陽だまりの記憶
春風が頬を撫でていく。私はおばあちゃんの膝の上で、目の前にある石を見つめている。石には何か字が刻んであるけれど、私にはまだ読めない。
「エリナ、これがお前のお母さんよ」
おばあちゃんの声は、いつもより小さくて震えている。私は首をかしげて振り返った。
「お母さんって、どこにいるの?」
おばあちゃんの目から、きらきらした水が一粒こぼれた。大人が泣くのを見るのは怖い。私は慌ててしがみついた。
「お母さんは、もうここにはいないの。でもね、エリナの心の中にいるのよ」
心の中?私は自分の胸に手を当ててみた。どくどくと何かが動いている音がするけれど、お母さんはいるのだろうか。
「お母さんはどんな人だったの?」
「とても優しくて、美しい人だった。エリナにそっくりよ」
おばあちゃんは私の頭を撫でてくれる。その手はしわしわで、少しがさがさしているけれど、とても温かい。
時々、夜中に目が覚めることがある。暗闇の中で、誰かの手が私の頬に触れるような気がするのだ。その手はおばあちゃんの手よりももっと柔らかくて、もっと温かい。きっとそれがお母さんなんだと思う。
「山賊って何?」
ある日、私は村の子供たちがひそひそと話しているのを聞いた。
「エリナのお母さんは山賊に殺されたんだって」 「山賊って怖いのかな」 「きっととても悪い人なのよ」
おばあちゃんに聞いても、「まだエリナには難しいお話」と言われるばかり。でも私にはなんとなくわかる。お母さんを私から奪った何かがあるということが。
陽だまりは今日もあたたかい。私はおばあちゃんの膝の上で目を閉じる。心の中にいるお母さんに会えるような気がするから。
温かな手のひらが、私の頬を包んでくれる。
「エリナ、愛しているよ」
風の音に混じって、そんな声が聞こえる気がした。