残された者たち
「お母さん、まだかな」
トムが窓辺に立って、暗くなった道を見つめていた。夕食の準備は終わっているのに、お母さんが帰ってこない。
「きっとすぐ帰ってくるよ」
リナは弟を慰めるように言ったけれど、心の中では不安が膨らんでいた。お母さんは約束を破る人じゃない。「すぐに戻る」と言ったのに。
「お父さん、お母さん探しに行こうよ」
「もう少し待とう。きっと…」
ダビドの表情も曇っていた。エリナが薪拾いでこんなに遅くなったことはない。
夜が更けても、エリナは帰ってこなかった。
「お母さん…」
トムがとうとう泣き出した。リナも不安で胸が苦しくなった。
翌朝、村の男たちが総出で森を捜索した。そして午後、彼らが見つけたのは、落ち葉に埋もれた冷たい体だった。
「エリナちゃん…」
村人たちの悲しみの声が森に響いた。
家に戻ったダビドの顔を見た瞬間、リナは全てを理解した。
「お母さんは…」
「お母さんは…もう帰ってこない」
ダビドが震え声で言った瞬間、リナの世界は崩れ落ちた。
「嫌だ!お母さん!お母さん!」
トムが泣き叫んで、家中を走り回った。
「お母さん!どこにいるの!」
リナも涙が止まらなかった。昨日の朝まで、あんなに普通にお話ししていたのに。「早く帰ってきてね」って言ったのに。
お母さんの匂いがする台所。お母さんが最後に作りかけていたシチューの材料。お母さんが使っていた椅子。すべてがお母さんを思い出させて、胸が張り裂けそうだった。
お葬式の日、リナは小さな手でお母さんの冷たい手を握った。
「お母さん、起きて。リナだよ」
でもお母さんは二度と温かい笑顔を見せてくれることはなかった。
「エリナは本当に良いお母さんだった」
村の人たちが代わる代わる声をかけてくれる。でもどんな慰めの言葉も、この胸の空虚感を埋めてはくれなかった。
その夜、リナはトムと一緒にお母さんのベッドにもぐり込んだ。お母さんの枕は、まだお母さんの匂いがした。
「お母さん、どうして行っちゃったの」
トムが小さな声でつぶやいた。
「お母さんは、お空のお星さまになったのよ」
リナは涙を拭きながら、お母さんがよく言っていた言葉を繰り返した。
「でも、寂しいよ」
「私も寂しい。でも…お母さんは見守ってくれてるって」
本当は、リナも怖くて仕方なかった。この先どうやって生きていけばいいのか、わからなかった。
でも、お母さんが最後に歌ってくれた子守唄を思い出した。
「お母さんが歌う子守唄、やさしいお声で眠りましょう」
リナは小さな声で歌い始めた。トムが静かに聞いている。
「お母さんの声じゃない」
「でも、お母さんが教えてくれた歌よ。お母さんの愛が込められてるの」
その時、窓の外を見ると、一つの星がとても明るく輝いていた。
「あの星、お母さんかな」
「きっとそうよ」
リナは星に向かって小さく手を振った。
「お母さん、見守っててね。リナもトムも、がんばるから」
風がそっと吹いて、カーテンを揺らした。まるでお母さんが返事をしてくれたみたいに。




