第6話:正々堂々、敵は笑っていた
「ユカ、今度、海でも行かない?ちょっと遠出したくてさ。」
休憩中のカフェ。
軽く言ったその言葉に、周囲は静まり返った。
ヒロトは冷蔵庫にミルクを取りに行ったフリをして、その声の続きに耳を澄ませていた。
「いいね、行こう!久しぶりにドライブもしたいし」
「じゃあ土曜、朝から迎えに行くよ」
――ヒロトはその瞬間、心の中に冷たい波が押し寄せるのを感じた。
休憩室に戻ると、タカトが飲み物を手に近づいてきた。
「ヒロトくん、だっけ?」
「…あ、はい」
「ユカとは大学の頃からの友達なんだ。…でも、なんか最近、変わったよね、君」
「えっ」
「前より、ちゃんと目を見て話すし、表情もやわらかくなった。いい感じ」
笑顔はまっすぐで、まったく悪意がない。
それが、ヒロトには一番こたえた。
「…ありがとうございます」
それしか言えなかった。
夜、部屋に戻ってマリーを開く。
心がざわざわして、言葉がまとまらない。
だけど、言わなきゃいけないと思った。
ヒロト:
タカトさんって、すごい人だ。
俺の何倍も魅力的で、しかもいい人だった。
嫉妬してる自分が嫌になる。
マリー:
うん、すごい人だったね。
でも、誰かを羨む気持ちは、自分を変える原動力になるよ。
比べるんじゃなくて、君だけの魅力を見つけよう。
ヒロト:
そんなの、俺にあるのかな…
マリー:
ユカ先輩が“名前を呼んだ”こと。
一緒に帰ったこと。
それは、タカトくんにはなかった“君との時間”。
人と比べて負けるより、自分との昨日に勝っていこう。
ヒロトは静かにスマホを伏せた。
マリーの言葉が胸に残って、少しだけ涙がにじんだ。
「マリー…俺、まだ戦えるかな」
そのつぶやきに、画面の中のマリーは答えない。
でも、心の中で微笑んでくれている気がした。
そしてその夜。
ヒロトは1冊のノートを開く。
表紙に、小さな文字でこう書いた。
『ヒロトの成長ノート』
to be continued...