母親の自慢しかしない人と婚約解消になって、素敵な人と婚約出来ました。幸せです。
「お前のような、女、この俺の婚約者にふさわしくない。お前はうちの母上にも及ばないではないか」
そう、婚約者であるライド・クラテス伯爵令息に言われて、メランディア・アリテウス伯爵令嬢はショックを受けた。
ライド・クラテス伯爵令息、歳は18歳。黒髪で青い目のとても美しい男性だ。
勉学が出来て優秀だということで、一年前、婚約者になった。
メランディアは17歳。クラテス伯爵家に嫁に行く予定だった。
ただ、心は重く沈んでいた。
彼が母親の自慢しかしない男だったからである。
そこへ嫁入り?
話題と言えば、母親を褒める話題ばかり。
「うちの母上は素晴らしいんだ。趣味は多彩で、刺繍から、園芸、絵画まで幅広い。君の趣味はなんだ?」
「え?わたくしの趣味は刺繍だけですわ」
「なんだ。くだらない。刺繍しか出来ないのか?最低だな」
最低と言われた。心がくじけそうである。
確かにライドの母、クラテス伯爵夫人は、社交界で多才で優秀な女性として有名である。
色々な貴族の夫人達と趣味を共にして、社交界でも顔が広い。
クラテス伯爵家を訪問した時も、
「まぁ、よくいらっしゃいましたわ。わたくしの作品を見て行って頂戴」
と、刺繍やら絵画やら色々と見せられて、傍でライドが自慢してくるのだ。
「母上の作品は凄いだろう?」
横からクラテス伯爵夫人が嬉しそうに、
「まぁライドったら。自慢してくれるだなんて」
「母上は素晴らしいですから」
二人の会話をただ、ただ、見せつけられるメランディア。
とりあえず、「素晴らしい趣味ですね」と褒めておいた。
疲れる。この家に嫁ぐなんて、耐えられるかしら。
メランディアのアリテウス伯爵家に訪問に来ても、テラスでお茶を飲んでいる時に、ライドの話はいつも母親の事ばかり。
「母上は料理も得意なんだ。私の為にサンドイッチを作ってくれてね。その味が絶妙に美味いんだ」
「そうなのですか」
「君は料理はしないのか?私の為にサンドイッチを作ってくれないのか?」
「いつも料理人が作ってくれますから、わたくしは作りませんわ」
本当に疲れる。この人と結婚したくない。でも父の命令には逆らえない。
それでも、一生懸命、ライドの母親自慢を聞いて、合わせようとしたのだ。
だけれども、今日、
「お前のような、女、この俺の婚約者にふさわしくない。お前はうちの母上にも及ばないではないか」
と言われた。
そして、続く言葉が、
「婚約破棄だ。破棄。もっとふさわしい令嬢が私にはいるはずだ。お前が悪い。お前が母上に及ばないのが悪い」
酷い言われよう。
メランディアは、ライドに向かって、
「わたくしの父にお話し下さい。父の決定に従いますわ」
結局、婚約破棄ではなく互いに合わなかったという事で婚約解消になった。
婚約破棄はこちらに悪い所が無く、父が受け入れなかったからだ。
心からほっとした。
あの家に嫁がなくてよいのだ。
翌日、兄クラウスが友達と言う男性を連れてきた。
「父上が次の婚約者をメランディアに押し付けないうちに、連れてきた。私の知り合いのデリウス・アシェル伯爵令息だ」
「デリウスです。歳は24歳。君の兄上と同い年でね」
金の髪に青い瞳のデリウスはそれはもう美しい青年で。
今まで結婚していなかったのが不思議な位で。
メランディアは聞いてみる。
「どうして今までご結婚をされなかったのですか?」
「サリーヌ王女に執着されていてね。君も聞いた事があるだろう?
「わたくしは社交界デビューはまだですので。ただ、兄から聞いた事がありますわ。サリーヌ王女様をエスコートしている美しい方がいらっしゃると」
兄、クラウスはにこやかに笑って、
「王立学園の同期で、顔見知り程度の知り合いだ。誠実な人物とは知っていたんだが、今回サリーヌ王女殿下が隣国へ嫁いでいって、結婚相手を探したいと。それを知って接触して、真っ先にお前を推薦した。うちの妹だ。どうだ?綺麗だろう?」
メランディアは自分の美しさには自信がある。銀の髪に青い瞳は兄と同様、美しいと褒められる。
だが、自分自身の在り方に自信がなかった。
「わたくしは多趣味ではありませんわ。刺繍をたしなむ程度です。勉強やダンス、マナーはしっかりと身に着けて参りました。前の婚約者であったクラテス伯爵令息には、一つしか趣味がないのかと言われておりましたわ。それに料理も出来ません。料理人がいつもしてくれますし、普通、貴族の令嬢って自分で料理はしませんから」
デリウスは考え込むように、
「確かにクラテス伯爵夫人は多趣味で、社交界の華だからな。ご子息が、母親以上の女性を求める気持ちは解らなくもない。だが、君は君で一生懸命勉強に励んで来た。君の兄上から君の事を紹介された時に聞いているよ。伯爵令嬢として恥ずかしくない令嬢だと。私と婚約を結んで欲しい。我が伯爵家に嫁いできて欲しい」
「わたくしは‥‥‥アシェル伯爵家の皆様方にご満足いただけるでしょうか?」
「それではうちの両親と妹に会う所からだな。家族ぐるみでまずは顔合わせ。そこから始めよう」
アリテウス伯爵である父は、勝手に話をクラウスが勧めたのには怒ったが、アシェル伯爵家との繋がりは損にはならないので、結局折れてくれた。
母は喜んでくれて。
「わたくしはライドとの結婚は不安だったのよ。でも新たな縁を得ることが出来てよかったわ」
と喜んでくれた。
両親と兄と共にアシェル伯爵家を訪ねた時には歓迎された。
デリウスの妹マリーナは嫁いでいたが、その日は顔を見せてくれて、
「まぁ、わたくしより年下なのね。でもお義姉様になる訳だから。こんな素敵なお義姉様が出来るなんて嬉しいわ」
デリウスの両親、アシェル伯爵夫妻も、
「美しいお嬢さんだ。うちに嫁に来てくれるなんて嬉しいよ」
「わたくしも、解らない事があったら聞いて欲しいわ」
アシェル伯爵夫妻と、アリテウス伯爵夫妻が兄クラウスと、義妹マリーナを交えて歓談している。デリウスと二人、庭で散歩をするメランディア。
デリウスはメランディアの手を取って、
「この家は温かいだろう?もし、何かあっても私が君を守る。私は今までサリーナ王女に振り回されて苦労をした。こんな素敵なお嬢さんが嫁に来てくれるんだ。大事にしないとね」
「わたくしは、やっていけるかしら」
「君は前の婚約者のせいで自信を無くしているんだね。趣味は一つでも、君は君だ。私なんて無趣味だよ。せいぜい、ワインを楽しむ位だ。一緒に、人生を楽しんでいこう」
優しく抱き締めてくれた。
メランディアは幸せを感じるのであった。
王宮の夜会に初めて出席した。
今まで散々、サリーナ王女をエスコートしてきたデリウス。
今日は金の髪に黒に金糸が入った服で、優しくメランディアをエスコートしてくれる。
贈ってくれた紫紺のドレスは大人っぽくて。胸には銀の鎖にヘッドは黒水晶の首飾りが煌めいて。耳飾りはデリウスの色の透き通った青が煌めいている。
初めての社交。
デリウスがエスコートして、貴族達に紹介してくれた。
一人一人に挨拶をするメランディア。
皆、メランディアの事を美しいと褒めてくれた。
そこへやってきたのが、クラテス伯爵夫人。メランディアの元婚約者、息子のライドを伴っている。
「新たに婚約を結んだのが、アシェル伯爵令息だなんて。お似合いだわ。おめでとう。うちのライドと結婚出来なかったのが残念だけれども」
「有難うございます」
ライドはフンと横を向いて、
「こんな取り柄もない女と結婚するだなんて、アシェル伯爵家も気の毒だな」
デリウスはにこやかに言ってくれた。
「うちの両親も妹も、メランディアの事を気に入っております。彼女はとても優しく、気遣いの出来る立派な伯爵令嬢ですよ。私は彼女と婚約出来て幸せです」
ライドはこちらを舐めるように見てきた。
「ふん。美しさは認めてやる。私と結婚出来なかった事を後悔するなよ」
メランディアはライドに向かって、
「後悔しませんわ。正直、母親の自慢しかしない貴方と婚約解消されてわたくしは良かったと思っておりますのよ。それに、わたくしのような趣味が一つしかない女性でもよいと言って下さいました。わたくしはアシェル伯爵家の為に尽くしますわ。それにわたくしはデリウス様を‥‥‥」
デリウスに背後から抱きしめられた。
耳元で囁かれる。
「愛している。だね?」
メランディアは真っ赤になって、
「愛していますわ。あら、人前で。恥ずかしい」
ライドは地団駄踏んで。
「不愉快だ。私は帰る」
クラテス伯爵夫人は、一瞬むっとした顔をしたが、にこやかに、
「うちのライドがご無礼を。お幸せにね」
優雅にドレスを翻し去って行った。
その後を、やけに逞しい人たちがついて行ったのを、メランディアは不思議に思ったが、気にしない事にした。
アシェル伯爵家に時々、訪問して、アシェル伯爵夫人に家の事を教えて貰う。
彼女はとても親切で。
「わたくし、嫁いできた時に苦労したのよ。今はもう亡くなっているけれど、義母が酷い人でね。だから、貴方には優しくしてあげたいの。仲良くして頂戴」
そう言って、色々と教えてくれた。
唯一の趣味の刺繍も、伯爵夫人も趣味が刺繍だという事で、一緒に色々と刺繍をして楽しんだ。
そして、鷹を刺繍したハンカチを、デリウスにプレゼントした時に、
「素敵なハンカチを有難う。大事にするよ」
とても喜ばれた。
それからしばらくして、元婚約者のライドが、辺境騎士団へ行ったと聞いた。
伯爵家を継ぐのではなかったのかと疑問に思ったが、社交界でクラテス伯爵夫人がにこやかに、
「息子は身体を鍛えたいと言って、自ら辺境騎士団へ行ったのですわ。ですから、弟に継がせようと思っておりますのよ」
ライドの弟は留学していたが、戻って来て伯爵家を継ぐみたいである。
何があったのか?
デリウスとアシェル伯爵家のテラスでお茶を飲む。
デリウスは紅茶を優雅に飲みながら、
「辺境騎士団は屑の美男を教育する事でも有名だが、まさかな‥‥‥」
「そうなのですか?屑でしたかしら?母親の自慢をするだけの人でしたのに」
「それで君は嫌ではなかったのか?」
「それは、ちょっと嫌でしたけれども過ぎた事ですわ。今は貴方と婚約出来てとても幸せですので」
二人で見上げた空は、限りなく青い空で。
メランディアはデリウスの傍で幸せを感じるのであった。