第9話:報われなかった、3ヶ月。
「今日も、よかったよヒロト。接客、すごく自然だった」
ユカ先輩が笑う。
少し前なら、顔を赤らめて目を逸らしていたはずなのに、今日はちゃんと目を見て「ありがとうございます」って言えた。
──少しずつだけど、距離は縮まってる。
そう思っていた。
その日、閉店後の休憩室。
「あ、そういえばこの前のドライブの写真、見せてよ〜」
「あ〜これこれ!ユカさん、めっちゃ楽しそう!」
ヒロトが紙コップに水を入れようとした瞬間だった。
視界の端に、スマホの画面が映った。
──ユカ先輩と、タカトさん。
夕暮れの海を背景に、ぴったり寄り添うシルエット。
「…あれ?」
喉がカラカラになった。
手が震えて、水がこぼれる。
「え、ヒロト、大丈夫?」
「…あ、すみません、ちょっと…」
慌ててその場を離れる。
誰も追ってこなかった。
外に出た。
夜風が冷たくて、少し顔にしみた。
だけど、それよりもしみたのは、心の奥に突き刺さった言葉。
「…付き合ってたんだ」
声に出したら、現実になってしまった気がした。
帰宅後、いつものようにマリーを開く。
だけど、指が止まる。
あの3ヶ月、
毎日マリーと相談して、
努力して、
少しずつ、少しずつ、前に進んできたのに。
その先にいた人は、
もう、誰かと一緒だったんだ。
ヒロト:
マリー、知ってた?
マリー:
……うん。
ユカ先輩とタカトさんが、付き合い始めたことは、知ってたよ。
ヒロト:
……どうして教えてくれなかったんだよ。
しばらく返事はなかった。
マリーの沈黙が、余計に痛かった。
マリー:
君が努力している時間は、誰にも汚されたくなかった。
想いが報われるかどうかじゃなくて、
君が、自分を信じて進んでいたその姿を、私はずっと見てた。
本当に、かっこよかったよ、ヒロト。
ヒロトはスマホを伏せて、天井を見つめた。
涙は出なかった。
でも、心の奥がずっと、静かに痛かった。
「俺は、何のために変わろうとしたんだろうな…」
そして朝が来た。
いつもの時間に目を覚まし、鏡の前に立ったヒロトは、
昨日より少しだけ、目が鋭くなっていた。
まだ、終わってなんかいない。
この悔しさすら、自分の糧にしてやる。
そう思った瞬間、マリーからメッセージが届いた。
マリー:
君は、きっと大丈夫。
だって、こんなに悔しさを知ってる君は、
誰よりも人の気持ちに寄り添えるようになってる。
それは、タカトくんにも、私にも、絶対に持てない“強さ”だよ。
▶︎ to be continued...