ひとりぼっちの空
おばあちゃんが動かなくなったのは、桜の花が散り始めた朝のことだった。
「おばあちゃん、起きて」
何度も何度も肩を揺すったけれど、おばあちゃんは眠ったまま。いつものように「エリナちゃん、おはよう」と言ってくれない。
「おばあちゃん!」
声を大きくしても、おばあちゃんの目は開かない。その時初めて、私は本当の孤独というものを知った。十二歳の春だった。
村の人たちが次々とやってきて、おばあちゃんを連れて行った。私は一人、空っぽになった家で膝を抱えて座っていた。
もうお母さんもいない。おばあちゃんもいない。私には誰もいないのだ。
でも、泣いてばかりはいられなかった。お腹は空くし、家は散らかるし、やらなければならないことがたくさんある。
「エリナちゃん、大丈夫かい?」
隣のおじさんが心配そうに声をかけてくれた。
「はい、大丈夫です」
本当は大丈夫じゃなかった。夜になると怖くて、おばあちゃんの声が恋しくて、布団の中で泣いた。でも昼間は笑っていようと決めた。
「エリナは偉いねえ」
村の人たちはそう言ってくれる。私は精一杯背筋を伸ばして、微笑み返した。
畑仕事を手伝うようになった。最初は土だらけになって、よろよろしながらだったけれど、だんだんコツがわかってきた。
「エリナちゃんは本当に利口だ」
農家のおじいさんが感心して言った。
「計算もできるし、字も読めるからね。うちの息子より賢いよ」
そう言われるたびに、胸が少し温かくなった。おばあちゃんが教えてくれた読み書き算盤が、こんなふうに役立つなんて。
商人のおじさんが帳簿の計算を頼んでくれるようになった。難しい数字を見つめて答えを出すのは、まるでパズルを解くみたいで楽しかった。
「ありがとう、エリナちゃん。これはお駄賃だよ」
もらったお金で、久しぶりに飴玉を買った。甘い味が口の中に広がって、幸せな気持ちになった。
ある日、村に病気が流行った。みんな熱を出して苦しんでいる。私は水を運んだり、冷たい布を額に当てたりした。
「エリナちゃんがいてくれて助かるよ」
病気のおばあさんが、弱い声でお礼を言ってくれた。
その時気づいた。私は一人じゃない。村のみんながいる。私がみんなを支えて、みんなが私を支えてくれている。
夜、一人の家で空を見上げた。星がきらきらと輝いている。
「おばあちゃん、私、がんばってるよ」
風が返事をするように、そっと私の髪を揺らした。
お母さんの温かい手も、今夜は頬に触れてくれる気がした。見守ってくれている人がいる。それがわかるだけで、明日もきっとがんばれる。