恋という名の光
初めて彼を見たのは、市場でのことだった。
背が高くて、優しそうな目をした青年が、年老いた商人の荷物を運ぶのを手伝っている。その横顔に、なぜか胸がどきどきした。
「あの人、誰だろう」
心の中でつぶやきながら、つい目で追ってしまう。彼は荷物を運び終えると、商人から丁寧にお礼を言われて、恥ずかしそうに頭を下げた。
「エリナちゃん、どうしたの?」
いつの間にか近づいてきた村のおばさんが、私の視線を辿って微笑んだ。
「ああ、あの子はダビドっていうのよ。隣村の真面目な青年よ。お父さんの手伝いで、時々こっちに来るの」
ダビド。名前まで素敵だった。
それから市場に行くたびに、彼の姿を探すようになった。見つけると胸が躍って、見つからないとがっかりした。こんな気持ちは初めてだった。
ある日、私が商人の帳簿の計算をしているところを、彼がじっと見ていた。計算を終えて顔を上げると、彼と目が合った。
「あ、あの…」
彼は真っ赤になって口ごもった。
「す、すごいですね。そんなに早く計算ができるなんて」
「ありがとうございます」
私も顔が熱くなった。褒められて嬉しいのと、彼と話せた嬉しさで、心臓が早鐘を打っている。
「僕、ダビドと言います。隣村から来ています」
「私はエリナです」
その日から、彼が市場に来るたびに、少しずつ話をするようになった。彼は本当に心の優しい人だった。困った人がいれば必ず手を差し伸べるし、動物にも子供にも分け隔てなく接する。
「エリナさんは、一人でよくがんばっているんですね」
彼が私の身の上を知った時、悲しそうな目をした。
「でも僕は、エリナさんの強さを尊敬しています」
そんな風に言われたのは初めてだった。村の人たちは私を「可哀想な子」として見ることが多かったから。でもダビドは私を、一人の女性として見てくれている。
春が来て、桜の花が咲いた。私たちはよく川沿いを歩いた。
「きれいですね」
彼が空を見上げて言った。桜の花びらがひらひらと舞い落ちて、彼の肩に止まる。
「本当に」
私も空を見上げながら答えたけれど、本当はずっと彼の横顔を見ていた。この人と一緒にいると、世界がこんなにも美しく見える。
「エリナさん」
彼が立ち止まって、私の方を向いた。
「僕と…僕と結婚してください」
世界が止まったような気がした。風も、川の流れも、鳥のさえずりも、すべてが静止した。
「はい」
気がつくと、そう答えていた。彼の顔がぱあっと明るくなって、私も思わず笑顔になった。
その夜、一人の家で、私は幸せをかみしめていた。もう一人じゃない。愛する人ができた。
星空を見上げながら思った。
「お母さん、私、幸せになります」
風がそっと答えるように吹いて、私の頬を撫でていった。きっとお母さんも、おばあちゃんも、祝福してくれているのだろう。
恋という名の光が、私の人生を照らし始めた。