落ちこぼれの烙印を押された教え子が無双するのを酒飲みながら眺めるだけのおっさん先生
「おい……嘘だろ?」
「あのシャルロットが……なんで……」
「何故――主席のカイエ様と張り合えているの?」
試合場が疑念と感嘆の声で埋め尽くされる。
魔法を用いた模擬戦を行っている試合場では、美しく華麗に魔法を操る二人の少女の姿があった。
一人は、学園創設以来の才媛との呼び声高い天才――カイエ=ラウヴァール。
対する一人は――名門貴族の出身ながら”魔法を扱う才が欠如している”と落ちこぼれの烙印を押された少女――シャルロット=ルカヴァリエ。
そしてそれを見て一人酒を飲む五十のおっさん(私)。
……うむ。見下されていた教え子が世界を見返す瞬間が一番気持ちいい。
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魔法の才で成り上がった貴族の子女が通う国内最高の魔術師養成機関――ヴァリミア学園。世界で活躍する国際魔術師を年間十人近く輩出する名門だ。
魔法貴族の超名門として――生まれながらそこへ入学することを運命づけられていた少女が、目の前に座っていた。
「私の大切な一人娘――シャルロットです」
「初めまして。シャルロット=ルカヴァリエと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
所作の一つ一つに品の良さが現れ出ており、こちらに向けて微笑む姿は彫刻のように整っていた。青を基調とした清楚なドレスもこの上なく似合っている。
可憐で美しい容姿が目を引くが、それよりも彼女を強く特徴付ける要素がある。
幼少から英才教育を受けてきたのであろう彼女――その瞳には静かに燃える知性が溢れていた。こういう目をした人間は私の知り合いにも何人か居るが――この子もきっと、心の芯から魔法を愛しているのだろう。
自らの手で現実を書き換える奇跡。その神秘に心を奪われた人間は皆こういう目になる。
「初めまして。私はエトヴィンです。今日からシャルロット様の専属教師に就任いたしました。よろしくお願いします」
「ああッ、先生! 頭を下げたりしないでください!」
私が礼をして挨拶をすると、シャルロットの父親――ルカヴァリエ家現当主ルフリアンが椅子から立ち上がって私の姿勢を戻させた。
「先生って……何年前の話ですか。あと今のあなたはルカヴァリエの当主でしょう。急に取り乱すようなことはやめなさい」
「しかし――今でも私にとっての先生はエトヴィン先生しか居ないのです。あなたの前では、私はどうしても一人の生徒に戻ってしまう」
「しょうがない教え子ですね……。貴族としての心構えも教授できればよかったのでしょうが、私は平民ですからそういう訳にもいきませんでしたし」
ルフリアンは二十年も前の教え子だ。今回彼の娘の教育を任されたのもそれが原因だろう。……彼もまた、私が受け持つまでは芽の出ない魔術師だったのだ。
「……状況は先生に向けて書いた手紙の通りです。シャルロットの魔法行使能力を高めてあげてください。お願いします」
ルフリアンは深々と敬礼して頼みを口にする。
全く……国を支えるルカヴァリエの当主が、老いぼれに頭なんか下げるんじゃありません。
「ええ……事情は分かりました。微力ながら、私にできることは全てやりましょう」
「ありがとうございます……先生」
ルフリアンの声には涙の気配があった。
それだけ彼は娘の状況を憂えているのだろう。
そして、その憂いは娘への深い愛に由来するものだ。
……家族を大切に思うその気持ちは、評価してあげましょう。一番大事なことだと言いましたからね。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
シャルロットの専属教師になってから二週間ほどが経過した。
未だ、彼女の魔法行使が上手くいったことはない。
「【滾る炎よ】……だめだ。【滾る炎よ】……」
杖を固く握って魔法を発動しようとするシャルロット。発動に失敗するたび、悔しさに耐えるように下を向く姿は痛々しい。
「……先生。私は……やはり才能がないんでしょうか」
溢れそうになる涙をこらえながら、彼女は私に訊ねる。
道を示してほしいと――いや、いっそ道を断ってほしいと言いたげに。
ここで首を縦に振るのは簡単だ。私がそうすれば、彼女はきっとこの苦しみから解放されるだろう。
私には魔法の才能がない。
だからしょうがない。
そう思って、別の道を歩む準備ができることだろう。
「――いいえ。才能は確かにあります」
でも私はそう言い続けるのだ。
残酷だと分かっていても――痛いと、苦しいと分かっていても。
思考を止めてはいけない。自分の可能性を見限ってはいけない。
「あなたはきっと、立派な魔術師になる」
ましてや――他人に可能性を否定させてはならない。
「……なんで」
この二週間、ずっと感情を抑えてきたシャルロットが本心を吐露する。
「私はなんで魔法が使えないんですか……! こんなに……こんなに努力してるのに!」
頬を伝う涙が床に零れる。悲痛な叫びが部屋に響き渡る。
「なんで、諦めさせてくれないんですか……!」
私が専属教師になってから初めて見せた激情。
――それでいい。
「――シャルロット。……魔法は綺麗なものとは限らない」
私は彼女に近づきながら呟く。
ゆっくりと諭すように。
「魔法とはつまり想像だ。想像は心だ。そして、人間の心はいつも清廉であるわけじゃない。その影響を受けて、魔法もまた卑しい感情に染まっていくことがある」
シャルロットの宝石のような碧眼が私を見上げる。
このような苦難の中にあっても――その瞳の中には炎が灯っていた。
知性の結晶が瞬く――彼女自身の世界を照らす炎が。
「私の魔法のトリガーは”怒り”だ。何もかも消し去りたいと願ったあの日――私は現実を書き換える奇跡をこの手に掴んだ」
彼女の瞳が見開かれる。
焼けるような感情が、私の魔法を発動へと導いたのだ。
魔法とは想像。想像とは心。
「君は魔法に対してどんな感情を抱く? それが綺麗な感情でなくとも構わない。心を偽っちゃいけない。自分を否定することになるから……」
「わたし、は……」
落ちこぼれと揶揄された日々。
周囲からの失望の視線。
そして――自分への軽蔑。
その原因を生み出したのは――他でもない、魔法だ。
「嫌でした……魔法と向き合うのが。関わる度に、自分がすり減っていくような気分に陥ってしまうから」
「……そうか」
「魔法なんてなかったらって……何度も思いました。消してしまいたいくらいに、憎かった」
当たり前だ。
十代半ばにあって、これほどの重圧を受けていれば――心が折れたってなにもおかしくない。頑張りすぎているくらいだ。
言葉をかけようとしたその時だった。
「私は……それでも私は――」
光を宿す涙が、彼女の目からこぼれ落ちる。
「それでも、魔法が好きなんです……。自分でも訳が分からないくらい、魔法が大好きなんです……」
彼女の目を見つめる。
碧眼に宿る決意の炎は――先刻までよりもずっと、強い輝きを放っていた。
涙で揺らめきながらも、決して消えない炎。
「才能に愛されなくても……馬鹿にされても……私は……」
――ああ、よかった。
この子は――私よりも、ずっと強くなれる。
「魔法と共に生きていたい……っ」
その言葉が合図だったかのように、シャルロットの周囲に彗星のような光が舞い始めた。水彩画のような柔らかな色彩が、彼女を取り囲んでいる。
「……これ、は……?」
「おめでとう、シャルロット。君の初めての魔法――精霊魔法だ」
しかも……。六色の精霊が飛び回っているということは――全属性使いじゃないか。
魔法史の長い歴史を見渡してみても、全属性の精霊に選ばれた存在はたった一人。
創世の女神メフィエ。
シャルロット……君は、もしかすると――。
「――先生っ!」
物思いに耽っていると、シャルロットが私の腕の中に飛び込んできた。
「先生……私……わたし――やっと、魔法が使えました……っ」
「……頑張りましたね。君は本当に……強い子だ」
よく耐えた。
よく諦めなかった。
魔法を愛する気持ちを捨てないでいてくれて――よかった。
「先生……せんせいぃ……」
泣き止まない彼女の頭を撫でながら、その未来を夢想する。
挫折も敗北も知った彼女はきっと――誰よりも強くなれる。
消えない炎が――想いが、君を導いてくれる。
「……本当に、おめでとう。シャルロット」
「先生――――」
シャルロットが顔を上げて、私を見つめた。
「――――結婚してください」
「はい……え? ……え?」
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
動揺に包まれる会場を意に介さず、試合場で舞う二人の少女はこの上なく楽しそうだった。カイエもカイエで、孤独に悩んでいたのかもしれない。
今まで――自分と対等に渡り合える人間が現れなかったのだから。
……一気に育てすぎるのも考えものだな。
試合の終わりは近づいていた。
二人の魔力も残り少ないし、制限時間も迫っている。
二人が飛びきりの魔法を発動しようと魔力を練り始めた。
至高の戦いの終焉を予感して、会場がにわかに静まった。
想いが形を成し、現実を書き換える。
奇跡が世界に生まれ落ちる。
二人の放った炎が衝突した。
衝撃で立ちこめた土煙が消えると――割れんばかりの歓声が響いた。
……よかったな。二人とも。
心中で呟いて、手に持った酒をぐいと飲む。
空は青く澄んで、二人の少女の出会いを祝福していた。
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