未来への歌声
あれから一年が過ぎた。
リナは十一歳になり、トムは九歳になった。お母さんのいない生活にも、少しずつ慣れてきた。でも時々、朝起きた時に「お母さん」と呼んでしまうことがある。
「リナ、お父さんの手伝いしようか」
トムが言った。お父さんは最近、仕事と家事の両方をこなそうとして、とても疲れて見える。
「そうね。私たちにもできることがあるはず」
リナは台所に立って、お母さんから教わった料理を作ってみた。最初は上手くできなかったけれど、だんだんとお母さんの味に近づいてきた。
「美味しいよ、リナ」
お父さんが嬉しそうに言ってくれる。
「お母さんみたいな味」
トムも笑顔で食べてくれる。
その言葉が何より嬉しかった。お母さんの味を受け継げているということが。
ある日、リナは村の小さな子供たちに本を読んであげることになった。お母さんがよくやっていたことだった。
「むかしむかし、あるところに…」
子供たちが目を輝かせて聞いている。リナは読みながら思った。お母さんは、こんな気持ちで私たちに本を読んでくれていたのかな。
「リナお姉ちゃん、また読んで」
小さな女の子がリナの袖を引っ張った。
「いいよ。今度はどんなお話がいい?」
お母さんのように、子供たちを大切にしたい。お母さんが村の人たちに愛されていたように、私も誰かの役に立ちたい。
夕方、家族三人で夕食を囲む。お母さんの椅子は空いたままだけれど、もう泣かずにいられるようになった。
「リナ、トム、お前たちは本当にお母さんに似て、優しく育ってくれている」
お父さんが、しみじみと言った。
「私たちは、お母さんの子供だもの」
リナは胸を張って答えた。
「お母さんの愛情を、いつまでも覚えているからね」
夜、ベッドの中でトムと話した。
「リナ、僕たちはどんな大人になるのかな」
「きっと、お母さんのような大人になるのよ。強くて、優しくて、みんなに愛される」
「僕もそうなりたい」
「なれるよ。お母さんの愛が、私たちの心にちゃんと残ってるもの」
窓の外で星がきらめいている。あの明るい星が、今夜もお母さんのような気がした。
「お母さん、見ててね。私たちは大丈夫」
リナは心の中でお母さんに語りかけた。
「お母さんが教えてくれた愛を、今度は私が誰かに分けてあげる。お母さんの優しさを受け継いで、強く生きていく」
そして、お母さんがよく歌ってくれた子守唄を、小さな声で歌い始めた。
「ねんねんころりよ おころりよ お空のお星さま 見てござる お母さんが歌う 子守唄 やさしいお声で 眠りましょう」
トムも一緒に歌った。二人の声が重なって、小さな家に響く。
この歌声が、きっとお母さんにも届くだろう。そしていつか、リナも自分の子供にこの歌を歌ってあげるのだろう。お母さんから受け継いだ愛を、次の世代へと繋いでいくために。
復讐の連鎖を断ち切って、愛の連鎖を紡いでいくために。
月明かりが二人を優しく照らし、新しい希望の朝が、静かに二人を待っていた。