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母の子守唄、星になったお母さんへ  作者: エリナ
第6章
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森の影

リナが十歳になった秋の日、私の人生最後の日が来ることを、その時はまだ知らずにいた。


「お母さん、今日は何を作るの?」


台所で夕食の支度をしている私に、リナが甘えるように寄り添ってきた。もうすっかりお姉さんらしくなって、時々手伝いもしてくれる。


「今日はお芋のシチューよ。トムの好きなやつ」


「やったあ!僕、お芋大好き!」


八歳になったトムが、外から駆け込んできた。頬を赤く染めて、元気いっぱいだ。


「手を洗ってからね」


「はーい」


素直にうなずいて井戸に向かう後ろ姿を見て、胸が温かくなる。この子たちは本当に良い子に育ってくれた。


「お母さんも一緒に作ろうか?」


リナが提案してくれた。


「ありがとう、リナ。じゃあ、人参を切ってもらえる?」


「任せて!」


娘が一生懸命に人参を切っている姿を見ながら、ふと思った。私がリナくらいの歳の時は、もう一人で何でもやらなければならなかった。でもこの子は、こうして家族に守られて、愛されて育っている。それがどれほど幸せなことか。


「お母さん、薪が少なくなってるよ」


ダビドが仕事から帰ってきて、薪の束を見て言った。


「わかった。明日の朝、森に取りに行くわ」


「僕が行こうか?」


「大丈夫よ。いつものことだし」


そんな何でもない日常の会話だった。まさかそれが、家族との最後の会話になるとは思いもしなかった。


その夜、いつものように子供たちに子守唄を歌った。


「お母さんの歌声、大好き」


リナが眠そうな目で言った。


「お母さんも、リナとトムが大好きよ」


二人の額にそっとキスをする。この子たちの寝顔は、見ているだけで幸せな気持ちになる。


「おやすみなさい」


「おやすみ、お母さん」


部屋を出る前に、もう一度振り返った。薄明かりの中で眠る二人の寝顔が、天使のように美しい。


翌日の夕方、私は薪を集めに森へ向かった。


「すぐ戻るから、お留守番お願いします」


「気をつけてね」


ダビドが心配そうに見送ってくれた。


「お母さん、早く帰ってきてね」


リナとトムも手を振ってくれる。


「はーい。すぐに戻ります」


いつもの森の道。何度も通った慣れ親しんだ道。秋の風が頬に心地よく、落ち葉がカサカサと音を立てる。


薪を集めながら、今度の冬の準備のことを考えていた。トムの服も小さくなったから、新しく作らなければ。リナにも新しい本を買ってあげたい。あの子は読書が大好きで、何冊あっても足りないくらいだ。


「見つけたぞ」


突然、背後から声がした。振り返ると、ぼろぼろの服を着た老人が立っていた。顔は深いしわに刻まれ、目は濁っている。


「あの…どなたですか?」


「覚えていないか?お前の母親を殺した男だ」


血の気が引いた。この人が、お母さんを…


「今度はお前の番だ。ずっと探していたんだ」


老人の手に、錆びた刃物が握られているのが見えた。


「待って…私には子供が…」


「関係ない。復讐は果たさねばならない」


逃げようとしたけれど、足がもつれた。


「お母さん…」


心の中でお母さんを呼んだ。そして、リナとトムの顔が浮かんだ。


「リナ、トム…お母さんを許して」


守ってあげられなくて、ごめんなさい。


刃物が振り下ろされる瞬間、私は最後まで子供たちのことを想っていた。この子たちが、どうか幸せに育ちますように。強く、優しい大人になりますように。


森が静寂に包まれた時、小鳥たちの鳴き声だけが響いていた。


落ち葉の上に倒れた私の体から、静かに血が流れ出していく。痛みはもうなかった。ただ、だんだんと意識が薄れていくのを感じていた。


「お母さん…おばあちゃん…」


心の中で呼びかけた。もうすぐ会えるのだろうか。


最後に浮かんだのは、今朝の子供たちの笑顔だった。


「お母さん、早く帰ってきてね」


リナの声が、遠くから聞こえる気がした。


「ごめんね…もう帰れないの」


でも、この子たちには私の愛がしっかりと刻まれているはず。十年間、精一杯注いだ愛情が、この子たちの心を支えてくれるはず。


「強く生きて…優しい人になって…」


それが私の最後の願いだった。



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