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第一章:選ばれし者

***


「……ん? なんだ、この囁き声は……?」


ぼんやりとした意識の中で、無数の囁きが渦巻いていた。はっきりと聞こえないが、どこか懐かしい響きがある。それはまるで異世界からの呼び声のようだった。


『何かを伝えようとしているのか……?』


その時、囁きの中から一つの声が浮かび上がった。深く、威厳があり、まるで神の言葉のように響く。


「……お前は、選ばれし者だ」


それが最後の言葉だった。


そして、意識が闇に沈んだ——。


***


「おい! 寝坊助! いい加減に起きろ!!」


夢の名残を引き裂くような大声。


アグマナは弾かれたように目を覚まし、朝の光が窓から差し込むのを眩しそうに見た。外ではすでに村の朝の活気が広がっていた。


「……なんだよ?」彼は眉をひそめながら、こめかみを押さえた。


ベッドの横には腕を組んだ弟、アギャタが立っていた。「またかよ、アグマ……本当に懲りないな」


アグマナは目をこすりながらぼやく。「お前がクマみたいに朝からうるさいせいだろ」


アギャタはため息をついた。「とにかく、ばあちゃんが呼んでるぞ。朝飯できてる——」


その言葉を聞くや否や、アグマナは弾丸のように食卓へ向かって飛び出した。


「ちくしょう、アグマ!!」


アギャタも慌てて後を追う。


***


家族が集まる食卓。低い木のテーブルの上には、温かい料理が並んでいた。


二人が席につくと、祖母が呆れたようにため息をついた。「もう少し落ち着いて食べなさいな……」


父親は静かに微笑みながら「おはよう」と挨拶する。


家族は手を合わせ、静かに祈りを捧げた。


アギャタはふと気づく。「ねぇ、父さん。なんで毎回ご飯を少し残してるの?」


父親は穏やかに微笑む。「これは先祖への供え物だ。彼らが飢えぬようにね」


アギャタは目を丸くした。「じゃあ……僕が母さんに食べ物を供えたら、届くの?」


父親は頷いた。「ああ。お前の役目だよ、アギャタ」


一瞬の沈黙が流れた。


「……さて、感動してる場合じゃないぞ」


祖母が水時計を見ながら言った。


「もう遅刻する時間じゃないか?」


「やばっ!」


父親は慌てて仕事へ向かい、兄弟は学校へと駆け出した。


***


学校の帰り道。


アグマナは校門の前で待っていた。「遅いぞ。まさかまた何かやらかしたのか?」


アギャタは一瞬言葉を詰まらせた。「……いや、別に」


二人は歩きながら、村の祭りについて話していた。


「で、お前はどうするんだ?」


「まだ決めてないけど、友達が何か考えてるらしい」


「へぇ? それって——」


——ピタッ。


アグマナの足が突然止まった。


「……どうした?」


アギャタが不思議そうに尋ねる。


しかし、アグマナは何も答えなかった。


——空気が違う。


その瞬間、アギャタも異変を感じた。


風が強くなる。木々が激しくざわめく。鳥たちは空へと逃げ、牛や羊が怯えて暴れ出した。


「な、なんだよこれ……?」


アグマナは拳を握りしめる。


——そして。


「伏せろ!!」


突如、空に巨大な黒い球体が現れた。


圧倒的な力を放ち、すべてを引き寄せていく。


静寂の村が、一瞬で混沌へと変わった。


木々が引き抜かれ、鳥や動物が闇へと飲み込まれていく。


二人は走った。


目指すは近くの洞窟。


アギャタはなんとか中へ転がり込む。


しかし——


アグマナは遅かった。


その力に引き寄せられ、宙へと舞い上がる。


「アグマ!!」


アギャタは叫びながら手を伸ばす。しかし、その指先は空を切るだけだった。


アグマナの目がアギャタを捉えた——


——そして。


闇へと消えた。


***


アギャタは膝をつき、震えながら荒い息をつく。


世界が静寂に包まれる。


そこにあるのは、ただの破壊。


——そして。


心が現実を受け入れた瞬間——


「アアアアアアアアアアアアアアアア!!」


少年の叫びが、無情な静寂を切り裂いた。


それは、二度と答えの返らない声だった。


***

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