帯。後は順に緑、黄色、青、オレンジ、そして最後列が白帯です」

中邑と赤羽は最後列に列ぶ。

白帯は赤羽の他にも五人ほどいた。黒帯と茶帯は合わせて十人。その他の色の帯たちは三十人前後。

稽古は山崎の号令で柔軟体操から始まった。

指導ぶりはなかなかのものだった。山崎にリーダーシップが取れるなんて知らなかった。赤羽は硬い体を無理して曲げ痛がりながら、嫉妬もしていた。

柔軟体操が終わると全員が正座。

赤羽も正座するが板の間での正座は膝と足の甲が痛すぎた。

山崎が師範代を呼んで来る。赤羽は入門誓約書を書いた時に事務局で会っていた。川田と言う四十代の男性だった。物腰は柔らかく、口調はすこぶる丁寧で、赤羽は心の中で山崎はこいつに影響されたのかな?と思った。

「黙想!」

「師範代に礼!神前に礼!先輩に礼!お互いに礼!」

山崎がどんどん進行していく。

「立って」

川田が山崎から引き受け指導を開始する。

「右!三戦立ち、用意!」

川田が怒鳴る。腹から声が出たので赤羽はビビってしまった。

「オス!」

道場生全員が返事をする。

「赤羽さん。オスですよ」

「ぉ、ぉす」

赤羽は蚊の鳴くような声で返事をした。

「構えて!」

「セイヤ!」

道場生たちが複雑怪奇な動きをした。もちろん赤羽には出来ない。彼らが何をしたかも分からなかった。

「赤羽さんには後で詳しく説明します」

中邑が耳打ちした。

「正拳突き!」

「オス!」

「下突き!」

「オス!」

稽古はどんどん進行していく。赤羽は何も出来ない。

「上段受け!」

受け技に入ると出来ないなんてレベルではなくなってしまう。

「上段回し蹴り!」

身体が固く運動経験もない四十男に回し蹴りは酷すぎた。初心者レベルを大いに下回る赤羽に中邑も苦虫を噛み潰したような顔をし続けた。


「基本稽古終了。色帯以上は移動稽古。今日から入門の赤羽さんと二回目の高野君は基本稽古を。中邑、指導を頼む」

川田の言葉が終わるや否や道場生たちは、オス!と叫び道場の隅に移動し始めた。

「移動稽古と言うのは、さっきやった基本稽古を移動しながら行います。赤羽さんと高野君はこっちの端っこで基本の確認をしましょう」

中邑について道場の隅に移動する赤羽と高野。高野ほ高校生か大学生っぽかった。

「では、三戦からやりましょう」

中邑の号令で稽古の最初に行った奇妙な動きを繰り返した。高野は若いからか、今日が二回目だからなのか、とてもスムーズに動いている。

赤羽はと言うと話にならなかった。

「赤羽さんゆっくりとやりましょうか。はい、内股。はい、右足を左足に寄せる。右足!右足!はい、開く。あ、右足を開くんです。手はクロスして、いえいえ左手が上です。はい、捻って、絞る。絞る!」

中邑の顔にだんだんとイライラが募りだしたのが傍目にも分った。頭の本人、赤羽にすら中邑の気持ちが手にとるように理解できた。それほど、赤羽はできなかった。


組み手スタンスになってからのパンチの練習も蹴りの動作も酷いものだった。

赤羽は泣きたくなっていた。こんな若造に稽古をつけてもらうのすら屈辱だった。

辞めた。今日だけにする。明日からは二度と来ない。アホらしい。空手なんてやる価値ない。

赤羽は心の中で、泣き言と悪態を繰り返した。

上段回し蹴りの稽古。

「右足を絞って、腰を切って、右手を顔の前に持ってきて、左足軸にして体重を載せて、膝を掻い込んで、右手を腰に振って、蹴る!」

何だコリャ?中邑が何言ってるのか何にも分んない?回し蹴りってこんなに複雑なの?出来るかボケ!ボケ!中邑のボケ!

その時、赤羽たちの横を通りかかった川田が

「ん?赤羽さん、初めてにしては、いい回し蹴りですね。足は全然上がってませんが、身体全体で蹴ってます。蹴り主体の空手家になりそうですね」

と言って、頷きながら去っていった。

はあ?いい蹴り?いいわけないじゃん。おべっかかいな。絶対辞める。入会金はもったいないけど、絶対に辞めてやる。


その日、赤羽はぐだぐだになって這いずるように帰って行った。

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