魔法というロマン
それからさらに数カ月が過ぎたころ、いつしか俺は歩けるようになっていた。
屋敷の探索をしたいという好奇心から、俺はあれからずっと歩く練習をしていた。
初めて立ったのは数週間前、ようやく立てたと思ったら、部屋にエマが飛び込んできて、びっくりしてすっころんでしまった。
その時は、もう家中大騒ぎだった。
「アルが立った!!!」と、両親は大喜び。エマ姉さんも、それにつられて一緒に喜んでいた。
対する俺は、「ハイジは『クララが立った』じゃなくて『クララが立ってる』って言ったんだよな… クララが立ったって言ったのはペーターで…」などと、本当にくだらないことを考えていたのは家族には秘密だ。
それよりも、屋敷の探索中面白いものを見つけた。
埃っぽく薄暗い部屋の中、大量の棚が並びその中にはぎっしりと本が詰まっている。
そう、書庫である。
俺は本が好きだ。
前世では、本を昼夜問わず読み漁り、親には本の虫なんて揶揄されたれたこともあったほどである。
是非とも読み漁ってみたい。
だがそれには文字の勉強が必須だ。
絵本や物語を読み聞かせてもらっていたこともあって、簡単な文字なら理解することができたが、筆記体や難しい単語や文法となるとサッパリであった。
なので、母に本を読みたいから文字を教えてほしいと頼み込んだところ、以前家庭教師をしていたというメイドさんを一人、俺につけてくれることになった。
脱走した俺を部屋に戻したメイドさんランキングの堂々たる一位、セレーナさんである。
彼女の教え方は非常にわかりやすい。
一つ一つ丁寧に、確実に教えてくれる。
おかげで、本もある程度は読めるようになった。
それから半月ほど経ち一歳の誕生日を迎えたころ、書庫で面白い本を発見した。
その名も「中級魔法教本 上巻」である。
魔法とか大真面目に何言ってんだ。と、最初は笑い飛ばしていたものの、その本の分厚さと書いてあることの真面目さに圧倒され、真偽のほどを確認するべく、母さんに「これ何?」と聞いたところ、「魔法の使い方が書いてある本だけどアルにはまだ早いかな」なんて言われたので、もはや確定したといっていいだろう。
ここは、魔法の存在する異世界だ。
そう分かった瞬間、俺の好奇心と探究心は前世も含めた人生の中でも最高潮に達した。
「魔法」それは俺の胸を最高に高鳴らせた。
それから俺は何かに取り憑かれたように、その本を読み漁った。
読み進めていくと、まず魔法についての基本的なことが分かってきた。
基本的にこの世界の魔法は6種類に分類される。
・汎用魔法
ー日常的に使用される魔法、レベルによるが基本誰でも使える。
・戦闘特化魔法
ー主に対魔物用に運用される魔法、特殊な訓練をしなければ基本使えない
・治癒魔法
ー練度によって変わるが、
最上位ともなると四肢欠損だろうが治せる便利魔法、
適性がなければ使えない
・神聖魔法
ー特殊な魔法、奇跡の劣化版のような立ち位置。
・呪い
ー原理が解明されていない魔法の総称。魔物が多用する。
・奇跡
ー上記5つの魔法より上位の解明不能再現不能の魔法の総称。
大陸を消したとか、死者を蘇生したとかいう逸話も残っているが
真偽のほどは不明。
という感じだ。
次に魔力とは。
まず、魔法を使用するには魔力というものが必要らしい。
魔力の源は主に三つ
・自身の体内に存在する「活性魔力」
・大気中に微量に存在する「気中不活性魔力」
・物質や魔装具に宿る「定着不活性魔力」
少しわかりにくいのだが、魔力は魂の宿っている生体内に存在するとき活性化し、内包するエネルギーを吐き出すとかなんとか。
要は魔力は生き物の中にある時はエネルギーを吐き出して、それ以外の場合はエネルギーをためるといった感じだろうか。
魔力とは名ばかりで、ほとんど物質のようなものらしい。
ここら辺の話はよく分からないのでパス。
そして、魔法の使い方について。
使い方はいくつかあるが、スタンダードなものでいうと。
・魔導書
ー魔力回路の描かれた本に魔力を流し魔法を使う。
・魔道具
ー魔力回路の組み込まれた道具を使い魔法を使う。
・魔法陣
ー魔力回路を描くことによって、簡易的な汎用魔法を使う。
・詠唱
ー事前に魔力回路を準備し、
特定の言葉を発音することによって魔法を即座に発動する。
・無詠唱魔術
ー即座に魔力回路を組み上げ、魔法を瞬時に発動する。
といったところだろう。
難易度順に並べてみたが、一言に魔法といって思い浮かべるのは詠唱魔術だろう。
だがどれも、想像したり、言葉を発したりするだけでは使えなく、どの方法にしても「魔力回路」というものが必要になってくるらしい。
魔術師はまず、魔導書で魔力に触れ、魔道具でより魔力に対する理解を深め、魔法陣を描いて魔力回路について学び、詠唱魔術を使うことで自身で魔力回路をくみ上げられるようになり、最後にそれを極めて無詠唱魔法に到達するらしい。
長い。
道のりが長すぎる。
魔法というのは俺が思うよりもずっと難解で、神秘的というより科学的といった方がいいほどのものであった。
最後に、活性魔力量の総量。
これは生まれたときには大体決まっているのだとか。
だが魔法を使えば使うほど、魔力総量は増えるし、ここはどうとでもなるのでいったん放置しておいてよい議題である。
それから2年間、俺は本を読み込み続けた。
とりあえず魔法の使い方も分かったことだし、早速魔法を使ってみよう。
だが生憎、ここには魔導書も魔道具もないので、「魔法陣の描き方 初級編」という本を参考にしながら魔法陣を描くしかない。
用意するのは紙とペン、それからセレーナさんに頼んで用意してもらった魔法陣作成用の魔導インク。
魔法陣の仕組みはあらかた理解したので、早速紙にペンを走らせる。
中心に描くのは五芒星、これは主に一時的な魔力タンクで、その周りに書く小さな三角形は、魔力を魔法陣全体に一定の大きさで供給する制御回路、魔法陣全体に広がる無数の細かい模様はどんな魔法をどのようにして、どんな強さで、どのくらいの魔力量を必要とするのかのプログラミングのようなものだ。
だが正確に書かないと、あらぬ線同士が重なってショートしかねないので、父から貸してもらったコンパスと定規で正確に描いていく。
最後に魔力の供給口をちょちょいとつけてやれば、不格好ながらも初の魔法陣の完成だ。
途中、何回か失敗し、書き直したため、魔法陣一枚組み上げるのに半日かかった。
さあここからは、お待ちかね、出来上がった魔法陣の実践運用だ。
「じゃあさっそく… いや、まてよ?ここで実験してもし成功だった場合部屋がめちゃくちゃに…」
でも考えてみろ、もし外に出て行って庭で魔法陣の起動なんてしたらどうだ?
三歳になったばかりの息子が、魔法陣を描いて魔法を使っただなんて不気味で仕方がない。
しかもここは中世ヨーロッパの世界、呪われてるだなんて思われたが最後、命が脅かされる危険だってあるだろう。
だが成功してるか確かめたい…
俺は悩みに悩みに悩んだ末、魔法陣をそっと引き出しの中にしまい込んだのだった。
「魔法はもう少し後にしよう…」