突然の暴力!
今年、45才になるサラリーマン、赤羽三太は今日も上機嫌だった。
赤羽の大好きな飲み会の真っ最中だからだ。それも、会社の中でも赤羽主任のチームだけの飲み会だったから、尚更だ。つまり、赤羽よりも上の人間が誰も参加していない。
赤羽の独壇場だった。
「いやいやいや」
赤羽が何言ってもウケる。赤羽にとって天国か極楽か、はたまた桃源郷か。
今日の飲み会参加者は、いつも静かな38才、山崎。
無能を絵に描いたような30才、伊香保。
お調子者のチャラ男25才、青木。
清楚な27才、OLの鏡、サユリ。
派手で軽い21才、リカ。
伊香保はKYでトンチンカンなので、問題ない。仕事は出来ないが飲み会には、こんな男も必要だろう。引き立て役としてだが。
山崎は無口なので人畜無害。
青木は典型的なチャラ男の癖に何故か社内のほぼ全員から好かれている。老若男女を問わずに。お局様課長の田辺から、リカまで。女は皆、青木に好意を持ち、男も、部長から青木の後輩の新人達まで人気がある。ただ一人例外を除いて。もちろん、その例外とは赤羽だった。しかし、飲み会の時は何故か、青木は赤羽を立てる。場の中心に赤羽を持ってくる。なかなか使える男だ。赤羽はそう、思いながらも青木に一切の気を許してはいなかった。
サユリとリカは赤羽の話しを聞いてくれる、いい女性達だった。
今日も赤羽は楽しくて楽しくて仕方がない。仕事も何とか上手く行っているし、職場の空気もいい。
赤羽は典型的会社員小市民としての人生を謳歌していた。
「バカ!伊香保!お前ぇ、何にも知らないんだなあ。青木!何か言ってやれ!」
「はい!伊香保さん、いきものがかりって言うのは、アーティストのグループ名なんですよ」
「し、知らなかったぁ。ゲームばっかやってるもんで」
「俺も知らなかった」
「へ?山崎さんも?知らなかったんですか?」
青木が驚く。
「すみません。一般常識に疎くて」
何故か山崎が年下の青木に謝る。
「山崎さんはぁ、音楽聞くって雰囲気じゃないですもんねぇ」
派手派手なリカが山崎を庇う。赤羽は内心、イラッとしたが、おくびにも出さない出さない。
「山崎はぁ、聞かないよなぁ。ジェイポップはぁ」
何とか自分の話題に引きずりこもうと赤羽は必死だ。赤羽の声もガンガン大きくなる。
その時だった。
「おい!うるせぇぞぉ!糞リーマンがぁ!」
隣のテーブルで怒声があがった。
赤羽達は全員驚いて声の元に目を向ける。せっかくの話しのオチの前に腰を折られた赤羽は怒りも露わに彼等を睨んだ。そして、度肝を抜かれた。
赤羽達に怒鳴った輩は二十歳前後の若者達だった。髪は金髪。顔中にピアス、身体中タトゥー装飾のトッピング。とても、ガラが悪かった。
赤羽は内心、マズイ!と思った。揉めてはいけない人種だ。
「まぁ、ぃいじゃなぃかぁ。みんなぁ、のもぅよぉ」
赤羽は青木達に言った。何事も無かった事にしようとしたのだが、ギャング風達は許してくれなかった。
「ぅるせぇって言ってんだよぉ。リーマンの分際ぃで騒ぐんじゅねぇよ。ばぁかぁ!」
と更に突っかかってきた。
「あの、うるさいのは貴方達じゃないですかぁ」
とリカが言い返した。赤羽は心臓が止まりそうになった。こ、この小娘、何言いだすんだ!
「サラリーマンが騒いだら駄目なんですか?」
こともあろうか、青木までが。
「ぁ?なんだぁ?ぉまえらぁ、やるんかぁ!ぁ?やるんかぁ!ぁ?」
ギャング風若者は四人もいた。彼等は一斉に立ち上がった。赤羽はびびって失禁しそうになる。店の人間は何してんだ?周りを見渡すと、他の客達は知らん顔して下を向いている。店員達はただ青ざめて狼狽えるのみ。
「喧嘩なんかしません」
「暴力は止めてください」
青木とリカが更に余計な事を言った。
「上等だぁぁぁ!このヤロー!オモて出ろ!こらぁ!」
ギャングの一人が怒鳴り散らすと、椅子を蹴倒し、いきなり、事もあろうに赤羽のネクタイを鷲掴みした。
「へ?僕?なんで?」
揉めていたのは、青木とリカのはず。なのに、何故俺が?と赤羽が内心思った時には物凄い力では引きずられ、店の外まで連れて行かれてしまった。
「わ!た、たすけて?」
赤羽が叫ぶ。その赤羽を地面に叩きつけるギャング。
「殺すぞ!こらぁ!」
「ひ!」
ギャングの迫力に怯えた赤羽は腰が抜けてしまう。
「ゆるじで!」
「ぁ?死にたくねぇなら、土下座しろよぉ!」
ギャング達が信じられない事を言った。
「ど、土下座ぁ?」
「はよ土下座しろやぁ!」
土下座しないと本当に殺されてしまう。赤羽は恐怖で全身をブルブルと震わせ膝を揃えると、両手を地面に着いた。
「ぎゃははは!こぃつ、本当にぃ土下座ぁしやがったぁ!」
「バッカじゃねぇの!」
ギャング達は大爆笑する。
その笑い声に驚いて
「ゴメンなちゃい!」
と叫んでしまった。
「ぁは?こぃつぅ、ゴメンちゃいだってよぉ」
ギャングスタ達は更に大爆笑。
その時、
「赤羽さん、土下座なんてしなくていいですよ」
と赤羽の背後から声がした。
静かな声だったが、よく通り迫力もあった。
赤羽が振り返ると、声の主は山崎だった。
「むやみやたら喧嘩しては駄目だと思います。でも、若者達が暴走したら、それを諭すのは大人の役目じゃないでしょうか?」
山崎が高倉健っぽく語った。
赤羽は益々恐怖で震えた。ギャング達を完全に怒らせた。殺される。
赤羽も山崎も、ギャング達に殺されるか、半殺しか。
ギャングの一人が
「ぁ?何かぁ?オッさんん?」
と言いながら山崎に近づいてきた。そのギャングは言い終わるや否や、ノーモーションで、いきなり、山崎の顔面にパンチをブチ込んできた。
「ひ!」
赤羽が悲鳴を漏らす。
しかし、山崎は紙一重でギャングのパンチをヘッドスリップで除けると、目にも止まらないスピードの右ストレートをギャングの顔面に叩き込んだ。ギャングは一発で膝から崩れ落ちた。と、同時にもう一人のギャングが殴りかかってきた。彼は長身でどう見ても190センチ近くはあった。しかし、山崎は火の出る様なボディブローを二発、ギャングのレバーにブチ込んだ。大男も膝から崩れ落ちた。バタフライナイフの音がした。時には山崎がダッシュして、ナイフを取り出したばかりのギャングの胸元に飛び膝蹴りを蹴り込んだ。ナイフ野郎は5メートル以上吹き飛んで行った。残る一人はダッシュして逃げて行った。
赤羽も青木達も山崎の強さに唖然として声もない。一瞬の後、歓声があがった。
「すっげぇ!山崎さん!」
「山崎さん、ありがとうございます!」
「お見苦しいところ、見せてしまいました」
山崎はあくまで低姿勢だった。
赤羽は土下座をしたまま。
動くことも出来なかった。