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#色彩の魔女、鉄屑の学園を塗り替える 〜地味な重装甲が正義? いいえ、ビビッドな配色こそが最強の魔導出力を生むんです〜



## 第一章:灰色の世界に降り立った「色彩」の記憶


 その世界には、色が足りなかった。

 王立機導技術学園の空は、いつも機導鎧アエテリウムの排熱が混じったような、重苦しい鉛色をしていた。格納庫に並ぶ巨大人型兵器群も、汚れを隠すための深緑、夜間に紛れるための艶消し黒、あるいは都市部に馴染ませるためのコンクリート・グレー。

 機能性。合理性。そして隠密性。

 この世界の騎士たちが信じる「強さ」とは、すなわち目立たぬことであり、周囲に同化することだった。


「……耐えられない。こんな、魂の死んだような色に囲まれて生きるなんて」


 アリス・カラーウェルは、整備用ハンマーを握りしめたまま、自身の愛機となるはずの「機体」を見上げて吐き捨てた。

 彼女には、秘密があった。

 前世。そこは魔法こそ存在しなかったが、光と色彩の法則が極限まで解明され、人々の網膜を刺激するあらゆる「デザイン」が溢れていた世界だ。彼女はそこで、映像制作、グラフィックデザイン、そして色彩工学に人生のすべてを捧げていた。

 過労で倒れた彼女が、次に目を開けたときには、魔法と巨大ロボットが支配するこの「色彩の乏しい」異世界の、没落しかけの整備士一家の娘になっていた。


「アリス! また油を売っているのか! さっさと第三小隊の脚部ジョイントを締め直せ!」


 怒声が響く。声の主は、学園の鬼教官ガルドだ。彼は「鋼鉄の規律」を信奉し、機体を汚すことを何よりも嫌う、この世界の軍事思想を体現したような男だった。


「教官。私は油を売っているのではありません。色彩を分析しているのです。この機体が、なぜこれほどまでに『鈍重』なのかを。答えは簡単です。デザインが死んでいるからですよ」


「何だと……?」


 ガルドが顔を真っ赤にして歩み寄ってくる。周囲の学生たちが、クスクスと笑い声を漏らす。アリスは学園内でも「色彩オタク」として奇人扱いされていた。


「教官。魔法とは『波長』です。そして色彩とは、その波長を増幅、あるいは減衰させる『回路』そのものです。魔力を伝えるための装甲を、光を吸収する艶消し黒で塗るなんて……オーディオの配線を泥水で浸すようなもの。出力ロスが酷すぎて、機体が可哀想です」


「ふん、女の戯言を! 派手な色など戦場では的になるだけだ。騎士の道とは忍耐と調和。目立とうとする精神そのものが、敗北への直通階段だと知れ!」


 アリスはふっと冷たい笑みを浮かべた。

 その視線は、ガルドの背後にある最新鋭の重装甲機『グラファイト・ガウル』に向けられていた。


「いいでしょう。ならば、その『地味こそ正義』という古臭い常識、私がこの手で塗り替えてあげます。一週間後の選抜試験……私がこの廃棄寸前の『鉄屑』を塗り上げ、あなたの最新鋭機を色彩の暴力で粉砕してみせましょう」


「……面白い。ならばやってみろ! 負ければ貴様は整備科からも追放だ!」


 アリスの挑戦状。それは、灰色の世界に投じられた、一滴の鮮烈なインクだった。


## 第二章:プリズムの夜 ―― 禁忌の色彩調合


「さあ、始めましょうか。私の可愛いキャンバスさん」


 深夜。学園の監視を掻い潜り、アリスは一人、地下の機材倉庫に籠もっていた。

 彼女の前にあるのは、三十年以上前の旧式機『ルビウス一型』。もはや人型というよりは、金属の塊に脚が生えたような醜いフォルムだ。表面は錆びつき、本来は何色だったのかも判別できないほどに退色している。


 だが、アリスの瞳には、それが最高の下地プライマーに見えていた。


「魔力結晶の純度は……九十二%。悪くないわ。これにマナ・コバルトと、溶媒としての幻覚キノコの抽出液を混ぜて……」


 彼女は前世の化学知識と、この世界の錬金術を融合させ、独自の『魔導塗料』を作成していた。

 ビーカーの中で、塗料が生き物のように脈動する。

 それは、ただの赤ではない。見る角度によってオレンジから深紅へ、さらには不可視の赤外領域へと波長を変える、魔力を媒介とする「生きた色」だ。


「この世界の魔導士たちは、呪文でマナを操ろうとする。でも、そんなの効率が悪すぎるのよ。装甲そのものがマナと共鳴する色を纏っていれば、ただ動くだけで大気がエネルギーを供給してくれるのに」


 アリスは大型の魔導スプレーガンを構えた。

 まずは、機体全体を覆う「地味な灰色」を、強力な剥離剤で全て落とす。白銀の魔導合金が剥き出しになった。


「ここからは、デザインの魔法。まずは関節部に『シアン・ブルー』を。ここは魔力の流れが最も激しい場所。青の波長で熱を冷却しながら、電位を安定させる。そして……」


 彼女の筆が踊る。

 装甲のエッジには、あえて彩度の高い「ネオン・イエロー」を細く入れる。これにより、機体が激しく動いた際に、人間の脳が残像を誤認するように仕向ける。前世の「グラフィックデザイン」と「光学迷彩」の逆転の発想だ。


「メインカラーは、網膜を灼くような『ビビッド・ピンク』。そしてそれを引き立てるための、真夜中のような『ウルトラ・ブラック』。このコントラストこそが、マナを極限まで励起させる黄金律ゴールデン・レシオ


 作業は三日に及んだ。

 アリスの手は塗料で汚れ、髪は乱れ、瞳には狂気的な情熱が宿っていた。

 完成したその姿は……もはや「兵器」ではなかった。

 それは、宇宙の深淵から引きずり出されたような、鮮烈で、暴力的で、それでいて涙が出るほど美しい「芸術品」だった。


「……できたわ。私の『プリズム・アリス』。明日、世界は初めて『本当の色』を知ることになる」


## 第三章:網膜を灼く衝撃ヴィジュアル・ショック


 選抜試験当日。

 演習場を囲む観客席には、軍の要人や学生、教官たちが詰めかけていた。

 会場に並ぶのは、王国軍が誇る重装甲部隊。一糸乱れぬ隊列を組み、灰色の装甲が威圧感を放っている。


 その沈黙を破ったのは、格納庫の奥から響く、甲高いタービンの回転音だった。


「――な、なんだ!? あの光は!」


 観客の一人が叫んだ。

 格納庫の闇を切り裂き、一機の機体ロボットが姿を現した。


 眩しい。

 ただ、それだけの理由で、人々は目を細めた。

 白昼の太陽の下でありながら、その機体は周囲の光をすべて吸い込み、数百倍にして跳ね返しているかのように輝いていた。


 装甲は、鮮やかなショッキングピンク。

 関節部からは、ネオンサインのようなブルーの光が溢れ出している。

 そして動くたびに、装甲の表面に施された特殊塗装が、真珠色のグラデーションを描きながら刻一刻と表情を変えていく。


「アリス・カラーウェル……貴様、本気か!? そのようなチンドン屋のような格好で、聖なる模擬戦を汚すつもりか!」


 ガルド教官が乗る『グラファイト・ガウル』が、大斧を構えて前進する。その姿は、色鮮やかなアリスの機体の前では、まるで泥の塊のように見えた。


『教官。一つ教えてあげます。戦場において、最も恐ろしいのは影に潜む者ではありません。――直視することさえ叶わないほど、鮮烈に輝く者です』


 アリスの声が、機体の外部スピーカーから響く。

 開戦の合図が鳴った。


 ガルドの重装甲機が、地面を爆砕しながら突進する。

 重量に任せた一撃。だが、アリスは操縦桿を動かしさえしなかった。


色彩共鳴カラー・レゾナンス、起動」


 アリスがスイッチを押した瞬間。

 機体の装甲表面を覆うネオンのラインが、爆発的な輝きを放った。

 

 キィィィィィィン!


 会場全体を包み込むような、高い共鳴音。

 次の瞬間、アリスの機体は「消えた」。


「なっ……!? どこだ!」


 ガルドが狼狽する。

 消えたのではない。あまりの加速により、残像だけがその場に留まり、本体はすでにガルドの死角へ回り込んでいたのだ。

 ビビッドな色彩の残像が空中に描き出され、ガルドの視神経は過剰な情報処理に追いつけず、完全にフリーズしていた。


「補色による視覚的撹乱、成功。……次は、マナの波長を熱変換します。レッド、全開!」


 アリスの機体の右腕が、真紅に発光した。

 ただの打撃ではない。色彩によって増幅された火属性のマナが、大気をプラズマ化させる。


「――ストライク・マゼンタ!」


 ドォォォォォン!


 アリスの拳が、ガルドの分厚いシールドを叩いた。

 その瞬間、盾は物理的な衝撃ではなく、色彩の共鳴による「崩壊」を起こした。鋼鉄が、まるで紙細工のように四散する。


「ば、馬鹿な! このシールドは魔導障壁を重ねた最新鋭の……!」


「無意味ですよ。あなたの機体の色は、マナの波長を『拒絶』している。私の色は、マナを『愛している』。どちらが強いかなんて、明白でしょう?」


 アリスはさらに機体を加速させた。

 演習場を駆け抜けるその姿は、もはや一筋の虹だった。

 右へ左へ、重力さえも無視したような鋭角機動。

 観客たちは立ち上がり、その美しさに魅了されていた。

 それは戦闘という名の「演舞」。

 灰色の世界に、初めて「自由」という名の色彩が描かれた瞬間だった。


## 第四章:極彩色の勝利


 ガルド教官は、必死に斧を振り回した。

 だが、そのすべては空を切り、色彩の残像を切り裂くだけに終わる。

 

「見えない……見えないぞ! なぜだ、なぜこれほどまでに目が痛む!」


「それは、あなたが今まで『退屈』に慣れすぎていたからです。人間の脳は、あまりに強い美しさに直面すると、防衛本能で意識を遮断しようとする。あなたは、私の描く色彩に敗北しているんです」


 アリスは機体の背中にあるバインダーを展開した。

 そこには、彼女が最も心血を注いだ「多重反射板」が隠されていた。


「フィニッシュ。……プリズム・フルバースト!」


 バインダーから、七色の閃光が放たれた。

 それはレーザーのような直進光ではなく、空間そのものを塗り替えるような光の波動。

 ガルドの『グラファイト・ガウル』は、その光の渦に飲み込まれ、魔法回路が過負荷で一気に沈黙した。


 静寂。

 

 立ち尽くす黄金の機体(実際にはピンクだが、誰もがそう錯覚した)と、無残に地面に這いつくばる灰色の最新鋭機。

 

 審判の笛が鳴る。


「……勝者、アリス・カラーウェル!」


 その宣言が響いた瞬間。

 演習場は、今日一番の、いや、学園の歴史で最大の歓声に包まれた。


「綺麗だ……なんて、綺麗なんだ……」

「機体って、あんなに輝いていいものだったのか?」


 学生たちの瞳から、これまでの「灰色の常識」が剥がれ落ちていく。

 彼らが求めていたのは、隠れるための灰色ではなく、自分を誇示するための輝きだったのだ。


## 第五章:色彩の魔女と新しい世界


 試験から数日後。

 アリスの元には、かつて彼女を馬鹿にしていた学生たちが、列をなして押し寄せていた。


「アリス様! 私の機体も、あの日のように輝かせてください!」

「教官に怒られたって構いません! 僕、あんな風に、かっこよくて綺麗なロボットに乗りたいんです!」


 アリスは、没落令嬢としての質素な部屋を、今や「デザイン事務所」へと改装していた。

 壁には、前世の色彩理論をこの世界の魔法文字で書き換えた、独自の設計図が所狭しと貼られている。


「いいわよ。でも、私のプロデュースは安くないわ。一機につき、最高級の魔力顔料三バケツ分、それと……」


 アリスは、窓の外を見た。

 かつては灰色だった空。だが、今は違う。

 学生たちが思い思いの色に塗り替えた機導鎧が、学園の空を色鮮やかに飛び交っている。

 

 ある者は燃えるようなオレンジ。

 ある者は深海のようなエメラルド。

 ある者は星空を散りばめたようなミッドナイト・ブルー。


「……世界が、少しはマシな色になったわね」


 彼女は、筆を手に取った。

 中身が前世の映像クリエイター(おじさん的魂)である彼女にとって、これは復讐でも無双でもない。

 ただの、「世界の修正」に過ぎないのだ。


「さて、次の依頼人は……あら、ガルド教官?」


 扉の前に、バツの悪そうな顔で立っているガルドがいた。

 彼の腕には、最高級の塗料セットが抱えられていた。


「……アリス。私の機体も、塗り替えてもらいたい。その……『強さ』を証明するためにだ。断じて、美しいと思ったからではないぞ!」


 アリスは、いたずらっぽく微笑んだ。


「いいですよ、教官。あなたには……そうね、もっと情熱的な『シャア・レッド』なんてどうかしら? 動きも三倍速くなるように調整してあげますから」


 色彩の魔女、アリス・カラーウェル。

 彼女が振るう筆一つで、世界のパワーバランスは、より鮮やかに、より美しく崩壊していく。


 鉄と魔法、そして色彩。

 彼女の創り出す新しい時代のキャンバスは、まだ一筆目が描かれたばかりだった。


## 第六章:終わらない創造エピローグ


 アリスは、夜のベランダで独り、冷めた紅茶を啜っていた。

 周囲には、彼女が次に手掛ける予定の、大型巡洋艦の彩色プランニングが投影されている。

 

「……それにしても、女の子の身体ってのは、肩が凝るわね」


 おじさんのような仕草で首を回し、彼女は苦笑した。

 かつては締切に追われるだけの日々だった。

 だが今は、自分の描く一色が、誰かの人生を変え、戦場を塗り替え、歴史を作っていく。


「悪くない。……いや、最高だわ」


 彼女は、夜空の月を見上げた。

 その月さえも、いつか自分好みの色にライトアップしてやろう。

 そんな大それた野望を抱きながら、色彩の魔女は再び、魔法の筆を握りしめるのだった。


(完)


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